魔王、自分の「穴」を探す
休日の昼下がり。
魔王城の玉座に、吹雪は抜け殻のように沈んでいた。
いつもの休日ルーティンは完璧だった。
朝イチで城を飛び出し、京橋にあるお気に入りのフリースペースへ。
ウォーキングで心地よく体を動かし、集中してブログと小説を書き上げる。
その達成感は絶大だ。
しかし、完璧すぎるがゆえの欠点があった。
昼前には、全ての工程が終わってしまうのだ。
「終わった……。今日の創造活動が、全て終わってしまった……」
城に帰還した吹雪は、玉座の傍らで悠然と茶をすすっていたドラゴンの健太に泣きついた。
「健太先輩。 12時から17時の、残ったこの広大な時間、我は何をすればいいのだ。まるで虚無だ!」
「やかましい。静かに茶も飲めん」
「何か、何か生産的な活動をせねば、我が魂は摩耗してしまう。 HPを作って我が威光を人間界に示そうかとも考えた。だが、ネット販売だの、売れる商品を探すだの、どうにも気が乗らん! 我が良いと思う伝説の武具や秘薬ならともかく、そんな手間はかけたくないのが本音だ!」
吹雪の嘆きは止まらない。
副業をしようにも、先代魔王との契約により、魔王の品位を損なう「人件費」となるような労働は固く禁じられている。
可能なのは「請負業」や「自営業」、つまりは己の力だけで稼ぐことのみ。
「だが、我にはサラリーマン経験しかない。 自営業の知り合いも、副業をしている友人もおらん。 どうすればいいのだ」
「想定で稼げる方法は思いついても、実際に稼げる行動を取るのは難しい、か。今お前はありきたりなポイ活程度で満足しているのだろう?」
健太の言葉が、図星すぎて吹雪の胸に突き刺さる。
「うっ……。そ、それは……」
「結局は勇気がなくて、未知の領域に飛び込めていないだけだろう。冥界の門をこじ開けた魔王が、人間界のささやかな経済活動を前に怖気づくとは。情けない限りだ」
正論のブレスを浴びてぐうの音も出ない吹雪。
まさにその時、「できたー!」という明るい声が響いた。
見ると、床の上で幼馴染のアリアが、拾ってきたらしい木の実や色とりどりの葉っぱを使い、小さな首飾りを作っていた。
「ふぶきん、健太さん、見て見て!」
アリアは、お世辞にも売り物とは言えないその首飾りを、宝物のように掲げてみせる。
「これね、作ってるの、すっごく楽しいの! だから吹雪くんにあげる!」
吹雪は、何の価値もないはずのガラクタを差し出され、ハッとした。
アリアは「これを売ったらいくらになるか」とか「これでどうやって生計を立てるか」など、何も考えていない。
ただ、作るのが「楽しい」。
そして、作ったものを「誰かにあげたい」。
その純粋な気持ちだけがそこにはあった。
——そうか。俺がやりたかったのは……。
「自分がいいなぁ、と思うものなら売りたいかも」
心の奥底にあった本音。
それは、儲かるかどうかではなく、自分の「好き」を誰かと分かち合いたい、という願いではなかったか。
吹雪の表情の変化に気づいた健太が、静かに言葉を続けた。
「そうだ、吹雪。いきなり金脈という巨大な穴を掘り当てようとするから、動けなくなるのだ。まずはお前の足元にある、その小さな興味の『穴』から、指でそっと掘り進めてみろ」
「俺の……穴?」
「お前が今、楽しいと感じていることはなんだ? 休日、わざわざ京橋まで出かけて書いている、そのブログと小説だろう。ならば、そこから始めろ。お前の物語を、たった一人でいい、それを心から欲する者に届けてみろ。それがお前の『自営業』の始まりだ」
健太の言葉が、吹雪の心に染み渡る。
勇気とは、大きなリスクを背負って未知の世界に飛び込むことだけではない。
自分の「好き」や「楽しい」という小さな感情を信じて、それを誰かに届けるために、ささやかな一歩を踏み出すこと。それもまた、偉大な勇気なのだ。
「……そうか。俺はまず、俺の物語を読んでくれる読者を探すことから始めればいいのか」
視界が、少しだけ開けた気がした。
午後の虚無だったはずの時間が、これからやるべきことに満ちた、可能性の時間に変わっていく。
「ふふ、ふぶきん、元気出た?」
アリアがにこにこと笑いながら、木の実の首飾りを吹雪の首にかけてくれる。
少しだけ、くすぐったい。
魔王の長い人生において、午後の数時間をどう過ごすかなんて、ほんの一瞬の悩みでしかない。
だが、その小さな悩みの中にこそ、自分を変えるための大きなヒントが隠されているのかもしれない。
吹雪は、自分の「穴」の入り口に、ようやく立ったところだった。




