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9 愛する人へ贈る石     有賀の部屋にあったもの

 夕食のころには、いつのまにか千鶴さんが厨房に戻っていた。みんなの前に、詩さんと二人がかりで鮮やかな中国料理の大皿をいくつも運んでくる。そんななかで物憂げな表情をしている有賀に、詩さんが明るく言った。

「有賀さんも、たくさん食べて元気出してください。ここに年頃の女の子が、三、四人いるんですから」

 微妙な数字のおかげで緊張が走る。千鶴さんと百合子さんと詩さんの三人はともかく、四人目にカウントされた人が気になった。しかし詩さんは、緋呂子さんが黙っているのをいいことに話を続けた。

「私はここで鍛えられましたから、いつでもお嫁にいけますよー。料理のほかにも、掃除洗濯アイロンがけまでどんとこいです。ですから、私はいつでも『愛する人に贈る石』をいただく心の準備はできてますよー」

 詩さんがからかうように有賀に向かってにっと笑う。百合子さんが小さく手をあげた。

「あの、それはなんでしょうか」

「有賀さんが持っている、とっておきの宝石のことですよ。去年でしたっけ、有賀さんのお部屋を訪ねる用事があったときに見せてもらったんです」

「皆さんは、仲がよろしかったのですね」

 百合子さんがうらやましそうに微笑む。その気持ちは、ちょっと解る気がする。

「私と千鶴ちゃんで、有賀さんのお部屋に届け物をしたんです。船の模型がたくさんあって、面白かったですよ」

 まあ、と百合子さんがうっとりしたように目を見開き、憧れるようなまなざしで有賀を見た。緋呂子さんの手前、有賀には話しかけられない百合子さんに代わって聞いてみる。

「船、ご趣味なんですか」

「…………以前は。細かい作業は性にあっているものですから」

 有賀が慎重に答えると、千鶴さんが少しだけ笑った。意味の解らないぼくに、詩さんが教えてくれた。

「結構おしゃれなお部屋なのに、プラモがいっぱい置いてあったんですよ」

 プラモかよ、と思わず呟くと、ぷらも? と百合子さんも首をかしげていた。千鶴さんがフォローするように百合子さんに説明する。

「プラスチック製の部品を、自分で組み立てて作る模型ですよ」

「まあ、ではご自分で船を作るんですか」

 百合子さんがさらに尊敬の眼差しで有賀を見る。小野坂が肩を震わせて笑った。

「百合子さんは今、サンタマリア号みたいな帆船を想像してるんだろうな」

ぼくが首をかしげると、千鶴さんはぼくにしか聞こえないような小声で教えてくれた。

「船といっても戦艦ばっかりでしたよ。あと戦車とか戦闘機もありました」

「ああ、そっちですか」

 納得して肯くと、有賀がこっちをちらっと見て、サンタマリアもありますよ、と小さく言った。でもミサイル搭載のフリゲート艦のほうでしょう、と千鶴さんが突っ込む。

 詩さんは海老餃子の入った小さな蒸籠を置き、ピーマンや竹の子なんかの細切り炒めがあった大皿を下げながら、さっきの話を続けた。

「そんなプラモと一緒に、指輪にもネックレスにもなってない裸石が置いてあるんですよ。もう役割が決まってるそうで、恋人ができたら『クリスマスに贈る石』とか、『プロポーズに贈る石』とかを、ノリノリで見せてもらいました」

 うっ、とかなり困った顔をする有賀を見て、くくく、と詩さんが楽しそうに笑う。結構意地悪だなあ。もっとやってください。ぼくも感心するふりをして言った。

「準備がいいんですね」

「ね、そういうふうに用意しすぎると、そのとおりにはいかないものですよ」

「でも、最近流行ってるよ。俺も街でそういうキャッチセールスに捕まったことがあるし」

 そう言って小野坂が、蟹と帆立入りの豆腐煮を詩さんから受け取る。とろっとした蟹をれんげですくいながら話を続けた。

「綺麗なお姉さんが熱心に店へ連れて行こうとするから、ワクワクしてついていったら、『将来のためにダイヤを買いませんか』って話だった」

 わくわく? と百合子さんが目を見開いて驚く。思わずぼくも呟いた。

「知らないお姉さんについて行っちゃいけないのでは」

「知らないお姉さんを連れて行っちゃうよりはいいですよ。で、うまく断れたんですか」

 詩さんが重要な指摘をしつつ尋ねる。いや、と小野坂は残念そうに答えた。

「せっかくだから鑑定させてもらおうと思って、手袋してルーペを出したら、謝られた」

「それって、断ったのは小野坂さんじゃなくて、お姉さんのほうじゃないですか」

 詩さんがお茶を配りながら笑った。


 食事を終えた緋呂子さんは、詩さんが勧めるお茶を遠慮して、お先に、と部屋へ戻ってしまった。やっぱり元気ないなあ、と巴さんが心配そうに呟く。ぼくもそろそろ真面目に今後の話をしようと思っているのに、なかなか機会がつかめない。

「有賀さんのお部屋というのは、どんな感じなんですか」

 緋呂子さんがいなくなって、少し解放的になった百合子さんが目をくりっとさせながら聞いた。詩さんが顎に人差し指を当てながら答える。

「えっと、結構おしゃれなお部屋でしたよ。片付いていて、余計なものがなくて、ロマンチックな照明があって」

「戦艦のプラモが余計だと思います」

 思わず本気で突っ込むと、詩さんも考え直したように肯いた。

「ですよね。本当に恋人とクリスマスするなら、まずはあれをなんとかしないと」

「そう言わないでやってくれよ、男はコレクターが多いんだからさ。船ならまだ、かわいいもんだよ」

 小野坂が笑いながら有賀を庇う。今日はしていないみたいだけど、あの銀色の腕時計も船っぽいやつだったのを思い出した。

「そういえば、小野坂さんの腕時計も船っぽかったですよね」

「……ああ、船じゃなくてイカリな。あれはうちの家紋に似てるから、親がくれたんだよ」

「でも世界中の海軍だか船にどうのって、前になんちゃってドイツ人みたいな人が言ってましたよ」

 そう言って有賀を見る。二秒くらいしてようやく自分のことを言われたと気付いたのか、僕のことですか、と意外そうな顔をした。詩さんがため息まじりの小声で言った。

「だから横取りされるんですよ、小野坂さんに」

「えっ」

 有賀が少し驚いたように詩さんを見た。聞こえたみんなも不思議そうに詩さんを見る。どういう意味ですか、と尋ねる有賀に、まあまあ、と詩さんは笑って話をごまかした。

「それよりあの『愛する人にはじめに贈る石』って、ルビーですか、ガーネットですか?」

「……どっちでしょうね」

 有賀はため息をついて、困ったように笑った。詩さんは天井を睨むようにして考える。

「どっちでしょうね、ってことは、どちらかなんですね」

「そうですね、その真ん中あたりじゃないですか」

 やんわりと追及をかわすように有賀は目を閉じた。詩さんはさらに考え込む。小野坂が笑って助言する。

「赤い石なんてほかにもあるよ、詩さん。レッドスピネルとか、レッドトルマリンとかさ。愛する人に捧げるのにふさわしいかどうかはともかく」

「……赤い石なんですか、葉山さんがご覧になったのは」

 急に百合子さんが驚いたように尋ねた。詩さんが千鶴さんに目を合わせて言う。

「赤でしたよね、千鶴ちゃん」

「そうでしたね。石のことは全然解らないんですけど、赤い石でした」

千鶴さんも思い出したように肯く。赤い石って色々あるんですね、と感心する詩さんに、巴さんも口を挟んだ。

「ルビーかどうかなら、ブラックライトや紫外線ライトで解るよ。有賀君の部屋にない? 最近の若い人って、部屋とか車にブラックライト置くの流行ってるでしょ?」

「あれはちょっと個性的な一部の若者向けですよ。有賀さんのお部屋には、ロマンチックなランプがあったくらいです。日焼けマシーンくらいあってもよさそうなのに」

 そう言って詩さんは月餅のお皿と一緒に、烏龍茶を注いでくれる。色白ですからね、と千鶴さんが呟くから、半裸で肌を焼く有賀を想像して烏龍茶を吹きそうになった。


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