魔王吹雪の、休日のカロリーが気になります
「ふははは! ついに編み出したぞ。我が休日を完全無欠に支配し、怠惰という名の悪魔を滅する、至高の魔導ルーティンをな!」
休日の穏やかな朝。
魔王城の荘厳な玉座の間で、魔王吹雪が高らかに勝利宣言を上げた。
その手にはなぜか、人間界のスーパーマーケットのロゴが入ったビニール袋が一つ。
そのちぐはぐな様子を、傍らで数万年物の希少な竜輝石を柔らかい布で磨いていたドラゴンの健太が、呆れを隠すでもない半眼で見つめていた。
「ほう。また何か三日坊主の計画か? 先日の『闇の筋力トレーニング』とやらはどうした。世界の半分でも手に入れたのかと思ったぞ」
「それ以上の、遥かに価値ある成果だ、健太先輩!」
健太の皮肉を受け流し、吹雪は得意満面で語り始める。
「我はついに、万古の魔王すら蝕む恐るべき呪いを突破する方法を見出したのだ。その名も『休日における未消費2000kcalの壁』」
「カロリー……。お前のブレス一発で惑星ごと消し飛ばせるだろうに、些末なことだな」
「ふっ、些末? この2000kcalという数値は、下級デーモン20体分もの邪悪なエネルギーに匹敵するのだぞ。これが体内に蓄積され、活力、すなわち魔力を奪い、無気力という名の精神汚染を引き起こす。 その恐ろしさに気づいた我は、ある一つの禁呪にたどり着いたのだ」
吹雪は芝居がかった仕草で、人差し指を一本立てた。
「名付けて、『休日は朝げ禁止令』!」
「……ただの朝食抜きじゃないか、それは」
健太の冷静極まりないツッコミを、吹雪は意にも介さない。
外食は魔王軍の貴重な財政を圧迫する。
ゆえに弁当を作る。
だが、パンという魅惑的な食料を城にストックしておくと、深夜、理性を失った吹雪が全て食らい尽くすという、忌まわしき『内なる悪魔』が幾度となく召喚されてしまう過去があった。
「だからこそ『聖剣バゲットの当日購入の儀』が必要不可欠なのだ。 朝一で24時間営業の聖堂へ赴き、陳列棚に並ぶ数多の誘惑と戦い、でも楽しみながら、この一本とその材料を買い求める。このささやかな勝利の喜びと、店内に満ちる食材の香りが、我を城の外へと誘う起爆剤となる!」
吹雪が袋からフランスパンを恭しく取り出した、まさにその時、
「お腹すいたー! 吹雪くん、何かおいしいものなーい?」
という鈴を転がすような声と共に、幼馴染のアリアがぱたぱたと入ってきた。
「おお、アリア。 待っていたぞ。 今、究極の魔導食を錬成してやる!」
吹雪は意気揚々とキッチンへ向かう。
鉄板でソースの香ばしい匂いを立てながら買ってきた焼きそばを炒め、湯気の立つほくほくのじゃがいもを潰してマヨネーズと辛子を混ぜていく。
そしてそれらを大胆にも上下に割ったバゲットへと大盛りに挟み込んでいった。
その光景に、健太は竜輝石を磨く手を止め、こめかみを押さえた。
「見事なまでに茶色い弁当だな。栄養の偏りが魂を歪ませるぞ」
「凡人の発想だな、先輩。これは炭水化物と炭水化物を掛け合わせることで生まれる、至高のエネルギー爆弾なのだ。しかし、真の儀式はここからだ。問題は『どこで食すか』なのだよ!」
完成した、焼きそばとじゃがいもが今にも雪崩を起こしそうな超ジャンクなバゲットサンドを手に、吹雪は再び宣言する。
「この完成した瞬間、食欲という名の悪魔が召喚される。 この抗いがたい引力から逃れ、聖地へと転移する精神修行こそが、この術の最も重要な段階なのだ!」
結局、三人は魔導列車(人間界ではただの快速電車)に乗り込んだ。
吹雪は移動中、魔導板を巧みに操作し、
「ポイ活という名の魔力収集だ。ちりも積もれば魔力となる。そしていずれは人間界の経済システムをも掌握する」
などとつぶやいている。
そうしてたどり着いたのは、いつもの場所。
人間界の、木漏れ日が美しい、少し見晴らしの良い公園のベンチだった。
吹雪はうやうやしくノートパソコン(これも魔導板の一種らしい)を開くと、ようやくバゲットサンドにかぶりついた。
「うまい……! この背徳的な一口のために、我は幾多の試練を乗り越えてきたのだ……!」
「吹雪くん、おいしいね!」
アリアは幸せそうに頬張り、健太はやれやれと溜息をつきながらも、持参した水筒から芳醇な香りのハーブティーを飲んでいる。
「食事による満足感、今日一日の計画を練る創造の時間、そしてブログという名の情報発信……。この三位一体の儀式を行う環境がなければ、我は怠惰という名の深淵に堕ちていただろう。この時間こそが、我が魂の源泉なのだ!」
熱く語る吹雪。
食事を終え、彼はパソコンに向かってしばらく何かを打ち込むと、ふっと満足げな息をついて、心地よい風が吹き抜ける空を見上げた。
「さて、外出という神との盟約は達成された。つまり、今日のノルマは完了した。この後の我が行動は、完全に自由だ」
「ほう?」
「風呂や掃除といった些末な雑務は、心を疲弊させ、外出の気力を奪う狡猾な罠。よって後回しだ。そして……色々と考えた結果、『何もしたくない』という結論に至ったのなら、玉座で動画を見続けてゴロゴロするのもまた一興!」
「結局ダラダラするのか……」
と健太が呆れ果てると、吹雪は
「自分を許し、緩く生きる。常に完璧を目指せば魂が摩耗する。適度な弛緩こそが、次なる征服への布石となるのだ」
と、見事なまでに魔王らしい言い訳で胸を張った。
ただし、「食べすぎて寝る」という無限ループの罠が再び発動する可能性には最大限の注意が必要だ、と小声で付け加えることも忘れなかった。
そんな吹雪の横で、食べ終えたアリアが空を指さしながら言った。
「吹雪くん、ブログと小説以外に、何かやりたいことないの? 楽しいこと!」
アリアの純粋な問いに、吹雪はハッとする。
そうだ。
この完璧なルーティンを確立した今、新しい何かを見つけるのも良いかもしれない。
世界征服でも、深遠な魔法の研究でもない、もっとささやかな何かを。
「新しい、やりたいことか……」
健太がふっと笑い、
「いい機会だ。世界征服以外の趣味でも見つけて、少しは人間というものを学んだらどうだ」
と後押しする。
魔王の小さな呟きは、公園の穏やかな風に溶けていった。
完璧な休日術のその先で、彼はどんな「楽しいこと」を見つけるのだろうか。
三人のゆるい休日は、まだ始まったばかりだった。




