魔王の心のささくれと予防療法
昨日の俺、魔王吹雪の心は、ささくれ立ち、荒れ狂っていた。
気分転換にでもと城下の『イオンモール』に足を運んだものの、目的だったスマホの保護ケースや、目新しいガジェットの類に一切心が動かず、虚しい気持ちのまま帰還した。
原因は分かっている。
先日の執務室での一件だ。
組織のためを思い、我が「正義」を貫いた結果、上司がひどく困惑していた。
それが脳裏に焼き付いて離れない。
「また我が評価は下がるのか」
「なぜ正論を述べた俺が、こんな思いを…」
苛立ちと虚無感が渦を巻き、どうせまた粗探しをされるのだろうという思考のループに陥っていた。
自室の水晶板で、以前調べた賢者の石の言葉を読み返す。
『心がささくれ立つのは、あなたが相手との関係性を大切にし、相手の感情を慮る共感性を持ち、自らの言動に責任を感じる誠実な人間である証拠』
…。
「なるほど…我は、自分が思うよりずっと人間関係を大切にする、繊細な魔王だったというわけか」
しかし、納得できないことに対しては、後先考えずに暴走してしまうのもまた、我なのだ。
普段は理性の鎧で制御しているその衝動が、なぜあんなタイミングで顔を出したのか。
自分でも分からない。
だが、それが俺という存在なのだから、受け入れるしかない。
「ええい、ままよ!」
衝動は、別の形で暴走を始めた。
俺は城を飛び出すと、スーパー『サンディ』へと向かい、安くて美味いと評判のアイスを好きなだけ買い込み、ついでにポテト菓子も2袋鷲掴みにした。
そして、昼間は暑くて寄り付かない魔王城の2階へ駆け上がると、クーラーを最大出力で稼働させ、ベッドに寝転ぶと、購入した全てのアイスと菓子を、無心で胃袋に収めた。
「…ふぅ。少しは落ち着いたか」
空になった容器の山を前に呆然としていると、静かに扉が開き、ドラゴンの先輩、健太さんが入ってきた。
「その残骸の山はなんだ。それで心のささくれが取れるなら安いものだが、貴様のダイエット計画はどうした」
「うっ…これは、その、儀式のようなものだ。心の平穏を取り戻すための…」
「そうか。ところで、昨日も体がだるいと言っていたな。コーヒーを飲まなかったせいだと結論づけたのではなかったか?」
健太さんに言われ、俺は再び水晶板を示す。
そこには、賢者の石の新たな神託が記されていた。
『だるさの原因はカフェイン不足ではなく、日々の執筆活動などで蓄積された身体的疲労の可能性が高い』…と。
「つまり!我のこの心の乱れは、知らず知らずのうちに蓄積した体の疲労が原因だったのだ。心と体は繋がっている。この真理に、我は今、気づいた!」
「それは何千年も前からこの世界の常識だがな」
健太さんが冷ややかに呟いたその時、
「ふぶきーん、なんだか元気ないって聞いたよー」
と、幼馴染のアリアが顔を覗かせた。
「そうか。ならば話は早い。我は休日の過ごし方を変える。今後はマッサージをルーティンに組み込む!」
俺は熱弁した。
平日は『雷撃フィットネス(チョコザップ)』に行き過ぎると疲れるからと休日を禁忌にしていたが、マッサージ目的なら問題ないだろう。
京橋で執筆し、公園を歩き、フィットネスで体を癒す。
完璧な休日計画だ。
「そして、日頃からストレッチを行う。これはもはや対処療法ではない。未来の体の痛みを防ぐための『予防療法』なのだ。痛気持ちいいことを、人生に増やしていくのだ!」
俺の壮大な計画に、健太さんはやれやれと首を振り、アリアは目を輝かせた。
「わー!予防療法!なんだかすごいね!痛気持ちいいの、私も好き!一緒にやろ!」
アリアの屈託のない笑顔に、俺の心のささくれが、少しだけ癒されていくのを感じた。
そうだ。
難しい問題の答えはすぐに出なくてもいい。
まずは、自分の心と体の声を聞く。
そして、信頼できる仲間と共に、今できる「たのしい事」を一つひとつ、日々に取り入れていけばいいのだ。
心の葛藤から見つけ出した新たな習慣。
それはきっと、これからの俺の玉座を、もっと心地よいものにしてくれるに違いない。




