第十九話「良い……人生だった……」
~エイスside~
何だこの気分は。
土のドームの外からソニアの声が、魔王が嬲る声が、聞こえてきた時からそうだった。
何だこの胸糞悪さは。
昔捕まった時に薄汚い便所にこびりついた糞を舐めさせられた時の様だ。
何だこの腹の底から湧き上がる感情は。
『孕ませる』という魔王の言葉を思い返すだけで、その様子を想像するだけで全身の毛が逆立つ。
土のドームから脱出した俺の視界に真っ先に入ってきたモノは、地に倒され、首を押さえつけられたソニアだった。
目に涙を溜め、えずく彼女を見た瞬間、身体の制御メーターは振り切れた。
気が付けば魔王の額にナイフを叩き込んでいた。
抱き上げた彼女は俺を心配させまいと力無く笑い『平気だ』と言うがそれでも胸に巣食った『何か』は晴れない。それよりも更に『何か』は拡大する。
これを、人は『後悔』と呼ぶのだろう。
彼女を守れなかった。
俺の中で加速度的に広がっていく後悔にどうにかなってしまいそうだった。
その時、視界の端で蠢く白い物体が見える。彼女を散々嬲った、あの白い人間に似た何かだ。
(ああ……アイツを細切れにしてやりたい)
彼女を守れなかったのは隙を見せ、一人にしてしまった俺だ。
紛れもない俺の責任だ。
だがもう身体を、感情を、抑えることが出来ない。
だから、これから行うのは単なる八つ辺りだ。
自分の不甲斐なさを、情けなさを、目の前にいた丁度いいヤツにぶつける。
ただ、それだけだ。
(こんなことでは……また、嫌われてしまうな)
どうして、俺は彼女の好きなあの小説の主人公の様になれないのだろう。
思考を捨てる寸前、俺の頭に浮かんだのは胸に湧き上がってくるモノとは別のモノだった。
~ソニアside~
エイスは歩きながら魔王との距離を詰める。
一歩、一歩、静かに、悠然に、しかし確実に。
踏みしめるその足には確かな力を込めているのが分かる。
魔王は額の魔力石に刺さった小刀を引き抜き投げ捨てるとナイフは勢いよく地面に突き刺さった。
「ぐううおおお……」
魔王は額を抑えながら呻き声を上げる。
魔力石は砕けることは無かったが、石にはナイフが刺さった痕とその周りに広がる幾つものヒビがはいっており、中に詰まっていたい膨大な魔素が流れ出ている。
魔物にとって魔力石は言わば第二の心臓。それに刃物が突き立てられたのだ。その苦痛は計り知れない。
魔王は近づくエイスの存在に気づくと怒りに染まった目をカッと見開いた。
「この人間風情がああああああああああ!!」
まるで獣のように手足で地を掻き、猛スピードでエイスに突進すると周囲の木々より高く飛び上がり、鋭い甲殻と爪の付いた右腕を振り上げた。
それと同時に、魔王の両腕の甲殻や爪が自身の顔より巨大化する。腕の甲殻はより荒々しく逆立ち、爪は一本一本が短剣に匹敵していた。
今エイスが所持している武器はナイフ2本と拳銃一つ。たったそれだけの武器で人間とは比べ物にならない膂力を持った魔王の攻撃を受けられるとは思えない。
しかし、エイスは歩みを止めると、ナイフも構えず頭上の魔王を見据える。
「くたばれええええええええ!!」
怒りで真っ赤に染まった目をあらん限り見開き、エイスの頭部に強化された右腕を振り下ろした。
瞬間、エイスは自身の左腕で魔王の右腕を受け流し、
同時に魔王の顔面に右足の上段蹴りを放った。
「なガ!?」
魔王は悲鳴よりも驚愕のような声を上げると、そのまま鞭のようにしなる足に数M蹴り飛ばされる。
魔王の一撃を受け流すことが出来たが、ささくれ立った甲殻に切り裂かれたエイスの左腕からは血が滴る。だがエイスはそれを意にも介さず、全く気にも留めず、魔王の下へ歩き出す。
影のように黒いコートの裾をなびかせながら。ただ歩いているだけなのに、その一歩一歩は巨人の様な重厚感を感じる。
魔王は体勢を立て直すと再びエイスに向かって駆け出し、左腕を槍のように突き出した。エイスはその刺突を右腕で横から叩き方向をずらす。
だが同時に、エイスの左側面から地面を這うように魔王の尻尾が迫っていた。
左腕の刺突は囮だったのだ。
「……エイス、下!!」
思わず掠れる声で叫んでしまう。
しかし、私が声を上げるよりも早く飛びあがり、そのまま身体を捻ると、右足の踵を魔王の側頭部に叩きこんだ。
再び地面に引き倒された魔王は血より深い紅に染まった目で睨みつけると、魔王は転がるようにエイスから距離を取って起き上がる。
エイスは右腿ついたベルトから刃まで真っ黒なナイフを一本取り出し、右手で逆手に構える。
それと同時に両者が駆け出した。
二人の距離がゼロになった瞬間、互いの右腕が振り抜かれ、それぞれの顔面にめり込んだ。
「……!」
「ぐぼお!!」
白銀の鋭利な甲殻が、
漆黒の刃が、
二人の顔を切り裂き、拳がめり込む。
両者とも一瞬仰け反るも素早く態勢を立て直したエイスが左の拳を放つ。
しかし、魔王はその一撃を身体を捻って躱すと、その勢いのまま回転、長大な尾をエイスの右胴に叩きこんだ。
バキバキバキ!
尾のめり込んだエイスの身体から骨の砕ける鈍い音が響き、思わず耳を塞いでしまう。
自身の会心の一撃だったのだろう。魔王の口端が吊り上がる。
しかし、骨が砕けるほどの一撃を食らったはずのエイスは、一歩も動かなかった。足下には僅かに地面を削った跡があり、その場に踏ん張ったことがわかる。
だが何故?
弾き飛ばされれば衝撃の何割かは逃がすことが出来るはず。だが、留まれば尾の一撃を全て身体で受けることになる。
その時、魔王の尾を伝って血が滴っているのが見えた。
血は彼の胴からーーいや、違う。
よく見れば魔王の尾と胴の間にエイスの右腕が挟まっていた。先ほどの骨の折れる音は右腕のだったのだろう。
ならば滴る血は彼の右手からだろうか。
しかし、エイスの右腕の衣服ーー黒いため分かりずらいがーーには血の跡は見られない。
流れる血を遡ってみるとその源には彼の右腕の拳部分からだった。
(そういえば)
魔王に殴りかかる前にエイスは右手にナイフを握っていた。笑みを浮かべていた魔王の口角が下がり、表情が苦痛に変わり始める。
魔王の尻尾をよく見るとその根元には、ナイフが甲殻を貫いて尾に突き刺さり、そこから血が流れ出ていた。
滴っていた血は魔王のものだったのだ。
エイスもまた自分の攻撃を囮にしたのだ。だが、腕と共に砕けた右手からは今にもナイフを手放してしまいそうに震えている。
エイスは素早く左手を引き戻し、砕けた右手ごとナイフを握ると、
ナイフを捻り、魔王の尻尾を切り落とした。
バキベキバキ!
「ぐがあああああああ!!?」
今度は甲殻や尻尾の骨が砕ける音が響き渡る。同時に魔王の絶叫と共にべシャリ、と尻尾は地面に落ちビチビチ跳ね回りながら赤い水溜まりを作る。
尾の切断は魔王にとっても大きなダメージなのだろう。だが、魔王は叫びを上げながらも先ほどのようにのたうち回るような事はせず、数歩後退し体勢を立て直す。
エイスの方はその場で右腕を押さえながら立ちすくんでいた。
右腕はダラリと力無く垂れ下り、僅かに痙攣している。握っていたナイフは魔王の甲殻を切断したせいで刃が粉々になっていた。
パイルバンカーを使い、肩が外れた時とは違い完全に砕けているのが一目でわかり、その痛々しさに思わず目を逸らしてしまう。
尾による強力な一撃を喰らった右腕ーー特に手の指は全て滅茶苦茶な方向を向いておりーーは一目見で使い物にならないことは明らかだった。
尾と右腕。
互いに自分の身体の一部を失ったことになるが、魔王は未だ五体満足。
状況はエイスの方が不利だ。しかし、エイスは止まらない。
刃の砕けたナイフを捨て、左腿のベルトに収納されていた最後のナイフを左手の逆手で構えると魔王の方へと駆け出す。同時に魔王もエイスに向かい、両腕の巨大化した爪と腕の甲殻で刺突の連打を繰り出した。
雨のような白銀の刺突を、漆黒の刃が影の尾を引きながら捌く。
金属がぶつかる様な耳障りな音と共に閃光が舞い、赤い火花が散る。
尻尾が無くなったことで死角からの一撃は無くなったが、それでも人外の身体能力を持つ魔王が繰り出す刺突の連撃は目で追うのは困難な程の速さ。
いくら彼が戦闘経験豊富だったとしてもこれほどの攻撃を片腕で、それも小刀一本で捌くには限界がある。現に魔王の攻撃はエイスの身体を幾度も掠め、彼の衣服を裂き、鮮血が飛び散る。
おまけの彼の身体はもう限界に近い。すぐにでも手を打たなければジリ貧になって追い詰められてしまうだろう。
(せめて、回復を……)
私には北の大森林で手に入れた魔力石がある。
これに詰まっている魔素で効果を底上げした回復魔法なら彼の右腕を直すこともできる。
そうなれば、まだ勝機はある。
それにこの場に来る直前に立てた『あの作戦』の為にも彼の腕は直しておかなければいけない。
だが、それにはあの戦闘に割って入らなければならない。
何とかして隙を作らないと。焦る私の目の前で、それは起こった。
徐々にだが魔王の刺突が、白銀の雨が、漆黒の斬撃に押されだしていた。
思わず目を見張る。
ナイフを振るう度、エイスの動きに速さが、鋭さが、強さが増していく。
弾かれ、叩き落とされ、その隙間を縫うように影の刃が、彼の蹴りが、魔王の身体を切り裂き、砕いていく。
エイスの身体に届く刺突はだんだんと減り、それに反比例するかの様に魔王の纏う甲殻にナイフが届き始め、削り飛ばされた白い甲殻の破片が辺りに飛び散っていく。
激化するエイスの猛攻に魔王は堪らず甲殻で覆われた腕で頭を防御するが、エイスは腕でガードすることでがら空きになった魔王の胴に左腕で殴打を叩き込む。
その衝撃で魔王が数歩仰け反り、一瞬緩んだ顔のガードを弾き飛ばすと顔面に再び上段蹴りを放った。
「ごぁ!?」
蹴りを喰らった魔王は周囲の瓦礫を砕きながら数十M地面を転がった。
先ほど蹴り飛ばした時より十倍以上吹っ飛んでいる。突然強化されたエイスの身体能力に思わずポカンとしてしまう。
こんなの人間業ではない。一体何が起こったのか?
もしや彼には存在しない思われた無双の力が覚醒したのか?
このままなら魔王に勝ててしまうのではないか?
疑問と希望が入り混じった思考が頭の中を通り過ぎていく中、エイスが倒れるように膝をついた。
「エイス!?」
遂に限界が来たのだろうか、思わずエイスの下へ駆け出した。
「――光よ、その力で彼の者の傷、癒し給え——」
魔力石を握りしめ、走りながら多少ひりつく喉は無視して詠唱を行う。
唱え終わると同時にエイスの下にたどり着き、空いている手で彼の右手を掴んだ。
眩い光がエイスの潰れた右手を包みこむ。光が止むとエイスの腕は元の形に戻っていた。
しかし、治療が成功したにも関わらず、エイスは荒い呼吸を繰り返している。
「どうしたの?大丈夫なの!?」
その時、彼の身体が僅かに紫色の光に包まれているのに気が付いた。
光は赤い光と青い光の二つが重なったことで見えた色であり、淡く不安定な明滅を繰り返しながら徐々にその強さを増していく。
すると、エイスが突然頭を押さえだした。
「ーーっ!」
「エイス、どうしたの!?」
「何だ……キリング……、執着……」
エイスはいつもの無表情を捨て去ったかのように荒い呼吸を繰り返す。
こんな状況では魔王が起き上がってきた時にまともに応戦することもできない。
謎の光、エイスの異変。気になることが多いが今は後回しにするしかない。
私は一先ずエイスを連れて近くの岩陰に移動した。
「エイス、大丈夫なの?」
「……ああ、大丈夫だ。もう平気だ」
エイスの呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し始める。いつの間にか紫色をした謎の光も消えていた。
「お前、何故来た。待っていろと言っただろう」
「わかってるわよ。でも、あんた突然苦しみだしたし、見てらんなくて……」
「……そうか」
「それで腕はどう?ちゃんと治ってる?」
エイスは右腕を動かしてみる。少しぎこちないながらもしっかり動く右腕を見て少し安堵した。
これなら作戦は実行できそうだ。
岩場の陰から顔を出して魔王の様子を確認すると、起き上がった魔王は私達を探しているのか辺りを見回しているが、その動きはどこかぎこちないようにも見える。
どうやらこちらの居場所はまだバレていないようだ。
(でも、魔王ほどの魔法の使い手なら索敵の魔法でこちらの位置を把握することもできるはずーーん?魔法?)
私の頭に電撃のような衝撃が走った。
この戦い、エイスとの一騎打ちになってから魔王は一度も魔法を使っていない。
それまでは結界や消滅魔法、地盤操作等の魔法を使っていたのに、エイスにナイフを叩き込まれてからはーー肉体強化を行いはしたがーーずっと近接格闘戦だ。
魔王ならば相手を近寄らせずに遠距離から消滅魔法を連発すれば、それだけで勝つことだって出来るはず。
おまけに武器を殆ど失ったエイスに残った装備は拳銃一つとナイフ二本だけ。
小銃が効かないとなると彼にはナイフを使った近接戦闘しかできない。
「……なんで?」
思わずつぶやきが零れる。
なぜ、強力な遠距離攻撃が使えるのに、接近戦しかできない相手に同じ接近戦で戦うのか。
その時、周囲の空気が少し薄紫がかってきている事に気が付いた。
(これは……魔素が濃くなってる?)
魔素は空気中に含まれる成分の一つ。基本的には無色透明だが濃度が高くなると紫色に見える特性がある。
場所によっては濃度に差があり、濃い場所では空気が紫がかって見えるのだがこの森林地帯の魔素濃度は一般的な濃さだったはず。
何故、突然濃度が濃くなったのか。
(……まさか!?)
思わず魔王の額の魔力石を見ると、額の魔力石は色が希薄になっていた。
(そうか!魔力石に蓄えていた魔素が抜けて魔法が使えなくなったんだ!)
魔物は魔力石に魔素を蓄え、それを用いて魔法を発動させるが、魔素は魔物の生命活動にも大きく関わっている。
野生動物以上の膂力を作り出ため、血液と共に魔素を全身に巡らせ肉体強化の魔法を常時発動させることで身体を維持している。
魔力石が傷つけられ、蓄えた魔素の大部分が流れ出たことで身体を維持するので精一杯になり、他の魔法を発動させる為の余裕が無くなったのだ。
それに気づいた私は急いで岩場に顔を引っ込める。
「エイス、あの作戦。行ける?」
「ああ。だが……本当にやるのか?」
「当たり前じゃない。それに、今を逃したらもうチャンスは無いわ」
魔力石の穴を修復した為か魔王の額からはもう魔素は流れ出ていない。つまり、これ以上の弱体化はないということ。
これからまた魔素を蓄積して、魔法を使ってくるようになったら今度こそ打つ手が無くなる。
「しかし、あの策は……」
「大丈夫よ。魔王、今完全に頭に血が上ってるし、私だってできるわよ」
「だがな……」
エイスはそれでも首を縦に振らない。
確かに『あの作戦』において、私の役割には大きな危険が伴う。それこそエイスよりもずっと。
『あの作戦』とは、この場に来る直前に建てた作戦。
私が魔王の気を引き、それと同時に爆発魔法ーーパイルバンカーの炸薬代わりーーの詠唱を行い、できた隙にエイスが改良したパイルバンカー内部で爆発魔法を起こし、放つ、というもの。
この作戦には魔王の隙に私が爆発魔法を発動させる瞬間と、エイスがパイルバンカーを放つ動作が一致することが重要になる。私とエイスが息を合わせなければ成功は無く、外せば次は無い。
そんな一発限りの大勝負だった。
初めはエイス一人で全てやると言っていたが、一人で隙を作りバンカーを放つのはいくらなんでも無理がある。だから私が気を引く囮役を買って出たのだ。
囮役には相手の攻撃が集中する危険な役割だ。エイスは『そんな危険なことはさせられない』と了承してくれなかったが、パイルバンカーの扱いは彼が一番熟知しているし、『私もエイスの為に、みんなの為に何かしたい』その思いを伝えると溜め息をつき、漸く了承してくれたのだ。
「もう!迷ってる暇なんてないわよ!」
エイスの使っていたナイフは刃こぼれが酷く、もう使い物にならない。
他に方法は無い。
「……ならば、30秒だけ時間を稼いでくれ」
「わかってる」
「魔法の準備が出来たら合図をしろ。魔王の目論見は予想通りだった。ならば『あのこと』言えば確実にヤツの足は止まる。その時が勝負だ」
「了解」
「それと……無茶はするな」
「それ、そっくりそのままアンタに返してあげる」
私達は同時に岩場から出て、エイスはバイクに、私は魔王の前に躍り出た。
「ほらこっちよ、孕ませクソ魔王!!」
あらん限りの大声で魔王を挑発すると魔王の真っ赤に染まった目がこちらを捉えた。
その視線に竦み上がりそうになる。だが、負けてはいられない。魔王の標的が私に向いたことを確認すると、勇気を振り絞ってエイスの方向とは逆方向に全速力で走りだす。できる限り意識をこちらに向けさせないとエイスの動きに気づかれてしまう。そうなればすべてが水の泡だ。
しかし、相手は魔物の王。人外の脚力を持つ魔王には勝てず、あっという間に距離を詰めらると後ろから首筋を掴まれ地面に押し倒された。
「くぅっ!?」
倒された拍子に砂利が少し口の中に入り込む。だが、彼が指定した時間まで時間を稼がないと。
「捕まえたぞ小娘!!これであの異世界人の動きはーー」
「フフフ、アンタの言ったわよね!」
巨大化し、更に鋭利さを増した魔王の手が首筋に食い込み血が流れるが、痛みを耐え、思いっきり口端を吊り上げ笑みを作ってみせた。
「『魔素』と『王族』が手に入ったから、後は『王城の魔法陣』が手に入れば計画は遂行されるって!」
「それがどうした、まさか今更我の下に来る覚悟でもできたか?」
まだだ。もっと時間を稼がないと。
首筋を掴んだ腕がそのまま上げられ、私の身体は地面を離れる。
「誰がアンタに下るかっつーの!私は可哀そうなアンタに一つ言っとくことがあんのよ!」
「ほう、それはあそこで何かしでかそうと企んでいるヤツのことか?」
私の首筋を掴んだまま魔王が向きを変える。その先にはバンカーを構えこちらに接近するエイスがいた。
「ハハハハ!この我を出し抜けたとでも思ったか?貴様らがバラバラに動いた時点で何か仕掛けてくるなどとうに分かっていた。貴様を捉えたのはその方が異世界人の動きを抑制できるからだ」
私を掴んだ腕がエイスに向けられると、エイスの動きが止まる。
「どうした?異世界人よ。その武器を放って来んのか?それともこの小娘に当ててしまいそうで怖気付いたか?貴様の言った通り相当愛されているようだな!ハハハハ!!」
下卑た魔王の笑い声が響き渡る。それに紛れるように小声で詠唱を口ずさむ。
「……――炎よ、その力で我が敵、打ち倒し給え——」
右手に握った魔力石が熱を帯び始めるとエイスに目線で合図を送る。それを見た彼は小さく頷いた。
「どうした、命乞いか?それなら聞いてやらんこともーー」
魔王は余裕の態度が崩れない。
当前だ。最大の敵の弱点である私を捉えた上、エイスのいる所とは距離がある。は10M以上ある。パイルバンカーの射程距離は多く見積もっても約1.5数M。
どう考えても届きはしない。
そう、届きはしないのだこれまでのパイルバンカーならば。
その余裕の態度がありありと表れる笑い声を遮るように、私は告げた。
告げてやった。
「残念だけど、『王城の魔法陣』もうないわよ。エイスが壊しちゃったから」
「な!?」
魔王は驚愕の声と共に目を見開く。
その眼には困惑、動揺、そして大部分を占める疑惑の感情が見て取れた。
当前だ。この場面で自分が欲していたモノがもうこの世に無いなど、自分を動揺させる為の欺瞞なのは誰の目から見ても明らかだ。
しかし、それでも隙はできた。
一瞬私の襟をつかむ腕の力が緩んだ瞬間に身体を捻り、度重なるエイスの攻撃でひび割れていた魔王の脇腹に蹴りを入れる。
「ぐぅ!?」
脇腹の甲殻が砕かれ、魔王がよろめく。腕の力が抜けた瞬間に私は拘束から脱し、唱えた。
「爆ぜよ!!」
エイスの右腕に装着されたパイルバンカーの底部が轟音と共に爆発した。
回復魔法の様に魔力石の魔素で威力を底上げした爆発魔法の威力は、本来使われる炸薬の爆発力に匹敵するだろう。
紅蓮の炎と共に白銀の刃が射出される。
だがーー、
「……っ、血迷ったか!!この距離でソレが当たるか!」
エイスと魔王との距離は10M以上ある。パイルバンカーの射程距離は多く見積もっても約1.5数M。
どう考えても届きはしない。
そう、届きはしないのだこれまでのパイルバンカーならば。
「なにぃ!?」
鉄の箱から射出された魔封じの剣は止まらず、そのまま矢の様にバンカーから発射されたのだ。
魔王が愕然としたように目を見開く。
パイルバンカーには射出した杭が飛んで行ってしまわないように、射出口に杭を停止させる機構が存在していた。この停止機構によりパイルバンカーは炸薬の交換をするだけでーー身体への負担を抜きにすればーー永続的に使用することができるが、その分機構によって射程距離は制限されてしまう。
その機構を剣を組み込む際に外したのだ。これにより、停止機構によって制限されていた爆発の勢いをそのままに剣を発射させ、通常の射程距離外の敵にも当てることが出来る。
魔王は直ぐに防壁となる土壁を3枚展開した。咄嗟とはいえ魔王が作り出した防壁だ。強度も折り紙付きだろう。
しかし、魔法を封じる効果を持ったこの刃の前にはただの土塊でしかなかった。
「ごは!!?」
3枚の壁を容易く貫通した刃は魔王の胸を貫くと、そのまま地面へと縫い付けた。
「ぐ、ぐごああああああああああああ!!!?」
魔王の絶叫が辺り一面に響く。
真っ白い甲殻に真紅の血が飛び散る。
胸の剣を抜こうともがくが自分の胸ごと地面に深々と刺さった剣は容易には抜けず、傷口からは血が噴き出す。
「ぐごおおおおおおお……お、おのれ……おのれえええ……」
最後の足掻きなのか血走って真っ赤になった眼をこちらに向ける。
縫い付けられたソコから這い出るように地面をひっかく魔王。決して出れはしないはずなのにその執念に思わず尻込みしてしまう。
すると、後ろからやってきたエイスが遮るように立つ。
パイルバンカーを撃ち、ダラリと垂れ下った右腕の付け根から左手で拳銃を取り出すと、
魔王の眉間に押し付ける。
「よくも……よくも我の計画を……!何者だ……貴様は何者だぁ!?」
「ただの、
傭兵だ」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
12回の炸裂音の後魔王は、動かなくなった。
終わったのだ。
王国の、この世界の行く末をかけた戦いが今、終わったのだ。
私達の勝利で。
「…………っ、やったーーーーー!!」
湧き上がる興奮や勝利の喜びを止められず、エイスに飛びついた私は、そのままエイスを押し倒してしまった。
「おい、やめろ……」
「何よ良いじゃない!ちょっとぐらい!!」
「い、いや、そうじゃ……」
その時、エイスの声が僅かに掠れていたが、勝利の余韻に頭からどっぷり浸っていた私は彼の胸の上ではしゃぐのに夢中で気が付かななかった。
「エイス、本当にありがーー」
次の瞬間、
「ゲボァ!!」
エイスが大量に吐血した。
「エ、エイス!?」
吹き出した血飛沫がいくらから私にかかったが気にしてる場合じゃない。
「ご、ごめん!あんたボロボロなのに調子に乗りすぎて……、っていうか大丈夫なの!?」
「ゴフッ、いや……そうじゃない……身体の事は関係無い……」
「え?じゃあ、どうしていきなり…….」
エイスは鼻からも同じくらいの血を垂れ流しながら続ける。
「それは、……はしゃぐお前を見ていたら……胸の中が満たされていく感覚と同時に……段々と心拍が上がっていき……抱き着かれたことで……俺の中の形容しがたい部分の臨界点を突破した……」
それを聞き徐々に自分の顔が引きつっていくのが分かる。
「そ、それって……」
「ああ……これが『嬉しい』という……ものなのだろう……」
つまりこの男は『嬉しさの余り墳血した』という事なのだろう。
「こんなに満たされた気分は初めてだ……もう……悔いは……無い……」
「ちょ、エイス!?」
エイスはそのまま白目を向き、ガクッと気を失った。
「そんなことで死ぬなあああああああああああああああ!?」
その後、森林地帯での爆発を見た騎士団が救援に来るまでの間、魔力石が空になるまでエイスに回復魔法をかけ続ける私なのだった。
次回エピローグになります!




