第十八話「怒りと爆破とその想い」
後輪で殴られた魔王は灰色の地面を削るように転がる。
勢いがついたバイクでは投げつけられた肉塊を躱すことが出来ず、魔王の目の前で隙を見せる事になると思い、一瞬冷や汗が伝ったがエイスの機転でなんとか奇襲は成功した。
エイスは背中に担いでいた自動小銃に構えると未だ倒れたままの魔王に向かって追撃を放つ。
バババババババ
くすんだ黄金色の薬莢が小銃から放出され、無数の弾が魔王に降り注ぐ。
しかし、弾丸の雨は魔王には届くことは無なかった。
それどころか弾丸が何かに衝突した音もしない。
(……どういうこと?)
かき鳴らされる発射音と薬莢が落ちる音、それだけが鼓膜を震わせる。
後輪で殴られたまま、魔王は起き上がろうとしない。その為、弾は当て放題のはずなのに魔王の外皮に弾かれる音も、魔法の結界に阻まれる音もしない。
まるで、発射された弾丸が消えてしまったかのようーー
「……っ!出して!!」
私の叫びと同時にエイスがバイクを急発進させる。
その瞬間、私の後頭部を『見えない何か』が通り抜けた。
直感だった。それに気がつけたのは私に魔法の才能とある程度魔法の心得があったからだろう。
魔法を使うには大気中の魔素を使う為、魔法を使える人間は常人よりも大気中の魔素の流れに敏感になる。
そして、魔法とは言わば魔素の塊。放たれた魔法が視認できなくとも、迫ってくる魔素の塊を感じ取ることは不可能では無い。
しかし、魔素の流れで魔法の接近に対処するのは熟練の魔導師になって漸く出来る業。さわり程度しか魔法を習得してこなかった私にとって今の『何か』を察知することが出来たのは殆どは勘と運だった。
『何か』が通り抜けた方向を見れば、そこにはポッカリと私の頭ほどの大きさの丸い穴ができた岩があった。
「……フン、外れたか。まあよく躱したものだな」
「魔王、あんたまさか!?」
倒れていた魔王がゆっくり起き上がる。
「気づいたか。その通り、今使ったのは『消滅』の魔法だ」
『消滅』。
文字通りどんな固い物体だろうと欠片も残さず消し去ると伝えられている最凶最悪の魔法。
高度な何種類もの魔法を同時に発動するための大量の魔素とそれを組み合わせる集中力。これらを同時に出来て初めて発動することが可能な極めて高度な魔法である。
古代のとある魔導師が作り上げたと言われており、あまりの難易度から現代の人間でこの魔法を扱える者はいないと言われている。
私は魔法の手ほどきをしてくれた宮廷魔導師からこの魔法の存在は聞いていたが実物を見るのは初めてだった。
魔王はそれをいとも簡単にやってのけたのだ。その技量の高さに思わず舌を巻く。王城の魔法結界を破ったことから魔法の扱いに長けていると言われていたがまさかここまでとは。
おまけに消滅の魔法自体が無色透明なせいで魔法の発動も、その軌道も読むのも困難を極める。
しかもそれだけでは無い。ただでさえ回避が難しい消滅の魔法を確実に当てるため、倒れた演技までしてこちらの油断を誘ったのだ。
自動小銃の弾丸もこの魔法によって当たる前に消し去られていたのだろう。
エイスは魔王を中心に円を描くようにバイクを走らせながら片手で小銃を構え放つ。だが、その銃口は魔王の立っている地面に向かっていた。
放たれた銃弾は当然のように魔王には直撃せず地面の土を巻き上げ、辺り一面が砂埃にまみれる。
「ちょっと、何やってんのよ!?」
私の疑問に答えること無くエイスは小銃を地面に向かって放ち続ける。
その時、一面の砂埃の中から透明な真円が迫ってくるのが見えた。
真円はバイクに躱されると先ほどの消滅魔法のように後方に穴を穿つ。
「まさか、今のって!?」
「フン、一度見ただけで消滅の特性に気づいたか」
消滅の魔法は無色透明だが実態が無いわけではない。消滅の魔法は周囲の物体を飲み込むように消滅させながら進むのだろう。
エイスはその特性を逆手にとって周囲に砂埃を巻き上げることで魔法の軌道を分かるようにした。
(すごい……)
たった一回見ただけで消滅の特性を理解し、その対策を立てる。改めて彼の洞察力の深さには瞠目した。
その間にもエイスは小銃を放ち続ける。濛々と湧き上げる砂埃によってその軌道を読まれた消滅魔法はエイスによって次々に躱され地面に穴を穿つ。
だが、
「……どういうこと?」
魔王の消滅球は砂埃によって軌道を読まれ全て封殺されている。にもかかわらず未だに消滅球による攻撃を続ける理由が分からなかった。
私が魔王の行動に懐疑の念を抱いていると、バイクが急停止し、私達は前方に放り出される。
「!?」
突然のことに対応できなかった私は地面に背中から落ちる。背中を強かに打った私は咳き込むが、今はそんなことどうでも良かった。
放り出された瞬間に私は見た。
バイクの前輪にを覆うように張り付いた土の塊。
間違いなく魔法による物。
受け身をとれたエイスは素早く立ち上がるとこちらに駆け寄ろうとしていた。
わずか十歩程度の距離。
エイスが咄嗟に手を伸ばす。
私も手を伸ばそうとした時、私達の間に土の壁が出現した。
土の壁は瞬く間にバイク共々エイスを取り囲むと半球状になった。
「エイス!」
私達は完全に分断されてしまった。
土の半球の中から発砲音がする。エイスが壁を壊そうと拳銃を使っているのだろうがビクともしない。
「無駄だ。その土の壁は貴様ら人間が扱える魔法や力でどうこうできる堅さではない」
声の方に振り返るとそこには純白の外殻に金色の角を持つ、白金の魔王がいた。
魔王は私の首を右手で掴むと高く掲げる。
「人間如きが、手間をかけさせおって……」
「あ、グッ……」
「忌々しい。こんなやつがいなければ我の計画が成されんとはな……」
鋭く尖った甲殻が喉に食い込み僅かに血が伝う。
「計画……?」
「フン。丁度良い、教えてやろう。これから協力してもらう貴様にとっても満更関係の無い話ではないからな」
「……?」
「俺はある『ヤツ』から聞いた。『世界』と言うものは複数存在すると。この世界とは別の世界が幾つもあり、その世界からやってきた者はこの世界とは一線を画した強さを持っていると。そして、その異世界の人間を召喚することが出来る国があるとな!」
「……それって!」
「その通り!お前の国、王国だ!!」
魔王が私の首を掴む腕に力を込める。
「あ、ぐああ……!!」
「初めは何の戯れ言かと思ったが、そいつが持ってくる幾つもの証拠を見て確信するに至った。
そして、その時、我の中で計画が浮かんだ。この世界をまるで自分の物だと言わんばかりに数を増やし、デカイ面する人間共を根絶やしにする計画がなぁ!」
魔王の腕を外そうと両手で掴みかかるがビクともしない。それどころか、その甲殻で掴みかかった手の方が切れ、血が流れ出る。
「確か、『ヤツ』は『異世界召喚』とか言っていたな。それには膨大な『魔素』と王国の王都の王城にある専用の『魔法陣』と国を治める王の血族ーー『王族』が必要と」
魔法陣は魔素を流すだけで魔法を発動できる特殊な図形のこと。
王城に隠されていたの異世界召喚の間には巨大且つ複雑な模様の描かれた異世界召喚用の魔方陣ーー異世界召喚陣ーーがあった。
しかしそれは王国にとって国家機密のはず。
「魔王である我にとって大量の魔素など問題にならない。問題は魔法陣と王族をどうやって手に入れるかだ。
その時『ヤツ』は言った。『王国の国王は一人娘を溺愛している。攫えば間違いなく取り返そうと大軍を寄越す。その時王都の防備は手薄になる故、攻め落としやすくなるだろう』とな。
……まさか本当にその通りになるとはな。上手くいきすぎて腹がよじれるほど笑ってやったわ!
だがこれで、異世界召喚に必要な三つの要素の内『魔素』、『王族』の二つは我の手に納まった。後一つ『魔法陣』さえ手に入れば我の計画は成される」
魔王に王国の異世界召喚を喋ったのは誰なのか、その疑問が頭をよぎったが、首への圧迫感に掻き消される。
「それじゃ……まさか!」
「そうだ!お前を攫ったのも!王都への攻撃も!全ては異世界召喚を行い、異世界人を我が物とする為の計画にすぎない!!
そして、人間共を根絶やし世界をこの手に治めるのだ!!なのにだ!!」
魔王は首を掴んだまま私を地面に叩きつける。
その衝撃に全身の骨が更に軋む。
「があ!?」
「ここまで長かったのだぞ……、王都の城へ侵入し貴様を攫い、質の良い個体の魔物を揃え、山脈を越え、気づかれないよう王都へと進行してきた!!魔王である力を持った我だったとしてもそれは容易ではなかった……、
それをよくも、ここまで壊してくれたなあ!!!」
魔王はその整った顔を歪め、怒りに満ちた瞳で睨み殺すように顔を近づけてくる。
その顔面をぶん殴ろうと拳を振るが魔王の空いていた左腕に掴まれ、そのまま両腕とも頭の上で拘束される。
「初めは王都を攻め落とした後、お前の命と引き替えに国王に異世界召喚の詳細を吐かせ、召喚の王族役をさせるつもりだった。
異世界召喚の存在とその詳細は王位と共に継承されるらしいからな、王位を継いでいない貴様では意味が無かったが……まあ良い。こうしてわざわざ我の手元まで戻ってきたのだ、貴様に異世界召喚の王族役をしてもらうとしよう。
それが終われば……そうだな」
魔王はそれまでの憤怒から一転、口角をつり上げ、不適な笑みを浮かべる。
「貴様には我の子でも孕んでもらおうか!」
「な……!?」
「ここまでこの我をコケにしたのだ。その責任をとってもらわねばなあ。
我の計画を完遂し、世界を治めるにはこれから先、未来永劫にわたって異世界召喚が出来なければならん。そして、異世界召喚には王族の血筋を持つ者が必要になる。
貴様にはこの先、我の元で召喚に必要な王族を産んでもらう。
人間など愚かで汚らわしいが、幸い貴様は中々に良い容姿をしている。せっかくだ、抱くなら醜女では無く美姫の方が良い」
「ふ……っざけんじゃ……ないわよ!!|誰がアンタみたいなヤツの、グゥ!?」
首にかけられた腕にこれまでに無いほどの力が込められ、喋ることもままならならず、暴れようにも掴まれた両腕にも同等の力が加えられピクリとも動かない。
「ハハハ!中々良い声が出るではないか!その調子で子作りでも良い鳴き声を上げてくれよ?」
鎖骨付近に添えられた親指が気道を潰すように押し込まれ、強烈なまでの圧迫感と嘔吐感からえずくように咳き込み、唾液が飛ぶ。
「……っか……ああ、ケホッ、ケホッ!」
「どうした?先ほどの威勢の良さは何処へ行った?」
徐々に意識が遠くなり、手足の動きが鈍くなってくる。
だがその時、
地面から微かな振動が伝わってきた。
「……っか、く、ふ……っふふふ!!」
それを感じた私の顔には、そんな力など残されていないはずなのに自然と笑みができていた。
「どうした?息苦しさのあまり遂に頭でもイカれたか?」
「アンタ……バカね……」
「なにぃ!?」
「私……の……王子様は……ね……アンタ……が思って……る以上に……ぶっ飛んでんのよ。砦で兵士轢いたり……、王都燃やしたり……、表情……変わんないから……何考えてんだか……ホント……わかん……ないことばっか……だけど、……つい、さっき……わかったことが……一つだけあってね……け、ケホッケホッ!」
声が掠れる。
喉がひりつく。
酸欠で目の前がチカチカして息がしたいと、空気が欲しいと全身が訴える。
それでも、言わねばならない。
「アイツね……私に……」
「何のことだ?寝言を言うならばーー」
「ゾッコンなのよ」
その瞬間、土の半球が爆発した。
爆音と熱風が吹き荒び、半球の破片が飛び散り、その内の幾つかが私のところまで飛んでくる。
紅と黄土で埋めつくされる視界。そこに墨を垂らしたようなボンヤリと形の定まらない漆黒の人影のようなものが浮かび上がる。
形が定まらないのは私が酸欠気味だからだろうか。
それとも爆発によって周囲の木々に延焼した炎によるものだろうか。
どちらかわからない。
正直意識を保っているのももう限界だった。
突然の爆発に魔王はそちらに注意が向く。
人影がぶれ、細長い物が魔王の眉間に投擲されるが、魔王は私の両腕を拘束を解いた左手の人差し指と中指で挟むように掴み取る。
「惜しかったな!またしても奇襲しっぱーーな!?」
刹那。
一瞬のうちに距離を詰めていた影の塊は魔王の目の前に迫り右腕を振りかぶっていた。
いきなりの出来事に魔王は目を大きく見開く。
しかし、それ以上に人影の目は見開かれていた。
そして、大きく振り上げられた右腕の拳は、魔王が掴んだ細長い物体ーー小刀ーーの底部に振り抜かれた。
バギン!
「がああああああああああああああ!?」
硬質な物にヒビが入るような音が響く。見れば魔王の額にある魔力石に小刀が突き刺さっていた。
私の拘束を解いた魔王は絶叫を上げながら蹲りながらのたうち回る。
放り出された私を人影の両腕が受け止めてくれた。
「エイス……」
「すまない、遅れた……また、傷つけてしまったな……」
彼の言葉にはいつもの平坦さに加えて、後悔を含んだような苦々しさがあった。
「ううん……ちゃんと助けてくれたから……いいの……」
彼を安心させようと掠れる声で笑みを作ったが、ちゃんと形になっていかわからなかった。
エイスは私を再びお暇様だっこで抱え上げると歩き出す。再び彼と距離が近くなるが状況が状況のせいか以前ほどのドキドキは無い。だがそれ以上に彼の腕に抱かれているととても安心した。
魔王の拘束から逃れられたことで少し気分が落ち着いたせいか、抱えられた私が彼の胸に頭を預けていると、彼の衣服から焦げ臭い臭いがするのに気がついた。
よく見れば彼の衣服は所々が焦げたり破れたりしており、顔や手と言った見えている部分の肌には火傷が出来ている。
「あんた……その火傷、まさか……?」
「ああ、土のドーム…あの半球を破壊するために手持ちの手榴弾を全て使った。小銃も、もう弾が無い。残った武器は拳銃一つとナイフ2本だ」
「やっぱり……」
エイスは二度目の異世界召喚で新たに入手した手榴弾を10個ほどもっていた。それを全てあの密閉された土の半球内で使ったとなると、爆風や熱を全てその身で受けたことになる。
王城で治療を受けたとはいえ、今彼の身体は満身創痍なのとほぼ変わらないのに。
「まったく……アンタってばホント無茶するわね……」
「すまない。だが、お前の悲鳴と、魔王の笑い声が聞こえた。そうしたら自然と身体が動いていた」
エイスは更地の端に残っていた木の根元に私を下ろすと振り返り、未だのたうち回る魔王に向き直る。
「ここで待っていろ」
肩越しに振り返りこちらを一瞥する。
「直ぐに終わらせる」
黒のコートを靡かせながら歩き出す。
その背中からはこれまで感じたことのない明確な怒りが溢れていた。
決着は次回!
まとめられなくてすいません…




