兄弟ゲンカに巻きこまれ
手加減なしのソウマの握力にユウマの肩がミシリと軋んだ。まったく笑っていないユウマの顔が横をむき、肩へおかれた手をつかむ。10センチほど持ちあげた時点で兄弟の力は拮抗して止まり、力をこめた両者の腕が小刻みにゆれている。
「カエデになにしてた?」
ソウマの目尻はつり上がり、地を這うほどドスのきいた声でたずねる。ユウマはあごを上げ、ソウマを見下ろす体勢で唇をゆがめる。
「おまえ、ナイトにでもなったつもり? まさか自分に取り分あると思ってんの?」
「言ってろ。おまえと2つしか離れてない、俺もすぐ追いつく」
大型の捕食獣が目のまえで争っている。兄弟のおこす海流のうねりに小魚の俺はなすすべなく巻きこまれる。
「……やめろよ」
かろうじて出した小さな声は届かない。にらみ合った兄弟は力の応酬をつづけ、剣呑とした目に暴虐さがやどり、ケンカに発展しそうだった。
「なあ、やめろよ……やめろって!!」
目のまえにいたユウマを突っぱね2人の腕をつかむ、びくともしないけど引き離そうと必死で引っぱった。俺のようすに兄弟の手の力がぬけて放れた。俺はそのまま階段をかけあがり自分の部屋へ閉じこもった。
怖さで手がふるえる。ドアを背に座り、両手をかさねて震えがおさまるのを待った。心音がおさまるころ夕暮れの空は暗くなり、背後からひかえめなノック音が聞こえた。
「――――カエデ」
黙っていたら再度ノックされた。
「カエデ、ごめん」
ユウマの声だった。ドアをはさんでずっと立っている。今日は俺が食事当番、腹を空かせたソウマの顔を思いうかべた。
彼の顔を見るのは怖かったけどドアを開けた。
気まずい、階段をおりたらユウマも無言でついてくる。1階へいくとソウマが食卓へ座っていた。俺が下ごしらえした料理は完成していて豚汁の鍋から湯気が立っていた。
「作ったんだ……」
「ああ、食べようか?」
「……うん」
兄弟と食卓をかこみ、会話もなく黙々と咀嚼する。食後ユウマは2階へ上がり、皿を洗い終えたソウマも自分の部屋へ帰った。
テレビもつけずソファへ沈んだ。明かりは灯っているのにリビングはひっそりとしていた。兄弟ゲンカなんか見たこともなかったから、巨大な渦に巻きこまれたみたいで精神的に疲れた。帰宅する父たちへ書置きをのこし、風呂へ入って俺も2階へ上がった。
小テストの見なおしと英訳の予習をしてベッドへ寝ころがる。目を閉じたら30分くらい眠ってた。時計は午後9時、時間の経過がおそく感じる。1階へ下りたら誰もいなくて、父たちも帰宅していなかった。
温かいお茶をいれて部屋へもどる。ミズキから着信があり、借りた本のことを思いだし読みはじめた。
心のどこかで参考になればと借りた本。ひょんなことから同じ家で暮らすことになった男同士の恋の話、放映された話と異なりちょっとエッチな部分もあってうろたえた。おとなしそうなミズキが意外に過激な本を読んでることに衝撃をうける。
おっかなびっくり読みすすめているとドアがノックされた。
心臓がとび出そうになり、いそいでまくらの下へ隠した。訪ねてきたのはユウマではなくソウマだった。部屋を見まわして床へ座った彼は、すすめた茶を断わって5分ほどだんまりしてから口をひらいた。
「さっきは怖がらせてすまない」
「ソウマが謝ることないって、俺のこと庇ってくれたんだろ?」
ソウマはこくりと頷く。こういう素直なところはすこし可愛く思える。彼は子ども扱いされることを極端に嫌う、とくに兄のユウマに対してコンプレックスを感じているようだ。1年の俺が3年生と接するようなもの、2学年の差は大きい。兄に敵わない焦り、ソウマは早く大人になりたがっていた。
「ユウマに変なことされてないか?」
「大丈夫、ソウマが助けてくれたろ?」
「そうか」
ユウマのことだから意味ありげな物言いをしたのかもしれない。対抗意識があるのは弟だけではない、兄のユウマだって弟に対して見せつけてる部分がある。
「俺、カエデのこと好きかもしれない」
コップを落とし、中身がこぼれた。




