暇を持て余した魔王の憂鬱な休日
魔王城の冷え切ったリビングで、吹雪はテーブルに突っ伏していた。
「……一日寝てしまって、腰の調子が悪くなった。こういう『やってしまった』日は、夜中にウォーキングでリカバリーするしかない」
吹雪は昨夜の出来事を脳内で反芻する。
深夜、コンビニを求めて人知れず魔王城の周辺を徘徊した。
一日かけて溜め込んだ食料を排出するため、トイレの確保は必須だ。
彼の家の周りはコンビニが少ない。それもまた、魔王の試練だった。
「歩けば次の日に腰の痛みがマシになる。これは新しい発見だ。リカバリーできた喜びもある。だが、そこでまた無力感を感じるのだ」
吹雪は天井を見上げ、独り言のような長い溜息をついた。
「夜中に行動したくなる。俺は朝が苦手だ。朝の光、晴れた空を見るとわくわくするのに、その期待に何もできない。心が憂鬱になってくる。これは、朝に作った弁当を食べてしまうことが原因だ」
その時、ドアが開き、屈強な体格の青年、健太が入ってきた。
彼は吹雪の高校時代からの先輩であり、時折ドラゴンと噂されるほど現実的かつ論理的な思考を持つ人物だ。
「おい、吹雪。またその顔か。朝の期待に応える自信がない、面倒くさい、でお弁当を食って、動画を見て、また食って、無限ループ。その話、もう五回目だぞ」
健太は持参した水筒からお茶を一口飲み、ソファにどっかと腰を下ろした。
「先輩、その通りで……お弁当が魅力的に見えてしまうんです。食べると動く気がなくなり、動画が最大の魅力になる。そしてそれは体にとにかく悪い。わかっているのに、心地よくて家に居たいと思ってしまう」
「動画なんて希望とエネルギーに満ち溢れてるからな。それに比べて、お前自身は何だ?明るさによる心の期待感と、お前の行動が合っていない。それが『人生の虚しさ』か」
健太の言葉は鋭かったが、吹雪は反論しなかった。
まさしくそれこそが、家から出られない恐怖の原因だった。
「でも、やめることはできないんです。『何か食べた時の娯楽』とも言える。この食べるのをやめるには……外に出るしかない」
吹雪は閃いたように身を起こした。
「朝出かけた時にパンとコロッケを買って、そのままおでかけする方がいいのではないか?家で料理すると、節約と美味しさのために作ってしまい、すぐに食べたくなる。料理自体が、家から出ないリスクを上昇させる」
「ほう。休日に朝食を用意するのが間違い、か。それは一理ある。いつものおでかけ散歩をルーティンにすればいい」と健太は顎を撫でた。
「しかし、先輩。節約と外出を並行させようとすると全てがうまくいかなくなるんです。『休日は涼しいから引きこもっていればお金がかからない』『米三合、バケット二、惣菜四で千円。電気代二百円で楽しく過ごせる』という頭があるからだ」
「つまり、食費がかかってるってことだろ」
健太は無表情で言った。
「お前の食費は一日平均九百三十九円だ。米を入れて千三十九円。普段から千円だ。鍋の中身だって、キャベツ、肉、鍋の元なんかで計算すると結構いってるぞ」
吹雪は手元のメモを見た。
(鍋:555円、その他:100円。合計655円…あれ?なんで千円近くかかっているかは不思議だ……)
「実際、休日には六百円くらいかかっているとしよう」
健太が引き継いだ。
「お前が提案した『休日の見直し』プラン、試算してみるぞ」
「バケットとコロッケのみ買って、そのまま電車に乗る。行きたい場所でパンとコロッケを食べる。ドリンクは持参。九百円で計算したら、パンコロッケで二百円、ドリンク七十円で、残り六百三十円」
「家に帰ったら鍋とお米だけなら三百二十円だ」
吹雪が続けた。
「残りは三百十円。菓子パンでもマクドでもいい。お菓子を買ってもいい。電気代をプラスしても、十分過ごせる」
健太はフッと笑った。
「結局、食べる量が多いからお金がかかっている。食事は『暇』だからだ。だが、お前は暇を欲しているのだろう」
その時、一陣の風と共に、幼馴染のアリアが窓から飛び込んできた。
「ふぶきん!けんた先輩!大変だよ、窓の外でね、昨日食べたコロッケの夢を見てる猫がいたの!」
二人の緊迫した(?)議論は一瞬で霧散した。
「……コロッケの夢?」
吹雪は思わず聞き返した。
「うん!寝ながら『コロッケ、コロッケ』って小さな声で鳴いてたの!それでね、わたしもコロッケが食べたくなって、コロッケの歌を作ってあげたの!」
アリアはそう言うと、コロッケの歌を歌い始めた。
それは全くメロディのない、ただ「コロッケ」を連呼する不思議な音頭だった。
健太は額を押さえて溜息をつき、吹雪は思わず吹き出した。
「ふぶきん、笑った!やったー!」
アリアは満面の笑みで魔王城の空気を和ませた。
「……そうだ。食べるのは暇だからだ。しかし、この『暇』こそが魔王の特権だ。もっと人生を楽しめばいい。何も得られなくてもいいじゃないか。無駄なものにこそ価値がある」
吹雪は虚しさを感じつつも、楽しいのをやめることはできない、と改めて悟った。
年を取るにつれて集中力は続かなくなるが、徒然なるままに、新しい体験を求めていけばいい。
「先輩、決めた。明日は朝、パンとコロッケを買って電車に乗る。そして、どこか知らない場所の公園で、バケットを手でちぎって食べる。現実的じゃない、と思っていたが、これが一番現実的だ」
「いいだろう」
健太は満足げに頷いた。
「魔王が家を出るなら、世界は平和だ」
「ううん、違うよ、ふぶきん!」
アリアが両手を広げて言った。
「バケットはね、そのまま持ってったら、旅の途中で出会った貧しい村人にあげたり、大きな犬と交換して、伝説の剣を手に入れるための鍵に使うんだよ!」
吹雪と健太は顔を見合わせた。
「……それは、次の休日の目標にしよう」
と吹雪は笑った。
夜中の散歩で腰がマシになったように、朝の小さな一歩が、魔王の憂鬱な世界を少しだけ明るくするのかもしれない。
彼は虚しさを抱えながらも、翌日の「パンとコロッケの旅」に微かな希望を抱いたのだった。




