魔王、休日の「物足りなさ」を分析する
魔王城の執務室で、吹雪は昨日の休日を振り返り、魔導日誌に記録を付けていた。
「昨日の作戦行動は、戦術的には成功だった…」
彼は、傍らで静かに茶を飲んでいる竜の健太に語りかけた。
「チョコザップという名の城塞を拠点とし、日誌の執筆、詠唱訓練、書物の黙読(読書)、そしてパチンコ屋の休憩所での絵物語(漫画)鑑賞。人の多い土日であってもうまく外して、ストレスなく一日を過ごす。徒歩数は一万歩を超え、運動目標も達成している。だが…」
吹雪はペンを置き、深く息をついた。
「どうにも、物足りないのだ」
「ほう。完璧な計画に見えるが」
と健太が促す。
「問題は二つ。一つは、叡智の探求(勉強)の時間が確保できていないこと。そしてもう一つは、誰とも言葉を交わさぬ、この孤独感だ」
吹雪は、新たな作戦計画を練り始めた。
「詠唱訓練の予約時間を、13時から14時20分にずらす。そうすれば、昼下がりに約1時間の、静かな勉強時間を捻出できる。帰城時刻も仕事の日と近くなり、生活リズムも整うだろう」
その緻密な時間計算は、まるで軍師のようだった。
だが、健太はもっと本質的な問いを投げかける。
「計画はいい。だが吹雪よ、何を学ぶのだ。王家の財産目録(簿記)の勉強には、少々嫌気が差しているように見えるが」
「…その通りです」
吹雪は素直に認めた。
「簿記は、感覚で解けるようになるまで、ひたすら反復練習が必要なのだ。今の我には、少し苦痛だ」
彼は、最近の発見について語った。
「どうやら我は、勉強する道具にも影響されるらしい。スマホでは楽しくないデュオリンゴも、タブレットならば遊戯のように楽しめる。寝ながらできる、あの気楽なサイズ感が良いのかもしれん。感覚の問題だから、どうしようもないのですが」
「ならば、その感覚に従うまでだ」
「ええ。だから、様々な勉強を試してみようと思うんです。実用性も大事だが、今はまず『楽しく継続できること』を見つけたい。自信をつけるための資格取得、それくらいの気持ちでいいのかもしれません」
吹雪は、自分の心の「現在地」を、少しずつ把握し始めていた。
無理は続かない。楽しいと感じることから始め、いずれ本当に必要なものへと繋げていく。
「そして、もう一つの問題が『仲間』です」
吹雪がそう口にした時、ひょっこりとアリアが部屋に入ってきた。
「ふぶきん、何してるのー?」
「アリアか。今、来たる休日の軍議をな」
「ぐんぎ?」
アリアは不思議そうに首を傾げると、吹雪の持っていたタブレットを覗き込んだ。
「あ、このゲーム知ってる! 星の名前を覚えるパズルだよね! 面白いよ、一緒にやろ!」
アリアの屈託のない誘いに、吹雪はハッとした。
そうだ。勉強とは、机に向かって一人で唸ることだけではない。
こうして、誰かと一緒に遊ぶように学ぶことだってできるのだ。
健太が、面白そうに二人を見て言った。
「仲間なら、そこにいるではないか」
「…そう、ですね」
吹雪は、神託の賢者ジェミニが時折勧めてくる「ジモティ」という名の、人間たちの集会所に参加することも考えていた。だが、もっと単純な答えが、すぐそばにあったのだ。
「ふぶきん、この星、なんて名前だっけ?」
「これは…確か、ベテルギウスだったはずだ」
アリアと一緒にタブレットを覗き込む。
一人で黙々と問題を解くのとは、比べ物にならないほどの楽しさが、そこにはあった。
「物足りない」と感じていた休日に、足りなかった二つのピース。
「勉強」と「仲間との時間」。
その両方が、今、この瞬間に満たされていくのを感じた。
次の休日は、少しだけ違う一日になりそうだ。
午前中は城塞で日誌を書き、午後はアリアと星の勉強をする。
そして、夕方から詠唱訓練へ。
完璧ではないかもしれないが、きっと昨日より、ずっと満足できる一日に。
魔王は、自らの心と対話し、ほんの少しだけ、休日を最適化することに成功した。
彼の人生は、そうやって、小さな気づきと微調整を繰り返しながら、ゆっくりと、しかし確実に豊かになっていくのだった。




