魔王、外出は節約なりと気づく
日曜の昼下がり。
魔王城の執務室に、心地よい疲労感を漂わせた吹雪が帰還した。
彼は壁に掛かった大阪の古地図に、新たな進軍ルートを赤いインクで書き加えた。
「健太先輩。本日の『天王寺〜なんばパークス〜鶴橋』方面への偵察任務、大成功でした」
その声は、確かな手応えに満ちていた。
「所要時間は1時間15分。歩数は11,000歩。実に、ちょうど良い塩梅です。特に、店が始まる前の、静かな『なんば』の街。あれは、我が性に合っている。しばらく、このルートを開拓してみようと思います」
しかし、その成功は、新たな課題も浮き彫りにした。
「このルートを完遂するには、6時20分には城を出立せねばならない。そのためには、起床後の魔力収集(ポイ活)の時間を、もっと有意義に使わねば…」
吹雪は、自らの朝の時間の使い方を分析し、そして、この遠征で得た最大の発見について語り始めた。
それは、王国の経済を揺るがす、革命的な気づきだった。
「我は、思い違いをしていました。『自炊こそが、最大の節約』だと。しかし、それは間違いだった。真の敵は、食費そのものではなく、城にいることで増大する、我が『食べる量』だったのです」
家にいると、つい食べ過ぎてしまう。
結果、食費はかさみ、身体は重くなる。
しかし、一日千円以下の予算で外出すれば、食べる量は自ずと制限され、むしろ安上がりになる。
「『食べるものだから、いくらかかっても必要経費』。その思い込みが、我が財政を圧迫していたのです」
健太は、その深遠な真理に、静かに頷いた。
「内なる敵を制する者は、王国を制する。お前は、また一つ、王の知恵を身につけたようだな」
その言葉に、吹雪は自らが追い求める、理想の休日の姿を思い描いた。
彼は、羊皮紙に五つの条文を書き出した。
【魔王が求める、至高の休日五カ条】
一、楽しいこと
二、楽であること
三、怠けられること
四、ゴロゴロできること
五、お金がかからないこと
「しかし、この五カ条をすべて満たすのは、至難の業です。特に、『楽に、怠けて、ゴロゴロできる』、そして『無料』である場所。イオン四條畷の、あの幻の一人用ソファは、どこにもない…」
吹雪は、青いビニールシートを持って公園で寝転がる自分の姿を想像し、小さく首を振った。
その時、執務室のソファで丸くなっていたアリアが、もぞもぞと身じろぎした。
「ん…ふぶきん…?」
どうやら、気持ちよさそうに昼寝をしていたらしい。
「アリアか。すまぬ、起こしてしまったか」
「ううん、大丈夫」
とアリアは大きなあくびをした。
「ふぶきん、難しい顔してる。また、ゴロゴロできる場所、探してるの?」
「ああ。なかなか、見つからなくてな」
アリアは、むくりと起き上がると、窓の外を指さした。
「あそこは? お城のお庭の、おっきな木の下。あそこ、葉っぱがいっぱい落ちてて、ふかふかだよ。風が気持ちよくて、アリア、大好き」
その、あまりにも単純で、あまりにも完璧な答え。
吹雪は、目を見開いた。
自分は、特別なソファや、特別な施設ばかりを探していた。
だが、理想の休息地は、自分の城の、すぐ足元にあったのだ。
健太が、面白そうに口の端を上げた。
「お前が探し求める楽園は、どうやら、最初からお前の領地の中にあったようだな」
吹雪は、眠そうな目をこするアリアと、静かに微笑む健たを交互に見た。
そうだ。必要なのは、特別な場所ではない。
どこにいても、心の底から「楽しい」「楽だ」と感じられる、自分自身の心なのだ。
「…そうだな、アリア。次の休みは、その木の下で、一緒に昼寝でもするとしようか」
「ほんと!? やったー!」
魔王の、理想の休日を探す旅は、まだ続く。
だが、彼は今日、その旅の最も重要なコンパスを手に入れた気がした。
それは、遠くの楽園を探すのではなく、足元にある幸せを見つけ出す、という、単純で、そして何よりも力強い知恵だった。




