表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/113

魔王は金曜の夜に哲学する

一週間の責務を終えた金曜の夜。


大阪の街は、日中の熱気をわずかに残した生ぬるい夜風に包まれていた。

ネオンの光が滲む湿ったアスファルトを、週末という名の解放感を乗せた人々の喧騒が滑っていく。


魔王である俺、吹雪は、その心地よい解放感と同時に訪れる、名状しがたい一抹の虚しさを胸の奥に感じていた。

共に歩く二人の腹心に向け、俺はふと、その思いを口にした。


「なあ、健太、アリア。我々は一体、何のためにこうして毎日、人間たちに紛れて働いているのだろうな」


我ながら、金曜の夜の雰囲気にふさわしい、青臭くも深遠な問いだと思った。

隣を歩くドラゴンの先輩、健太さんは、その琥珀色の瞳で俺を一瞥し、呆れたように一つ、重い息を吐いた。


「また壮大な問いが始まったな、吹雪。答えは至極単純だ。生きるためだろう。貴様が最近こだわり始めた健康的な生活とやらも、日々の創作活動に不可欠な最新機材も、そしてこの魔王城の維持費も、天から慈悲深く降ってくるわけではないぞ」


「むろん、それは分かっている。だが、それだけではあるまい。生活のため、というだけでは、この魔王の魂が満たされぬのだ。かつて我らが玉座から世界を見渡し、天下統一という大義を掲げた時のような、ただそれだけで胸が高鳴る絶対的な目的というものが、今の我々にはあるのだろうか」


そう、俺は何かを求めていた。

日々のブログ執筆や小説創作は確かに創造的で楽しい。


健康に気を遣い、マッサージで体を癒すことの重要性も、この身をもって理解した。


しかし、それらが日常の歯車として噛み合い、滞りなく回り始めた今、そのレールの先に果たして何があるのかが見えず、漠然とした不安に駆られることがあったのだ。


健太さんが何か諭すように口を開きかけた、まさにその時だった。


「あ、見て!お団子屋さん、まだ開いてるよ!」


ふいに、俺たちの間に挟まっていた幼馴染のアリアが、まるで宝物でも見つけたかのように声を弾ませた。


彼女の細い指が差した先には、大通りから少し入った路地裏に、温かい色の裸電球を灯す小さな和菓子屋の店先があった。


そこから漂ってくる、醤油が焼ける甘く香ばしい匂いが、俺たちの鼻腔を優しくくすぐる。


「ねえねえ、買って帰らない?みたらし団子!今日は一週間、みーんな頑張った金曜日だもん、特別にいいよね?」

「…団子、か」


俺と健太さんは、一瞬拍子抜けして顔を見合わせる。

さっきまで繰り広げていた高尚な哲学的問答が、抗いがたい食欲を刺激する匂いの前では、やけに色褪せて聞こえたから不思議だ。


「おい吹雪。貴様、体重管理はどうした。つい先日も『堕落した一日にはしたくない』と息巻いていただろう」

健太さんがすかさず現実的なツッコミを入れる。

「うっ…きょ、今日くらいは良いのだ。これは一週間という名の戦場を駆け抜けた、我ら三人の兵士へのささやかな褒賞だ」


結局、俺たちはアリアの輝く瞳に導かれるようにして、その店先に吸い寄せられた。


そして三人分のみたらし団子を手にすると、近くの公園へと足を向けた。

ひんやりとした夜の空気が心地よい公園のベンチに腰掛ける。


まだほんのり温かい団子を頬張ると、もっちりとした食感と共に、優しい甘さがじんわりと口の中に広がった。月明かりに照らされた甘辛いタレが、きらきらと輝いている。


「ん、美味いな、これ」

「でしょー?難しいお話も大事だけど、お腹がぐーって鳴ったら、もうそっちが勝っちゃうもん。頑張った日においしいものを食べると、幸せな気持ちになるよね」


アリアは心から満足そうに笑う。


その笑顔を見ていると、先ほどまで俺の心を重くしていた壮大な悩み事が、なんだかちっぽけなことに思えてきた。


大義名分や、魂を震わすような目的。

それを探し求めることも、魔王としての生き方なのかもしれない。


しかし、健太さんの言う「生活のための労働」と、俺が求める「生きる意味」という二つの巨大な概念の間には、アリアが示してくれたような、ささやかで、しかし確かな幸せが無数に存在しているのだ。


大きな目的を探す長い旅の途中で、道端に咲く花を愛でたり、小さな泉で喉を潤したりする時間。

そういうものこそが、実は旅を続ける力を与えてくれるのかもしれない。


「…ふむ。悪くないな、金曜の夜というのも」


俺はもう一本、団子に手を伸ばしながら満足げに呟いた。


隣で健太さんがやれやれと肩をすくめ、その口元に微かな笑みが浮かぶのを、俺は見逃さなかった。

アリアが嬉しそうに小さく歌を口ずさむ。


月が綺麗な、週末の入り口だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ