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9 愛する人へ贈る石     有賀の赤い石

 どうでもいい話になってきたからか、百合子さんは夢から覚めたような表情で食堂から出ていった。なんだか様子がおかしい。千鶴さんも考えるような顔をしながら、百合子さんの後ろ姿を目で追っていた。

 なんだか解らない話が進むなか、千鶴さんはなぞなぞを考えるように、中間、真ん中、と呟きながら月餅に手を伸ばした。半分食べますか、と満月だった月餅を半月に割って、ぼくに分けてくれる。

 千鶴さんは月餅をゆっくりと味わったあと、巴さんに小声で話しかけた。

「巴さん、赤いダイヤモンドなんてありますか?」

「うーん、あることはあるんだけど、とんでもなく希少だね。粒胡椒くらいの大きさでも何千万円って感じだから、私も原石は見たことないなあ。人工的に色をつけたものとか、模造ダイヤなら、結構あると思うよ」

 模造は意味がないですね、と千鶴さんはぼんやりと考え込む。もらった月餅をかじってみると、餡にくるみが入っていておいしかった。千鶴さんが考え込んでいるので、巴さんに聞いてみる。

「模造って、偽物なんですよね。ダイヤモンドとは違うんですか」

「全然違うよ、値段が。私はそっちの卸値は知らないけど」

 そう言って巴さんが小野坂を見た。小野坂たちも宝石っぽい話には食いついてくる。

「うちもさすがに商品としては取り扱ってないですね。ジルコニアは職人が練習や試験で使うかな。屈折率はダイヤモンドに近いから、見た目は綺麗だし、似てると言えば似てる。ただ硬度はルビーよりも低いし、人工石だからうちでは宝石と呼ばない」

「へえ、どうやって見分けるんですか」

「まずはその宝石に話しかけるんだ」

 すかさず巴さんが言った。完全に無視していると、小野坂が答えてくれる。

「ジルコニアと天然ダイヤモンドなら、ルーペがなくてもプロなら解るよ。冬樹君にも解りやすいやり方なら、よく冷やしてから息を吹きかける方法は有名かな。曇らないほうが本物だ」

「僕はしませんが、油性ペンで線を描く方法も有名ですよ。偽物なら油を弾きます」

 有賀も静かに言った。理科の授業みたいで面白い。こんなんでも一応、二人ともプロなんだなあと少しだけ感心して頭を下げた。

「面白いんですね、なんか勉強になります。ありがとうございました」

「どういたしまして」

 巴さんがうれしそうに言った。あんたじゃない、と思わず巴さんを睨む。本当にこの人、宝石の価値を正しく読み取って交渉したりとかしてるんだろうか。

 詩さんと千鶴さんはテーブルの上を片付けはじめた。宝石屋三人組だけが残ると、また宝石の話が始まる。黙って聞いていようと思いつつ、宝石の産地とか出所の違いだのと、気になる話をされると口を挟んでしまう。

「出所って解るものなんですか」

「地形や年代の違いが内包物に現れるから、解るものは解る」

 銀縁眼鏡を直しながら小野坂が答えると、巴さんも言った。

「解らないのもあるよ。何年か前、オークションで一千六百万ドルになったとんでもないダイヤモンドがあるんだけど、どこで見つかって、誰がカットしたものかは解ってない」

「すごい。謎の宝石なんて本当にあるんですね」

 素直に驚いていると、有賀も口を挟む。

「僕は特定の職人のものならカットで解りますよ」

「有賀君はムーンシュタイナーのファンだからね」

 なんですかそれ、とぼくは巴さんを見た。有賀の得意な話は、逆に巴さんに聞くほうが簡潔で早いと解ってきた。巴さんはヒゲを撫でながら答える。

「世界的に有名なドイツの宝石カット職人だよ。親子でいくつもの賞を取りまくってる、職人というよりは芸術家かな。まだ日本ではそんなに有名じゃないかもしれないけど」

「カットした人と、石の産地は関係ないんですね」

 有賀に口を挟ませないように質問を重ねる。巴さんはのんびりと答えた。

「あんまりないかもしれないなあ。ドイツなんて原石は取れないし」

「へえ。巴さんって、原石の産地に行くんですか」

「うーん、私もめったに鉱山までは出向かないよ。治安も良くないし、日本人バイヤーが殺される事件は多いんだ。盗難対策で、裸にされて歩かされた人も結構いるし、私も銃を突きつけられたことがあるよ」

「そうなんですか。それは……」 

 惜しかったですね、と思わず呟く。巴さんは聞こえなかったのか、でも大丈夫だよ、と立ち上がり、そろそろ休もうか、とぼくを見た。

 そうだ、と思い出してみんなを引き止める。

「あの、ぼくそろそろ、いろんなことを決めないといけないですよね。みなさん仕事とかあるみたいだし」

「まあ、そろそろ俺たちもサボってばかりはいられないな。さすがに」

 小野坂が小さく笑った。明日は月曜日だし、千鶴さんだっていつまでも学校を休んではいられないはずだ。

「緋呂子さんと百合子さんさえよければ、明日にはちゃんと話したいと思うんです。前回具合が悪くなって、話にならなかったし」

「俺たちはそれで構わないけど、緋呂子さん次第かな。なんだか調子が悪そうだから」

 緋呂子さんだけじゃなくて、百合子さんもかなりいろいろと思うところがあるだろう。責任を感じているのかいないのか、有賀は遠い目をして黙っていた。

 じゃあ、といったん解散して、有賀と小野坂は二階へ行った。千鶴さんと詩さんが厨房を片付けているので、ぼくもなんとなく食堂の椅子を揃える。ホールにいた巴さんがふらりと戻ってきて、ぼくに心配そうに聞いた。

「冬樹君、病み上がりなのに本当に大丈夫?」

「大丈夫です。今まで、引き延ばしてすみません」

 少しだけ素直になってみる。巴さんはきょろっとした目をぼくに向けて言った。

「不安だったら、一緒にお風呂入ってあげようか?」

「……一人で入るからいいです」

「水鉄砲とかしようよ。知ってる? 親指側じゃなくて小指側からもできるんだよ」

「人の嫌がることはやめてください」

 はっきりとノーを伝える。素直になって損した。詩さんが厨房から顔を出して言う。

「ここのお風呂で二人は難しいですよー。温泉宿みたいな大浴場があるならともかく」

「うーん、ここも一応、宿泊施設だったんだけど」

 しょんぼりと言う巴さんに、前から疑問に思っていたことをついでに聞いた。

「だいたい、どうしてこんな大きな家に住んでるんですか。もともと巴さん一人ですよね」

「だってすごく気に入ったんだもん。それに、いつか家族が増えて、その家族が友達をたくさん呼んでも困らないなあって思ったんだ」

 夢見るような巴さんに、ちょっと有賀が重なって、思わず冷たい声が出た。

「準備がいいんですね。予定もないのに」

 そんな、と巴さんが泣きそうな目をすると、詩さんが笑いながらぼくを窘める。

「冬樹君たら、そんなことばかり言ってると、そのうち夜中に怖い人が来て怒られますよ。古いお屋敷には出るんですからね?」

「ごめんなさい。でも怪人より、詩さんが中華包丁持って夜中歩くほうが怖いですよ」

 素直になれる相手には素直に従う。それでも詩さんは、ぼくに反省の色が見えなかったのかにやりとして言った。

「信じてないですね? 本当に出ますよ? 前も夜中に、誰もいないはずの図書室から、話し声が聞こえてきたこともあるんですよ」

「うそ、何それ怖い」

 ヒゲの妖怪が、女の子みたいに怯えながら詩さんを見た。ここはお化け屋敷か。


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