亀裂
親へいい顔ばかり見せようとする俺たちが1番どうしようもないのかもしれない。繋がってしまった糸はからみ合って加速していく。だけど水門へぶつかり、流れの止まる日がおとずれた。
だれもいない2階で気がゆるんでいた。ソウマが風呂へいき、たたんだ洗濯物を持って移動していたら入り口でユウマに捕まった。そのまま扉へ押しつけられ唇が深く交わる。人の気配がしてふり向くと、顔を蒼白にしたマミさんが立っていた。
「あなた達……ユウマ……そんな父親みたいなこと」
マミさんは自分の言葉にハッとして口を覆う。小さい頃のユウマが母と家へ帰ると、父が女の人を連れこみ浮気をしていた。彼から聞いた父の話は母のマミさんにとってもトラウマだったのだ。
ユウマの体が強張ったのがわかった。
責めるような視線はユウマへ向けられる。俺も共犯、責められるのはユウマだけじゃない。だけどあまりに突然すぎて弁明の言葉もでない。
「どういうことなの!?」
いつもおっとりしているマミさんの口調が強くなった。彼はなにも言わず立っていたが、母に背を向けて歩きだした。彼女の剣幕に立ちすくむ俺の手を引きその場を去った。
「待ちなさいユウマ!!」
階段のうえからマミさんの声がひびいた。ユウマは俺の手を引いたまま無言で家を飛びだした。彼の表情は見えない、行くあてもなく歩いた。繁華街をぬけ、人けのない路地をすすみ、いくつか駅を通りこす。
「ユウマ、ユウマ!! 手、痛い」
「……ごめん」
やっと立ち止まって俺の手を放した。ふりむいたユウマは悲しくて泣きそうな表情だった。彼は俺の手を放してうつむく。
家から数駅はなれた広い公園の通りにいた。駅の繁華街までは遠く、太陽はしずみ人影もまばらだ。そっと手を伸ばしてユウマの手をにぎった。拒否されなくてホッとしつつ近くのベンチへ誘導した。
外灯に照らされた広場で若者たちの笑い声がひびく。俺たちがいるのは散策道の途中にあるベンチ、木の枝が外灯をさえぎり人の往来もない静かな場所、暗いから彼の顔もわからない。うつむいて座るシルエットが見えた。
着の身着のまま家をとび出し、肌寒く身をすくませる。
「ごめんな」
「ユウマ……」
俺を連れてきしまった彼の動揺が伝わる。俺もうろたえたけど、彼の動揺した姿を目の当たりすると冷静になれた。完ぺきにふるまうユウマの脆弱な一面、いまの彼はとり繕うために苦闘している。
かける言葉が見つからず、彼の手をさがし骨ばった指へふれる。薄いガラスへ触れるように指を這わせると、手をにぎり返された。
「冷えてる。寒い?」
「ちょっとだけ」
座りなおしたユウマは俺を引きよせた。頭をあずければ彼も俺のほうへ頭をもたれかける。半袖へ彼の腕がかぶさった。風が吹いたらちょっと寒いけど体の芯は温かい、遠くのはしゃぎ声を聞きながら長い時間身を寄せあった。
気がつけば広場にいた人々の声も消えた。
「カエデ、風邪ひくと困るから帰ろうか?」
「いいの?」
「ああ」
気をとり直したようすの彼が立ちあがる。あいかわらず表情は見えないけど、おちついた声音に安心して手をとった。電車賃も持ってないから公園をでて道を引きかえす。
彼が指を絡めてきて2枚貝みたいに固くつながれた。行きより力が込められていた。
家へもどるとソウマが玄関先で待っていた。父も帰宅して、マミさんとリビングで待っていると伝えにきた。
「……ユウマ、なにやらかした?」
ユウマはソウマの問いには答えず、沈黙したまま靴を脱いだ。
「カエデ?」
「心配かけてごめん、ソウマ。あとでちゃんと話す」
いきなり起こった騒動に理由も聞かされず蚊帳の外、ソウマにしてみたら辛いだろう。しっかり目を合わせて伝えるとソウマはうなずいた。
俺が靴を脱ぐと待っていたユウマがこちらへ手を伸ばす。なにか決意した表情だった。ふたたび手をつなぎリビングへ向かう。父とマミさんが待っていた。前をむく彼と裏腹に、俺の心臓はどうにかなってしまいそうなほど波打っていた。




