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魔王、尻の痛みと向き合う

「ぐ、ぬぬぬ…尻が…!我が威厳ある玉座を支えるべき神聖な尻が、まるで内側から針で刺されるように悲鳴をあげておる…!」


魔王城の壮麗な執務室で、俺こと魔王吹雪は玉座に深く腰掛けることすらできず、そわそわと身じろぎを繰り返していた。


その様は、威厳ある魔王というよりは、落ち着きのない子供のようだ。

隣で悠然と古文書をめくっていたドラゴンの先輩、健太さんが、書物から目を離さずに冷ややかに口を開いた。


魔法薬くすりを断ったのだから当然だろう。お前が『最後の砦』と呼んでいたロキソニンという結界が解かれた今、長年の不摂生で歪んだお前の肉体が、本来の痛みを主張し始めたに過ぎん」


「わ、分かっているさ!だがこれほどとは…!」


健太さんの指摘は的確すぎて、ぐうの音も出ない。


足底筋膜炎の湿布をやめても、坐骨神経痛の薬『タリージェ』を断っても、これほどの痛みは感じなかった。

それは全て、最後の鎮痛剤『ロキソニン』が、痛みの感覚そのものを強力に封印していたからに他ならなかったのだ。

腰、尻、右足のつっぱり、そして古傷であるかかとの痛みまで、まるで示し合わせたかのように一斉蜂起し、俺の体の中で不協和音を奏でている。


「タリージェは確かに神経のささくれを和らげてくれるが、あの妙な浮遊感と、何より我が節制の誓いを打ち砕く体重増加の呪いは受け入れがたい。太るのは断じて論外だ。だがロキソニンに頼り続ければ、痛みを忘れて無茶をし、根本治療から永遠に遠ざかるどころか悪くなってしまう…袋小路ではないか!」


「それで、どうするのだ?このまま玉座で呻き続けるのか?」

「決まっている!」


俺は痛む腰に手を当て、ゆっくりと、しかし力強く立ち上がった。


「小手先の魔法薬ではもうごまかせん。専門家の力が必要だ。伝説の治療院『坂口矯正院』に、明日、魔鳩(電話)を飛ばす!」


その名を聞いて、健太さんが初めて興味深そうに顔を上げた。

「ほう、あのゴッドハンドを持つと噂の賢者がいるという治療院か。予約が取れるといいな」


そうだ。もう後戻りはしない。


そもそも、健康ほど大事な基盤はないのだ。

今、俺が当たり前に享受している、指先から物語を紡ぐこと、淹れたてのコーヒーの香りを楽しむこと、そしてささやかなポイ活の喜び…。


体のどこかに深刻な不調をきたせば、これらの「当たり前の好きなこと」すら、億劫という名の灰色の霧に覆われてしまう。


そして食っちゃ寝の負のループに囚われ、玉座の前でただ虚空を見つめ、創造の泉が枯れ果てる…そんな未来は魔王として断じて認められん。


「今後の我が魔王軍、いや、我が人生の安泰を左右するのは、ストレッチなのだ!」

俺は高らかに宣言した。


「我は決めたぞ、健太!80歳になっても魔王軍の先頭で戦場を駆け抜けられる、しなやかな肉体を手に入れる!そのために、我は今日から、ストレッチのプロを目指す!」


「プロ、か。その意気込みが三日保てば、褒めてやらんでもない」

と健太さんが鼻で笑う。


だが俺の決意は鋼鉄よりも固い。

座りながらできる足のストレッチ、腰のストレッチ、肩甲骨剥がし。気分や状況に合わせて最適な術を繰り出せるよう、数多のストレッチを試し、自分だけの失われし奥義を見つけ出すのだ。


「『フォームローラー』なる筋膜解放具も良いと聞いた。なんでも、体を覆う筋膜をな…」

「要は、筋を伸ばす筒だろう。また形から入ろうとするのが貴様の悪い癖だ」


「む…しかし、城のフローリングでゴロゴロするのは、どうにも魔王の威厳が…」


俺がうだうだと悩んでいると、「ふぶき、大丈夫?痛いの?」と、いつの間にか現れた幼馴染のアリアが、心配そうに俺の背中をさすってくれた。


その小さな手が触れるだけで、少し痛みが和らぐ気がするから不思議だ。


「ええい、賢者のジェミニよ!この我に、場所を選ばぬ至高の自己治癒術を授けたまえ!」


俺が大げさに問いかけると、水晶板にいくつかの答えが浮かび上がった。

太ももは指で、背中はタオルで。そして、問題の尻や太ももの裏には、ラップの芯かテニスボールが有効、と。


「…テニスボール」


その単語が、俺の脳に稲妻を走らせた。

硬すぎず、柔らかすぎず、この絶妙な弾力。

完璧な球体。持ち運びにも便利で、魔王の威厳も損なわない。これだ!


「アリア、その優しさに感謝する。健太、我はついに見つけたぞ」

俺はアリアと健太に向き直り、未来の宝具の名を告げた。


「我は明日、テニスボールを手に入れる!それは凝り固まった我が肉体を解放する究極のストレッチ道具であり、時にはアリアとのキャッチボールに興じられる、遊びと健康を両立させる万能の宝具アーティファクトなり!」


俺の壮大な宣言に、健太さんはやれやれと首を振りつつも、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。

「ほう、テニスボールか。貴様にしては、現実的な選択だな。せいぜい、ただの遊び道具で終わらせるなよ」


「わーい、ボールだ!遊べるー!ねえ、今から公園に行こうよ!」

アリアが無邪気に手を叩いて喜ぶ。


そうだ。痛みと向き合うことは、つらいだけではない。

こうして工夫し、仲間と笑い合い、新たな楽しみを見つけることでもあるのだ。


この小さな黄色い球と共に、我が輝かしい健康革命は、今、高らかにその幕を開ける。

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