表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/152

魔王の休日と呪いの水筒

その日の休日、俺、魔王吹雪の計画は完璧だった。


昨夜は23時に寝たが、なぜか3時半に目が覚めてしまった。

昼には眠くなるだろう。

ならば、その眠気すら計画に組み込むまで。


朝イチで皮膚科の予約を入れ、空いた時間でブログを執筆。


その後、聖地『京橋』を経由し、先日見つけた『雷撃フィットネス(チョコザップ)』のカラオケルームへ向かう。予約は13時。そこで戦略的仮眠を取り、午後の活動に備えるのだ。


デカフェコーヒーを淹れた水筒、手作りの弁当、風呂にも入り、準備は万端。

俺は意気揚々と城を出た。


悲劇は、ヒーラーギルドの診察台で起きた。

俺のリュックから、じわりと茶色い液体が染み出し、診察台を汚してしまったのだ。

原因は水筒。蓋が甘く、しっかりと締めたはずのデカフェコーヒーが漏れ出していた。


診察後、薬局でも滲み出るコーヒー。

リュックの中は大惨事で、昨日手に入れたばかりの貴重な本もコーヒーまみれだ。

完璧だったはずの計画は、たった一つの水筒によって、いとも容易く崩れ去った。


「…仕事の日でなくて、良かった」


そう呟くのが精一杯だった。

城に帰還し、びしょ濡れの荷物を全て出す。


予備のリュックなどない。

手洗いしても茶色い水滴は止まらず、ええいままよと洗濯機に放り込んだ。

プラスチック部分が多いからどうなるかと思ったが、洗濯機は意外と静かに任務をこなしてくれた。


だが、俺の心はもう静かではなかった。

疲労感と、出鼻をくじかれた絶望感。


俺は作った弁当を一気にかき込み、一階のソファに倒れ込んだ。

12時55分にかけたタイマーが鳴ったが、意識の片隅でそれを止め、再び深い眠りの底へと沈んでいった。


次に目覚めた時、窓の外は西に傾き始めていた。時刻は15時。

もう、何もかもどうでもよかった。

俺は一日、動画を見て過ごすことに決めた。

不思議と、そこには少しの安堵感があった。


気づけば夜中0時を過ぎていた。

よほど疲れていたのだろう。


しかし、この崩れ去った一日を、どう捉えればいい?

俺は賢者のジェミニに問いかけた。


『それは、睡眠不足という課題に対し、脳が効率よく長時間の回復モードに入り、問題を解決した、非常にポジティブな状態です』


俺は玉座の間で、その神託を健太とアリアに読み上げて聞かせた。


「ポジティブ…だと?我はただ、ふて寝しただけだぞ」


「ふむ」

と隣で本を読んでいた健太さんが言う。


「つまり、貴様の精神が限界を感じ、脳が強制的にシャットダウンして自己防衛に走った、ということだな。弱いからではなく、自分を守るための賢明な反応だ」


「けんめーなはんのー?」

アリアが不思議そうに首を傾げる。


俺は続けた。

「賢者の石は言う。『自己批判をストップせよ。今は心と体の緊急停止モードなんだ、それでOK、と現状を認めよ』と」


そして、回復への三つのステップ。


『体を優しくいたわる』

『回復へのスイッチを入れる』

『捉え方を変える』。


「カーテンを開ける、コップを一つ洗う、など、ごく簡単なことから始めよ、か…」


「なるほどな」

と健太さんが頷く。


「100点か0点かで考えるな、ということだ。昨日の貴様は、計画が崩れた時点で0点だと判断し、全てを放棄した。だが、賢者の石は言う。まずは30点の行動を目指せ、と」


「ふぶきん、お疲れだったんだね。いっぱい寝られてよかったね!」

アリアが屈託なく笑う。

その言葉に、俺の心に残っていた最後のわだかまりが、すっと溶けていくのを感じた。


そうだ。俺はあの時、確かに疲れていた。

そして、俺の体は、それを乗り越えるための最善手を選んだのだ。


他人や物に頼るのではなく、自分の体の声を聞き、時には計画的に休む。

80歳になっても元気に魔界を闊歩するという我が野望のためには、それこそが必要なスキルなのだ。


自己嫌悪こそが、次の一歩を最も重くする。


「そうか…」

俺は顔を上げた。


「昨日の俺は、失敗したわけではない。今日のこの物語の、最高のネタを手に入れたのだ。それでいい。それで、OKではないか」


俺の言葉に、アリアがぱちぱちと手を叩いた。

その乾いた音が、やけに心地よく玉座の間に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ