表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/152

魔王、道に迷うという趣味

水曜の夕暮れ。

魔王城に帰還した吹雪は、心地よい疲労と、知的な興奮に満たされていた。

彼は今日、いつもの京橋ではなく、天王寺の地で魔導列車(電車)を降り、わざと知らない道を歩いて帰ってきたのだ。


「健太先輩。我が領地の偵察は、実に有意義でした」


執務室で、吹雪は竜の健太にその日の発見を語り始めた。


「タバコ屋なのにジャンプを売る店、場所は良いのに閑散とした店…。商売とは、実に不可思議な魔術ですな」


その散策は、彼の老後の計画にも、新たな光を投げかけた。


「我が城の周辺は、買い物に不便な土地。ならば、一階で野菜屋を営めば、年配者からの需要は堅いのではないか、と。利益は少なくとも、我が食費の節約にはなる。あるいは、景観を損なわぬ煙草の販売や、ジュースの自動販売機を置くのも良い…」


吹雪の頭の中では、壮大な事業計画が渦巻いていた。


「そして、明日の休日の過ごし方にも、革命的な戦術を思いつきました」

彼は、一枚の羊皮紙を広げた。


「明日の詠唱訓練カラオケは、正午12時に予約した。そして、午前中は、銀行やauという名の、普段は『めんどくさい』と感じる厄介な用事を済ませるのです。つまり、義務を前半に、ご褒美を後半に配置する。これで、有意義な休日になるはずです」


健太は、その見事な計画に静かに頷いた。


「お前は、自らの心の癖を読み解き、巧みに誘導する術を身につけつつあるな」


「ええ。そして、今日の最大の発見は…」

と吹雪は続けた。


「『わざと道に迷う』という行為が、実に良い運動と思索の時間になるということです。道も覚えられる。一石二鳥だ。これからは、毎朝『今日はどこを経由して行こうか』と考えるのが、楽しみになりそうです」


しかし、その高揚感に、冷や水を浴びせるかのように、彼の足に鈍い痛みが走った。


「…くっ。しかし、これです。せっかく良い趣味を見つけたというのに、この脆弱な肉体が、それすらも許さぬと言う…」


その声には、やり場のない、深い憤りが滲んでいた。


その時、部屋の隅で絵を描いていたアリアが、心配そうに駆け寄ってきた。


「ふぶきん、お足、痛いの?」


アリアは、何も言わずに、吹雪の痛む足元に、ふわふわのクッションをそっと置いた。

その小さな優しさが、吹雪のささくれだった心に染み渡る。


「…ありがとう、アリア」


彼は、アリアの頭を優しく撫でた。


そうだ。足が痛い日もあるだろう。

そんな日は、無理に歩く必要はない。


この城で、滞っている日誌ブログや物語の執筆に集中すればいいのだ。

一つの道が閉ざされれば、また別の道を探す。

それだけのこと。


健太が、諭すように言った。

「限界を知ることもまた、強さだ、吹雪。お前の身体は、お前が進むべき道を、痛みをもって教えてくれている。時には歩き、時には書く。その流れに身を任せるのも、また一興ではないか」


吹雪は、足元のクッションに目を落とした。


明日の計画は、完璧だ。

朝は用事を済ませ、昼からは心ゆくまで歌う。


そして、もし足が痛むのなら…。

その時は、今日のように、アリアと健太と共に、この城で静かに過ごすのも悪くない。


魔王は、自らの限界を受け入れ、そして、その中で最善を尽くすことを学んだ。


彼の人生の旅は、決して平坦ではない。

だが、その回り道や、思わぬ寄り道にこそ、本当の宝が隠されているのかもしれない。


吹雪は、穏やかな気持ちで、明日の休日を思い描くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ