表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/152

魔王、動き続けないといけない体

魔王城の執務室で、吹雪は羊皮紙に記した休日の行動計画を睨みつけ、腕を組んでいた。


「料理をして、城塞チョコザップ日誌ブログを書き、詠唱訓練カラケを行う。運動量も確保でき、合理的だ。だが…何かが、物足りない」


吹雪は、最近ますます強くなる身体からの信号に、困惑していた。

長時間玉座に座って思索に耽っていると、腰が悲鳴を上げるのだ。

「健太先輩。我が肉体は、欠陥品なのでしょうか。ただ静かにしていることすら、許されぬとは」


その嘆きに、瞑想から覚めた竜の健太が、静かに口を開いた。


「吹雪よ。お前は何も悪くない。特別に弱いわけでもない。お前のその状態は、お前のせいではなく、『人間の体の設計』と『現代の生活』との間に生まれた、避けられぬ『ミスマッチ(不適合)』の結果だ」


健太は、悠久の時を生きてきた者ならではの、大きな視点で語り始めた。


「我々の祖先は、一日中歩き、走り、狩りをしていた。お前の身体もまた、その『多様な動きのある生活』を前提として設計された、絶妙なバランスの上に成り立つ傑作だ。だが、この数十年で生活は激変し、『座ること』が中心になった。お前の身体は、この急激な変化にまだ追いつけていないのだ」


吹雪は、目から鱗が落ちる思いだった。

「では、我が身体に起きているこの痛みは…」


「故障ではない。『サイン』だ」

と健太は断言した。


「お前の身体は、現代の不自然な生活に対し、『そっちじゃないぞ!』『もっと動け!』と、痛みをもって教えてくれる、非常に正直で、センサー感度の高い身体なのだ。『こんな体』ではない。『大切なサインをちゃんと出してくれる体』と捉えるべきだ」


その言葉は、吹雪の中にすとんと落ちた。

そうだ。

自分の身体は、正直に悲鳴を上げていただけなのだ。そして自分は、その声に耳を傾け始めている。


「…ならば、我は、動き続けるしかない、ということか」

「そういうことだ。お前の身体は、そういう設計なのだからな」


吹雪の心にあった靄が、晴れていくのを感じた。

絶望ではなかった。

これは、自身の体との対話を通じた、希望の始まりなのだ。


ならば、休日の過ごし方も変わってくる。

ただ城塞に籠もるだけでは足りない。

街を探索する、新たな趣味が必要だ。


「ただ歩くだも芸がない。何か目的が欲しい…」


彼は、いくつかアイデアを思いついた。

『もし、この道を車椅子の者が通るなら?』

という他者視点の散策。


あるいは、自分の『美意識』に響くものだけを探す旅。

「そうだ。『書きたくなるもの』を探すためのウォーキング、というのはどうだろう」


雨なら城塞で歩き、晴れなら街を歩く。

書きたくなったら、近くの魔道喫茶マクドナルドを探す。

ちょこちょこ移動しまくるのだ。これなら、常に体を動かし続けることになる。


「そして、歩きながらの魔力収集(ポイ活)は、もうやめよう。これからは『イヤホン』を使い、耳から叡智を吸収するのだ」


吹雪が新たな決意を固めていると、部屋の隅で遊んでいたアリアが駆け寄ってきた。


「ふぶきん! じっとしてるの、つまんなーい! お散歩行こうよ!」

「アリアか。今、壮大な散策計画を練っていたところだ」

「けいかく? めんどくさいよー!」


アリアはぷくっと頬を膨らませると、吹雪の袖をぐいぐい引っ張った。


「それより、今すぐ行こうよ! 街にある、面白い形をしたマンホールの蓋、どっちがたくさん見つけられるか競争するの!」


マンホールの蓋。その、あまりにも単純で、楽しげな目的。


吹雪は、自分が考えた高尚なテーマを少しだけ恥じた。

そうだ。

目的とは、時にこんなにもシンプルで、衝動的でいいのかもしれない。


彼は、健太の方を見た。健太は、面白そうに、ただ静かに頷いている。

吹雪は、アリアに向かって微笑んだ。


「…分かった。その勝負、受けよう。我が『書きたくなるもの』と、君の『面白いマンホール』、どちらが先に見つかるかな」


壮大な人生哲学の果てにたどり着いたのは、幼馴染との、ささやかな競争の約束。

魔王は、自らの身体の声に従い、楽しむことを選び取った。


彼の新しい休日は、もうすでに始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ