第十四話「結構飛んだわね」
投稿遅れて申し訳ございません。少々体調を崩していました。
今回は第三者視点です。
暗闇の中を幾つもの光が浮いていた。
光はその空間特有の冷涼な空気と天井の鍾乳石から滴る水滴でも消えない事から魔法によるものであることは誰の目から見ても明らかだった。
その光の中心に彼の者はいた。
まるで岩を削り出して作ったかのような肘掛け椅子に背を預けながら足を組み頬杖をつく。
その者には一対の足があった。
その者には一対の腕があった。
その者は、街にいれば10人中10人、いや100人中100人確実に振り向くだろう美丈夫だった。
だが、その者は人ではなかった。
腕と足には竜のような甲殻があった。指先や間接部はささくれ立ち、触れただけでも切り裂かれてしまいそうなほど鋭い。
腰からも同じ様な尾が生えており、長さだけでも2Mはあるだろう。
にもかかわらず、その手足は禍々しさと美しさの両方を兼ね備えていた。
何故ならば、その者の身体を覆う甲殻はまるで雪のように美しい白だったからだ。
その者のイメージには合わないだろう色は、かつてその者に攫われた姫でさえ驚きに目を見開いたほど。
そして、最も目をひくのは頭から無数に生えた金色の角と紫紺の魔力石。
疎らに生えているように見えて中心から外に徐々に大きくなっているその角は一見すると王冠のようにも見える。
魔力石にはドラゴンの数倍、ロックグリズリークラスの魔物の数十倍という膨大な量の魔素が蓄えられており、収まりきらない魔素が周りに溢れ出し、人間ならばその者の威圧感も合わさり近づくだけで気分を悪くするだろう。
その者こそ魔なる者を統べる者ーー魔王その者だった。
彼は王都を陥落させるため王国内に建造した新たな拠点にて部下から伝令魔法による報告を聞いていた。
その内容は次のようだった。
『魔王軍双頭の一角ーー右翼のローガドルが戦死。
討ち取ったのは見慣れない乗り物に乗った、一人の男。
傍ら先日攫ったソニア姫がいた事から間違いなく……』
「異世界の者、か……」
伝令を遮るように魔王は言葉を発した。
(ローガドルがやられたものだからもしやと思ったが……)
ローガドルは魔王の腹心の一体だった。
一部を除き魔物や魔獣達は力が強いだけの獣に過ぎない。
魔族が従うのは強者のみ。
ローガドルは最強の魔獣であるドラゴンの中でも飛び抜けて知能が高く、強力な魔法や身体を持っていた。
それ故今回の計画においてはローガドルには全兵の半分を与え、その指揮に就かせた。
万が一戦いの流れが王都側に向くような事があれば戦闘に参加させ、形勢を覆すように命じていた。
そのようなことが起こらなくても後方にドラゴンの影が見えれば人間共の志気を挫く事にも成り得る。
そのような理由もありヤツに後方での指揮を命じていた。が……
「アレが倒されるとはな……」
ため息と共に呟きが零れる。
飛行能力のある配下が送信してきた王都周辺から市壁内までの戦闘の様子を見る限りローガドルはほぼ例の異世界人一人に敗れた様に見えた。
そして、そのとらえ方は正しかった。
(所詮アレも獣の類いだったと言うことか)
戦闘開始時の口ぶりから配下の者達の指揮に飽いていた事、自分が戦闘に参加できない事から事から怠慢が生じていた事。
その心の怠慢からか、自らの強さ故の慢心からか、その場にポッと現れた暇つぶしの玩具に良いように踊らされて倒されてしまったのだから笑えない。
そして、そんな慢心があったとはいえ魔王軍の二強の一角を落とした異世界人の存在もまた笑えなかった。
(話には聞いていたが、まさかこれ程とはな……)
十数日前西の荒野の元拠点ーー魔王城からの定時報告が途切れた。
魔王城には今回の計画において重要では無い能力水準の低い配下を姫の見張りと城の防衛として7000体ほど残してきた。
だが、『水準の低い』と言っても人間から見れば十分な脅威。
現に、姫を取り返しに山脈を越え西の荒野へとやってきた王国の軍隊をーー山越えで消耗していたと言うことを顧みてもーー返り討ちにしたのは城に残してきた配下達だった。
そんな配下達の生命反応が一体を残し一瞬で途切れた。
その一体も暫くして消え去った。
明らかに人間の戦闘技術や魔法で出来る事ではない。
もしそんな事が出来る者がいるのならそれは間違いなくこの世界の者ではないはず。
そこまで考え、一瞬冷や汗が顔を伝うと同時に魔王の口角はつり上がっていた。
確かに異世界の者の力は恐ろしいがヤツのいる西の荒野から王国に入るには山脈を越えなければならない。
しかし、姫という荷物を抱えたままあの険しい山脈を越えることは出来ない。
王国に入るには魔物軍と同じように、山脈を南北どちらかの方向から迂回してこなければならない。
南北にはそれぞれ人間の国があり、そこを別の国の者が通るとなると更に時間がかかるらしい。
ヤツらが王都にたどり着くのは概算で凡そ一ヶ月半~一ヶ月と睨んだ。
それだけの時間があれば余裕をもって王都を攻め落とせる腹づもりだった。
(だがまさか、ここまで早いとは思わなかった)
配下が送ってきた映像には異世界人が跨がっている謎の騎乗物が映っていた。
ローガドルの攻撃を躱しながら駿馬より速く走る漆黒の鉄の馬。
アレは間違いなくこの世界のモノではない。
あの鉄の馬がいたためにこれ程の短期間で王都にたどり着けたのだろう。
そして、鉄馬の鞍の下から出現した武装によりローガドルは一撃で絶命した。
(あの武装は厄介だな)
魔王は異世界人の右腕に装備された巨大な箱状の武装に注視する。
ローガドルの堅牢な甲殻を貫通し、弱点の魔力石ごと砕いたあの武器は脅威だ。
直撃を食らえば自分でもただでは済まないだろう。
(まあ、『当たれば』な)
しかし、腹心を無くし、敵側に戦力が加わったにも関わらず魔王の顔に焦りは浮かんでいない。
その原因は報告の続きにあった。
『王都側の戦力は減衰。
敵残存兵力約1500。それに対しこちらは10000』
火を見るよりも明らかな戦力差。
確かに、ローガドルと言う存在を失ったのは大きい。
だが、それでもこれだけの戦力差がついていれば今更大戦力を一つ失ったところで戦況に変わりは無い。
後は魔物共を王都に進行させ、暴れさせてやれば王都は陥落する。
異世界人が使っていた武装も確かに脅威だが、欠点も同時に発見している。
一つ目は射程距離の短さ。
あの武器は強力ではあるが離れている相手には当てることが出来ない。もし、そんなことが出来るのならばローガドルはもっと早く倒されていた。
それが出来なかった。故に、わざわざ煽って市壁の門に首を突っ込ませるという方法で自分の射程距離に標的を誘い込んだのだろう。
二つ目は使用後のデメリット。
あの武装の使用後、異世界人の様子が変わった。
念のために物や他者の状態を見る事が出来る解析魔法を使ってみれば武装を装備した腕ーー特に肩ーーに深刻なダメージが発生していた。
思い返せば攻撃発動時、武装の底部から大きな爆発が発生していた。
あれ程の爆発、自分達魔族ならいざ知らず、人間の身体には相当な負担にとなる。爆発の威力をモロに受ける右腕ならば尚のこと。
その証拠に武装を使用した後異世界人はその場に蹲っていた。
ヤツにとっても諸刃の剣のような武器なのだろう。
このことからあの武装は連続で使うことは不可能。
その後、異世界人はその後瓦礫に負傷した右肩を叩き付けていた。
何を血迷ったことをと思ったが不思議なことに動きは前よりも良くなっている。
解析魔法で再び調べて見ればどうやら外れた肩の関節を入れていたと言うことが分かった。
もし、アレと相対することになったならば異世界人を接近させず遠距離から魔法を打ち続けるか、一度無駄撃ちをさせればもうヤツは何も出来ない。
(それにしても、あんな身体であるにも関わらず表情一つ変えないとは、一体何がヤツをそこまでさせる?)
解析魔法を使った際、異世界人について他にも知ることが出来た。
極度の疲労、特殊毒状態、外側も内側もズタボロな身体等々正しく死に体と言ったとここだった。よくあんな満身創痍で戦闘行為が出来ると感心もした。
何故あの男はそこまで行動することが出来たのか、一瞬興味が湧きかけたがそれもすぐに霧散する。
(いや、そんなことどうでもいい。それ以前にヤツはもう立てない)
兵力はこちらの方が上で計画はこちらの思惑道理に進んでいる。
だが、それでも腐っても一国の王都。
防備は堅く、王城は強力且つ複雑な魔法の結界に守られている為偵察用の魔物では侵入、突破することはおろか、中を見ることも敵わない。
その堅牢さは、高度な魔法の扱いに秀でた魔王自ら出向いて姫を攫わなければならなかった程。
ローガドルを倒した異世界人は王都の兵士達と王城に行ってしまった為その後どうなったかは今現在分からない。
だが、姫を含めた周りの人間の様子からして異世界人は自分の身体の状態について何も言って無いだろうし、周りも気づいてはいないのだろう。
ならば、その後どうなったかは考えるまでもない。
(まあ、仮に一命を取り留めたとしてもあの状態の悪さだ、戦場には出てこれまい)
そこで思考を打ち切る。
これ以上は考えたところで意味の無いことだ。
戦力はこちらが圧倒的に上。
向こうの頼みの綱は動けない。
後は攻めるのみ。
王城を守る結界も『その後』の事を考えればむしろありがたい。
多少手間だが城下を制圧した後、自分自ら結界を解除してやれば良い。
そこに報告をしていた魔物とは違う、重く低い声が響く。
『魔王様、軍ノ再編ガ終ワリマシタノデ、ゴ報告シマス』
その報告に魔王から笑みがこぼれる。
現在魔王軍は王都から一時的に距離を取っていた。
それは軍の半数を率いていたローガドルが倒された為、軍全体の再編、指揮系統の見直しをしなければならなかった。
軍の再編成などせずそのまま魔物共を暴れさせても良かったが、指揮官からの指示を無くした魔物は獣並みの知能しか持たない。
そんなヤツらを戦場に転がしたままでは無駄に頭の回る人間共の策に嵌まり倒される可能性もある。
下手をすればそれを糸口に形勢を逆転されることも。
追い詰められた獲物は何をするか分かったものではない。
相手が自分達より実力で劣っていても頭脳では上なのはよく分かっている。
だから手は抜かない。
それに、今回ここまで上手く戦いが動いたのも手間を掛けて軍を編成したからだ。
その為、王都から見える位置に軍を待機させながら、全軍の残る半数を指揮していた魔王軍双頭のもう一角ーー鋼鉄巨人のバルバドルーーに編成を一任させていた。
そして、その全てが今終わった。
「そうか。ならば、やれ」
『御意ニ』
その一言ともに通信が途切れる。
再編を命じた時に軍の全指揮はバルバドルに任せてある。
ヤツはローガドルのように多彩な魔法は使えないが、その代わり強固且つ巨大な身体とそこから繰り出される一撃の威力はローガドルに勝るとも劣らない。
右腕を前方に伸ばすと魔王の目の前には自軍を上空から俯瞰した映像が映る。
それは先ほど伝令をした者とは別の飛行能力を持つ配下が現在進行形で見ているものだった。
魔王は自分の配下の魔物が見ている情景を映像として映し出し見ることが出来る。
多種多様な魔物達が王都を囲みジリジリと距離を縮めていく。
すると、王都を円形に囲む市壁、その東西南北四つの門から騎士達が現れた。
「「「うおおおおお!!」」」
雄叫びを上げながら魔物軍を迎撃しようとする騎士達。
しかし、
「足りないな」
迎撃に現れたのは目算で約1000。残り500は王城の守りについたのだろう。
数の上では同等だが、こちらは一体で騎士10人分。
力の差は先の戦闘で向こうも分かっているはず。なのに真正面から向かってこようとする辺りどうやら自分はヤツら人間の頭脳を高く見積もり過ぎたようだ。
そして、予想どうり人間側の勢いはあっさり魔物軍の手勢に押し返される。
その様子はさながら岩に打ち付ける波のように呆気なく弾かれた。
押し返された騎士達は顔を真っ青にし、悲鳴のような叫びながら我先に市壁の中へと戻って行く。
魔物達も獣の本能が刺激されたのか、それを追いかけ続々と四つの門から市壁内に、城下街に突入していく。
その様子に魔王は失笑した。
(アレだけの威勢の良く戦場に出てきておきながら、敵わないと分かるや直ぐにしっぽ巻いて逃げ出すとは随分腰抜け共ばかりだ。いや、まともなヤツらは先の戦闘で死んでいたのか)
最後の戦って華々しく散ろうという人間特有の思考すら持ち合わせていないとは、もはや呆れることしかできない。
映像を移す魔物も他の魔物達と共に市壁を飛び越えて中に入る。
市壁内は閑散としており人間の気配はない。
どうやら魔物が侵入することを予期して事前に町民をどこかへ避難させたのだろう。
その証拠に、城下街中央の王城からは多くの人間の気配が漂ってくる。
城下街を俯瞰する。
街は市壁の東西南北四つの門から中央の王城に向かって大通りが伸びており、そこから葉脈のように街全体に中小様々な道が走っている。
逃げた騎士達は現在、王城に向かう大通りの中間地点におり、その後ろを魔物達が付随する。
しかし、魔物達の進行速度は市壁外と比べて明らかに落ちていた。
魔物軍の魔物は選りすぐりの強靱な個体ばかり。その分身体も大きく、人間サイズに造られた街中は移動しずらく、建物や道に置いてある荷物に引っかかり思うように進めず距離を離される。
その上先ほど雨でも降ったのか道の石畳が濡れており、それに足を滑らせ更に離される。
特に市壁の門では、魔物達がが目の前の獲物に飛びつこうと我先に詰めかけた為、門は埋まり思うように壁内に入ることが出来ない。
人間達にとっては僅かな猶予だったが、直ぐにバルバドルの指揮を受け、隊列を組み直した魔物達は東西南北四つの門から徐々に城下へ入る。
その時、ふと東と西の門から伸びる大通りに広場が見えた。
それは王城を手前に円形に膨らむように広がっており、石畳に覆われている街道と違い広場はむき出しの地面になっている。
騎士達がその広場を外周に沿って通り抜ける。
それと時を同じくして各市壁の門から隊列後続の魔物達が城下街に侵入しようとしていた。
総数1000。
人間換算で10000。
これだけの手勢ならば王城の結界は力ずくで突破できるだろう。
そうなれば自分の仕事はもはや無い。
(思いの外呆気なかったな……)
もう少し抵抗してくるものだと思っていただけに正直驚いている。
(さて、ここでゆるりと人間共が魔物達に食い殺されるのを眺めるとするか)
そして、全ての魔物が城下に入る。
瞬間市壁から轟音が響いた。
その音に魔物達が一斉に振り返る。
見れば市壁にある東西南北四つの門が全て閉ざされている。
どうやら、市壁の門には外開きの扉の他に、遠隔操作で門上部の市壁内部から落下させ門を閉ざすもう一つの扉があったようだ。
しかし、これの類いの仕掛けは侵入する前に使用しなければならない。
(何故、今使った?)
これでは中の人間共は完全に逃げ場を失うことになる。
その疑問を抱えたまま映像がーー映像を見せていた魔物が再び正面を向く。
そこに映るのは通りの奥の王城に駆け込む騎士達が映し出された。
騎士の一人が走りながら肩越しにこちらを、後ろを振り向く。
ーー口角をつり上げて。
その瞬間広い王都が火炎に包まれた。
(なに!?)
数多ある王都の通り全てに水路に流れる水のごとく炎が走る。
完全に不意を突かれた魔物達は瞬く間に炎に包れ叫声を上げる。
(一体どんな仕掛けを……まさか!?)
映像の一角を拡大する。
それは大通りから外れた裏通りの一つ。
だが、他の通りとは違いその裏通りだけ炎の燃える勢いが強かった。
そこには幾つもの甕や瓶、樽等の容器が散乱している。
解析魔法を使ってみると容器達は一つの物質を納めていたことが分かった。
「油……まさか油を王都中に撒いたのか!?」
思い返せば街中に進行した魔物達が濡れた石畳に足を取られていた。
あれは油で滑っていたからなのだろう。
火炎地獄と化した城下街では魔物達が指揮官の言うことも届かず逃げ回る。
熱に、煙に喉や体表を焼かれ駆け回る。
しかし、市壁の門は閉ざされ、王城には結界。彼らがこの場から逃れられる場所はどこにもなかった。
それでも、炎熱の及ばない場所へ、苦しくない少しでも楽な場所へと。
そんな場所はもうこの王都には存在しなかったーーある二カ所を除けば。
そこは、王都東西の大通りにある広場。
まるで砂漠に浮かぶの二つのオアシスのように、そこだけぽっかりと炎が避けていた。
これを幸いと王都獣の魔物達は二つの広場に詰めかける。
いきなり荒野や砂漠以上の熱気に当てられた彼らは砂漠の迷い人の様に広場に入る。
我先に、他者を踏みつけながら広場に入ろうとする者もいた。
獣のように皆が皆自分が助かることしか頭にない。自分のことしか頭にない。
彼らには広場しか行く場所が無いのだから。
ピー、ピー、ピー、ピー、ピー……
だからこそ、『ソレ』には気づかなかった。
魔物は他の動物とは違い鋭い五感を持っている者が多い。
当然この場にもローガドルほどではないが人間の数倍の視覚、聴覚、嗅覚を持っている者もいた。
だが、今彼らの周りでは真紅の火炎が渦巻き、それに焼かれる同胞の悲鳴と焼かれた肉の臭いが充満していた。
鋭すぎる感覚は先にそれらを拾ってしまう。
故に自分達の足下ーー街道とは違い、地面がむき出しになっている広場の中心が少し盛り上がっていることに、
そこから、微かに聞こえる奇妙な音に何者も気がつかなかった。
ピーーーーーーーーー
広場の中心にいたある魔物の僅かに隆起していた広場の地面を踏み抜く。
ソレと同時に続いていた断続音が途切れ、
その瞬間、街を包む火炎より激しい爆炎が魔物達を天高く吹き飛ばした。




