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魔王、鍵屋との深夜の攻防

魔王城の執務室は、重苦しい空気に満ちていた。

玉座に腰かけた吹雪は、昨夜の戦いの傷跡――四万四千円という手痛い出費――に、深いため息をついている。


「…やられた。完全に、やられました」

吹雪は、傍らで静かに古文書を読んでいた竜の健太に、昨夜の出来事を報告し始めた。

それは、城門のディンプルキーが抜けなくなるという、些細だが致命的な事件から始まった。


「深夜、我は神託のスマートフォンを使い、援軍(鍵屋)を求めました。しかし、そこは伏兵だらけの魔境だったのです。違う電話番号に掛けたはずが、同じ部隊につながる。『先ほど紹介したので、もう紹介できません』などと、まるで幻術。奴らは、いくつもの偽りのHPという名の城を構え、獲物を待っていたのです」


吹雪は、数多の幻影旅団の中から、ようやく二つの実働部隊と連絡を取り付けることに成功した。

そして、より良心的な価格を提示してきた第二部隊の到着を待ったのだ。


「しかし、到着した刺客(作業員)は、巧みでした。『この鍵はもう寿命です。交換した方が、後々のトラブルもありません』と、我の不安を煽り、最も利益の上がる『城門の交換』へと誘導してきたのです」


鍵交換二万四千円、出張費三千円、作業料八千円。

そして、全ての金額に深夜料金として1.25倍の割増がかかる。


「部品代にまで深夜料金がかかるなど、一体どういう理屈なのか。金属の原子も、夜は割増で働くというのですか…」


健太は、その嘆きを静かに聞いていた。

「人間界の緊急事態という戦場では、よくあることだ。相手の焦りと無知につけこむのは、商売の古典的な戦術だからな」


「ええ。今思えば、最初に確認すべきことが、山ほどありました」


吹雪は、今回の敗戦を糧として編み出した、新たな軍規を健太に語り始めた。


「まず、敵の正体を探る。会社名、電話番号を記録する。次に見積もりを依頼し、キャンセルした場合の料金を確認。そして最低三つの部隊から見積もりを取るのが理想だ、と」


そして、吹雪は最大の発見を口にした。


「最も重要なのは、相手が『上場会社』かどうかを調べることでした。かの賢者ジェミニに問うたところ、上場している王国は、その統治が公の目に晒されているため、悪質なぼったくりを働く可能性が低い、と。最安値ではないかもしれぬが、一つの確かな試金石になる…」


「ほう。統治の透明性が、信頼に繋がるか。それは、この世界のことわりそのものだな」

健太が深く頷いた、その時だった。


「ふぶきん、どうしたの? 難しい顔して」


いつの間にか入ってきていたアリアが、心配そうに吹雪の顔を覗き込んだ。


「アリアか。昨夜、城の鍵が抜けなくなってな。大変な目にあったのだ」

「えー、そうなの?」


アリアは少し考えると、きょとんとした顔で言った。

「わたしの家の鍵が抜けにくくなった時、おばあちゃんがね、『鉛筆の芯の粉を鍵にまぶして、何回か抜き差しすれば、スルスルになるよ』って言ってたよ」


執務室に、しばしの沈黙が流れた。

吹雪は、ゆっくりと、本当にゆっくりとアリアの方を向いた。

その顔には、絶望と後悔と、ほんの少しの尊敬の念が入り混じっていた。


「…えんぴつ…の、しん…?」


四万四千円。

その大金が、指先で砕ける黒い粉の幻となって、目の前をちらついていた。


健太は、そんな吹雪の姿を横目に、静かに茶を一口すするだけだった。

魔王が、人間界の古の知恵と、幼馴染の純粋さに完敗した瞬間だった。


彼の学びの道は、まだまだ長く、そして険しいようである。

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