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魔王吹雪、その正義は誰のため?

自称「魔王」こと吹雪の眉間には、ここ数日、深い谷が刻まれていた。


世界の平和や退屈な日常についてではない。

ある特定の人物との関係が、彼の心を重く曇らせていたのだ。


「…もう、どうすりゃいいんだよ…」


玉座デスクチェアの上で頭を抱える吹雪に、ソファで静かにページをめくっていた現実主義者の先輩、健太が冷めた視線を送る。


「また例の件か。お前が手助けしたところで、根本解決にはならないと、前にも言ったはずだ」


「だって、あのままじゃあいつはむちゃくちゃになるんだぞ!状況を甘く見すぎてるんだ。俺が心配性で大げさなだけだって言うけど、なんとかなるわけないだろ!」


吹雪は苛立ちを隠さずに声を荒らげる。

良かれと思って意見をすれば、相手はそれを攻撃とみなし、10倍になって返ってくる。

数字を出して理論的に話そうとすれば、心を閉ざして帰ろうとする。

話し合いにすらならないのだ。


「相手は俺の意見を聞く気がない。自分の考えが絶対に正しいと思ってる。こっちが『こんな考えはどう?』なんて言おうもんなら、『全部俺が悪いって言うのか!』ってなる始末だ。…もう疲れた」


「相手が状況を把握していないから、意見されること自体が苦痛なんだろうな。だが吹雪、一つ聞くが」

健太は本を閉じ、真っ直ぐに吹雪を見た。


「お前は、本当に相手の話を聞いていたか?」


その時、ガチャリとドアが開いた。


「ただいまー!見てみて、健太先輩にもらったお小遣いで、新しい観葉植物買っちゃった!」


幼馴染のアリアが、小さな鉢植えを大事そうに抱えて入ってきた。

彼女の存在は、いつも重苦しい空気を不思議な浮力で軽くしてくれる。


「お、アリアか。…なんだ、また変なもんを」

「変なもんじゃないよ! ポトスだよ、ポトス! これから毎日お水あげて、愛情いっぱい育てるんだから!」


アリアはそう言って、早速キッチンの水道から汲んできた水を、これでもかというほど鉢に注ぎ始めた。

「おいアリア、待て待て」

健太がすっくと立ち上がり、彼女の手を止める。


「愛情もやりすぎは禁物だ。そんなに一度に水をやったら、根が腐って枯れてしまうぞ」


「えー、そうなの? でも、早く大きくなってほしくて…」


「気持ちはわかるが、植物には植物のペースがある。必要な時に、必要な分だけ。過剰な手助けは、かえって相手をダメにする。人も、同じだ」


健太の言葉はアリアに向けられていたが、その言葉は吹雪を射抜いていた。


……そっか。

吹雪の中で、何かが崩れ落ちる音がした。


俺が、悪かったのか。

俺が踏み込み過ぎていたんだ。

親にされてあれほど嫌だった、土足で人の心に踏み込む行為を、俺はあいつにしていたんじゃないか。


「お前はこれからどうするんだ?」

そう問い詰める俺の言葉は、相手の心をどれだけえぐっただろう。


俺が正しい、俺が導かなきゃ、と。

その思い込みこそが、相手を追い詰める環境そのものになっていた。


心は鏡だ。

俺が猛烈な嫌悪感を抱いていた相手の態度は、俺自身の姿を映していただけなのかもしれない。


病んでいたんじゃない。

伝わらないことに、うんざりしていたんだ。

話を聞いていなかったのは、俺の方だった。


「なんてこった…」

吹雪は自分の両手を見つめた。


相手を救おうとして、かえって深く傷つけていた。

人が人にやってはいけない領域に、自分は踏み込んでしまったのだ。


「…じゃあ、これからどうすればいいんだ…?」


気づいてしまった後も、心はざわつく。

解決していない問題を知ってしまったのに、放置して忘れられるだろうか。

気になって仕方がない。考えが止まらない。


「吹雪」

健太が静かに言った。


「お前が思考のループに陥るのは、失敗を過度に恐れているからだ。そして、『相手は自分が思っている以上に、この状況を気にしていないかもしれない』という可能性に気づくべきだ。『何ともならない』と思い込んでいるのは、お前の方なんだよ」


「…でも、どうしたって気になる」

「なら、踏み込まずにできることを考えろ。お前自身の境界線を引くんだ」


吹雪は顔を上げた。

健太の言葉に導かれるように、頭の中で考えがまとまっていく。


できる範囲で力を貸す。


アドバイスを求められたら簡潔に。

求められないなら言わない。


しかし、専門家の助けを借りるように促す。

そうだ、俺は専門家じゃない。

俺の考えが正しいなんて、思い上がりも甚だしい。俺はあまりに極端すぎた。


「俺ができることは…」

吹雪は呟いた。


「相手の人生をコントロールすることじゃない。俺自身の人生を、今よりもっと豊かにすることだ。相手を手助けしたいなら、まずは俺自身が、それだけの力を持たなくちゃならない。今の俺じゃ、足手まといになるだけだ」


自分の未熟さと浅はかさを認めると、不思議と心が少しだけ軽くなった。

「そっか…そういうことか…」


吹雪が深く息を吐くと、隣で話を聞いていたアリアが、にこっと笑った。


「じゃあ、決まりだね! まずはふぶきんが最強になるために、明日から私と一緒に早朝ランニングだー!」

「…はぁ!? なんでそうなるんだよ!」

「だって、強い魔王様は体力からでしょ!」


アリアの突拍子もない提案に、健太が静かに噴き出す。

重苦しかった部屋の空気が、ようやくいつもの色を取り戻していく。


問題が消えたわけじゃない。

吹雪の心の中には、まだ小さな棘が残っている。


だが、今はそれでいい。

まずは自分を変える。

その一歩を踏み出す勇気を、彼はようやく手にしていた。

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