父との休日
坂木家はマンションを掃除しに帰り、家にはいない。久しぶりに父と2人だけの休日、朝食後に2人で母の部屋へいった。整理した遺品や倉庫へ収納したものを確認してもらうと、きれいに片づいた部屋におどろいていた。
「母さんのスーツとこのへんの物、どうしていいか分からなくて……」
「ハンガーに掛かってる服か……懐かしいな。カエデが小学校の入学式のとき着ていたスーツだよ」
8年以上もまえの話、小学1年生の時のことは覚えていない。カバーを掛けたスーツは良い状態で残されていた。いまどきネットオークションもあるけど売るのも捨ててしまうのも躊躇する。俺が娘だったら取りおき、大事な日に着用したかもしれない。
「1人でやるの大変だっただろう? 父さんにも言ってくれれば良かったのに」
「ううん。ユウマも手伝ってくれたし、はやく終わったよ」
「ほう、ユウマ君が? カエデは母さんの遺品の処分、本当にいいのかい?」
「大事なものは残してる。8年もたった古い穴あきのTシャツは母さんも着ないでしょ?」
「ははは、確かにそうだね」
ユウマに母のことを忘れなくていいと言われ、心が軽くなった気がした。物はなくなっても俺が覚えている。その後、倉庫で爺ちゃんのぶら下がり健康器を見つけた俺と父は子供のようにはしゃいだ。
久方ぶりに父の作る昼食をいただく。マミさんや兄弟が家へきて、父が料理の腕をふるう回数も減った。今だから言うけど父は料理が得意ではない、玉子が固まった歯ごたえのあるチャーハンだった。順位をつけるなら最下位のソウマに毛がはえた程度、だけど俺も人のことは言えない。
「ユウマ君とソウマ君とは仲良くしてるみたいだね。マミさんたちとやっていけそうかい?」
「仲良くっていうか、ユウマとソウマが好き勝手して俺が振りまわされてる感じ?」
「嫌なら断ってもいいんだよ。父さんたちのことは気にしなくていい、カエデはいつも『大丈夫』と言って悩みごと話してくれないだろう?」
再婚は身近にたよれる人が増えたらという思惑もあったようだ。彼らと暮らすことで異なる価値観を見せたかったと父が語った。
「カエデには僕や家のことじゃなく、自分や将来のことへ目を向けてほしい。……もっともこれは父さんの考えだから、カエデの意見も聞きたいな」
遠慮して聞けなかった多忙な父の思い。俺もこれまで負担をかけないようにと過ごしてきた。坂木兄弟に振りまわされ家事も増えたか減ったか定かではないが、以前ならひとりで抱えこんでいた事も分担できるようになり、わからないことも聞けるようになった。
あと1週間もすれば仮同棲は終了する。彼らがいなくなれば1カ月前のおだやかな生活がもどってくる。そのとき俺は元に戻るのだろうか、兄弟にとってここで暮らすことはただのイベントだったのかもしれない。
俺は答えられなかった。黙ったままうつむいていると父は急かすことなく微笑む。
「ゆっくり考えればいい、気になるならユウマ君やソウマ君にも聞いてみたらどうだい?」
「……うん」
高校生になって大人だと思っていたけど、まだ父に見守られている子供なのだと思い知らされる。
夕方になって3人が帰ってきた。ソウマは向こうの家からなにか持ちだしたらしく、大きな荷物を抱えていた。外食の予定だったけど一旦こちらへ帰ってきた理由だ。
「マミさん、言ってくれれば車で迎えにいったのに」
「いいんです。持っていくって言うこと聞かなかったのはソウマですから」
「でかいヤツがでかい荷物もって、電車で目立って疲れたなぁ」
伸びをしたユウマが玄関へ上がり、靴を脱ぎすてたソウマは大きな荷物を2階へ持っていく。興味をもった俺もあとを追いかけた。
ソウマが引っぱりだしたのは枕とうすい掛布団もろもろ、バスケシューズも2足転がった。客用布団が厚くて暑かったというソウマは着々と部屋を充実させている。
「寝具、持ってきたんだ?」
「どうせ持ってくることになる。……カエデは俺たちがいるのはイヤか?」
「ううん、重かっただろうなって思っただけ。ソウマこそ、お母さんが再婚するの嫌じゃないのか?」
「……べつに、カエデもいるし」
ソウマはそっぽを向き、やや照れた口調で答える。1カ月経ってないのに可愛いと思うくらい親しみが湧いている。彼は親の再婚に抵抗はないようだ。父と話したときの雲った心はソウマと話してるうちに晴れた。
大きなバッシュを見せてもらっていたら、ユウマが開けたドアを叩く。腕組みして斜めにかまえ、すこし機嫌のわるそうな顔だった。
「いつまで喋ってるつもりだ? はやく下りてこい」
外食へ行く予定だったのを忘れてた。俺がソウマの腕を引っぱって部屋を出たら、ユウマがドアのところで弟の腕をつかむ。
「ソウマは子供じゃないんだから、手を引っぱってもらわなくても大丈夫だろ?」
「これはカエデの親切心だ。俺は甘んじてうける」
坂木兄弟はにらみ合い、俺の上空で火花が散る。いまから外食へいくのにケンカなど冗談ではない、あわてて兄弟の腕をつかみ引きはがそうとした。いくら引っぱっても動かない、力んだ俺の顔が真っ赤になったころに彼らは離れた。
「カエデ、そんなに力んで大丈夫か?」
「まっ赤になって可愛すぎ。母さん達、待たせてるから下りようか」
弟には非力さを心配され、兄にはからかわれる始末。わなわなと震えた俺が怒りをあらわにする前に兄弟は階段を下りていく。
俺も走って追いかけた。




