恋わずらい
「ただいまー」
すでに掃除を終えキッチンにいるユウマが出迎えた。俺は学校帰りに買った酢と粒マスタードを袋から出す。
「これでいい?」
「おかえり。これでいいよ、サンキュー」
電話で買ってくるよう頼まれた物だ。ユウマの手元を覗きこんだら、細切りにした野菜を水へ浸していた。
「今日のごはん何?」
「つみれ汁にきんぴらごぼうと油淋鶏、ソースはネギ酢とマスタードかな。カエデはどっちが好き?」
「やった、揚げどりだ! 俺ネギ酢ソース!」
唐揚げは好きなものベスト5に入る。俺もよく作るけど、ユウマのほうが揚げものは上手い。無邪気によろこんでると彼が目のまえへ立っていた。警戒して後ろへ下がろうにもシンクが腰へ当たる。
「ユウマ、食事の用意中だろ?」
「終わった。あとは火をとおすだけ」
俺をもてあそんで笑うユウマの顔が目と鼻のさきにある。こうやって隙があればからかう。女子とも経験がないのに、唇を合わせた回数はもう覚えていない。頬が熱くなってうつむくとユウマが近づく。強引にみえて触れるのは唇だけ、彼の手はシンクへかけられてる。逃げようと思えば逃げられる状態、なのに俺はキスを待っていた。理由は分からないけど心臓はすごくドキドキしてる。
「ソウマには再婚の意見を聞いたくせに俺には聞かない? それとも確定だから聞かなくていいの?」
「こっ、こんなことするヤツには聞かない!」
「ふーん、その割にはされるの待ってるみたいだけど?」
ふたたび唇が合わさった。作っている時に味見したのか、つみれ汁の風味が美味しくて腹立たしい。
「ん……」
「カエデ、俺は――――」
唇は離れ、おしむ気持ちが後をひく。ユウマがなにか言いかけたとき玄関が開いた。いそいで彼の腕をすりぬけ2階へ上がる。鼓動は速くて胸がはちきれそうだった。
「カエデ、まえ貸した本の新作でたけど読む?」
「本……? ああー……」
「空気がぬけた風船みたいになってるね。前作の2人がおなじ大学へかよう話、読めばきっと元気がでるよ!」
以前、貸してもらった『ひとつ屋根の下のふたり』の新刊が出て、ミズキがあらましを説明してくれる。ミズキには悪いが内容がまったく頭へ入ってこない、借りたとして家へもって帰るのは危険すぎる。もしも本をユウマに見られたらと、考えただけで身ぶるいする。
あのときユウマは何を言いかけたのだろう。
「楽しそうだなミズキ。それはそうと小テスト、どうだった?」
トモヤも会話へ加わった。彼のひと言で上の空だった俺は現実へ引き戻される。授業中も注意が散漫で小テストの結果もさんざん、苦悶する俺をトモヤがのぞきこむ。
「そのようすだとダメだったな。カエデ、最近ぼんやりしてるしてるもんな」
「そうなの? 新作より問題集のほうがいい?」
腕組みしたトモヤはなにか思いつき、手をたたいた。
「いるじゃないか、2年の成績優秀な生徒! 家だからじっくり教えてもらえるぞぉ」
問題が解決して目のまえの2人は和気あいあいと笑い、俺はユウマの顔を思い浮かべさらにげんなりした。




