第十三話「扉の向こう側が騒がしいな……」
部屋の中で静かに寝息が続く。
その規則正しすぎる息遣いと整いすぎた顔はどこか作り物めいて見えた。
(作り物みたい、か。なんて皮肉かしらね……)
彼の寝顔を見ながら私は自嘲気味に笑う。
(そういえばこいつの寝顔見るのも初めてね)
これまでずっと無表情を貫いていた彼は寝ている時どんな顔をするのだろうか、そんなことを考えた時もあった。
寝ていても表情が変わらないのか、もしかしたら目を開けたまま眠るのか。
その様子想像して一人で吹き出しそうになったこともあった。
今、目の前で少々口を開けて寝ている彼は見た目より幼く見えた。
王の間で倒れ、気を失ったエイスは父様の命を受けた王族専属の治療師の治療と宮廷魔導師の回復魔法によって何とか一命を取り留め、今は私の私室のベッドで寝ている。
城の治療室は魔獣達との戦いで傷ついた兵士達でとっくに埋まっており、収まりきらない兵士達が城のあちこちで治療を受けていた。
そのため、ベッドがあり、空いている私の部屋に彼を運んでもらうよう頼んだのだ。
だが、ここに運んでもらったのにはもう一つ、彼と一対一で話しがしたかったという理由があった。
以来、私はベッドの側で彼を目を覚ますのを待っていた。
突然、それまで規則正しかった彼の寝息が乱れた。
容態が急変したのかと焦ったが彼は徐々にその瞼を開けていった。
ようやく意識が戻ったことに一瞬安堵しそうになるも表情を引き締める。
「ようやく起きたようね。昼はとっくに過ぎてもう真夜中よ」
いつぞやの意趣返しのつもりだが、それ以前に今私は素直に笑うことは出来なかった。 彼がずっと隠してきたことを知ってしまったから。
その時、彼から伸びてきた腕に捕まった私は、
「!?」
そのまま彼の胸にーーエイスに抱きしめられた。
「な、ななな!?」
あまりのことにさっきまで引き締めた表情も崩れ、顔の熱が上がり、頭がパンクする。
そして、
「なにすんじゃこらああああああああああ!!!!?」
思いっきり彼の顎に拳を叩き込んだ。
「す、すまん……」
「いや、こっちこそ意識戻ったばっかりなのに殴っちゃって……その、ごめん……」
顎を強打した影響なのか、ベッドの上のエイスは若干目線が揺れているが受け答えはしっかり出来ている。もう完全に意識は戻ったのだろう。
「なんでこんなことしたのよ?」
「いや……ここが『天国』と言うところかと思ってな……」
「天国?」
「この世界に来る前に潰した宗教団体が言っていた。人間が死後に行く場所のことらしい。そこはとても清らかな場所で、一切の苦しみも無く、美男美女がもてなしてくれるとかなんとか言われていた……まあ、行けるとは思ってはいないがな……」
最後の方は小声なせいで聞き取れなかったが、彼に一通り説明されとりあえず納得する。
確かに、私の部屋は一国の姫の部屋と言うこともあって美麗な装飾が施されている上、侍女が定期的に掃除をする為かなり綺麗だと言える。それに、ベッドだって王族お抱えの家具職人が最高級の素材で作り上げた寝心地抜群のまたとない一品だ。おまけに先ほどまで死にかけていたことからここを死後の世界である『天国』とか言う場所だと錯覚したのだろう。
だが、それは質問の答えでは無い。
「それで、なんで『あんなこと』したのかってことよ」
「それは……言わなくてはいけないことなのか」
途端にエイスの目が泳ぎ出す。
先ほど顎を打ち据えたときとは明らかに違う動きをしていた。
これまで全くと言って良いほど表情を変えてこなかった彼が、今明らかに動揺している。
「言って」
それに追い打ちをかけるように問い詰める。
ここで更に押せば彼は折れるだろうという確信があった。
弱っているところをつけ込むようだが、そうでもしないと私の気が収まらなかった。
「それは……その……もう死んでしまったものだから……その……抑えなくても……良いかと……思って……つい」
か細く言うと彼は追撃を防ぐかのように目をつぶってしまった。
一体何を抑えなくても良いと思ったのか、それと死後の世界がどう関係しているのか、結局分からなかったがこれ以上の追求は何だか可哀想な気がしてきたのでやめた。
少しすると彼は再び目を開けた。
「ここは、どこなんだ」
「王城の私の部屋よ。あんた半日も寝てたんだから」
「……なるほど、どうりで見覚えがあると思った」
一人で納得したように呟く。
そういえば、エイスは私の救出に向かう前に情報収集の一環で私の部屋を調べたんだっけ。
その時に私が内緒で書いていた創作物を見つけたんだっけ。
もう一発殴ってやろうかと思ったが、彼が怪我人だと言うことを思い出し、拳を解いた。
「何故助けた」
「何故って、そりゃ目の前で死にかけてるヤツいたら助けるわよ。それに、私を助け出したり、ドラゴン倒したり、皆アンタに感謝してるからね」
父様母様を始め、彼の治療には城にいる多くの者が率先して当たってくれた。中には、自分の怪我の治療を後回しにして構わないという兵もいたぐらいだ。
にも関わらず、彼は一つため息をこぼした後の一言に驚愕した。
「……余計なことを」
「はあ!?」
「そのまま……放置してくれて構わなかった。俺よりも他のヤツの治療を優先するべきだ」
「アンタ自分が何言ったか分かってんの!?あのままだったらアンタ確実に死んでたのよ!!」
「その様子だと……見たのか」
「……ええ、見たわよ」
エイスはその答えを聞くと少し目を伏せた。
「なによ……アレ」
私は見てしまった。
彼の秘密を。
治療前、彼の容態を確認するために服を脱がせた時、その場に居合わせた全員が息を呑んだ。
彼の身体はーー継ぎ接ぎまみれだった。
大小様々な上、荒い縫い傷が顔と手を除いた全身におびただしい数広がっていた。
全て自分でやったのだろう。その証拠に手の回らない背中には傷を焼いて塞いだような火傷の痕が幾つもあった。
「お古のぬいぐるみじゃないのよ……」
見るのも辛い光景ではあったがこれはまだ序の口だった。
検査を進めると更に恐ろしいことが判明した。
彼の身体は外側だけで無く、その内側までもがズタボロだったのだ。
骨にはヒビが、内臓も無事なのが数えるほどしかなかった。
中でも一番酷かったのは右脇腹ーーロックグリズリーの攻撃を受けた箇所だった。
そこは骨も内臓もグチャグチャで、皮膚は本当に人間の身体で発生する色なのかと疑いたくなるような気持ちの悪い黒紫色をしていた。
そんな死に体でありながらもこれまで行動出来たのには理由があった。
彼の身体から疲労、痛み、眠気といった行動の阻害になるものを一時的に遮断する成分が検出されたのだ。
その成分に酷似した薬剤を治療師が知っていたため判明したのだが、それはかつてとある国の戦争中、疲労した兵士に肉体の疲労感を消失させ、再度戦場に送り込むために使われた劇薬だという。
「あんな薬まで使って……」
治療師曰く、成分の組成が所々違うこと、彼の持ち物から同じ成分の薬剤が見つかったことから彼の世界の薬剤だと思われるが、その成分と症状の度合いからこの世界のものより強力な物ではないかと言っていた。
検出された薬剤の量から恐らく自分の食事に混ぜていたのだろう。
そして、そこから彼がこの十数日ほぼ睡眠を取っていないと言うことまで判明した。
彼はその劇薬で自分の怪我を誤魔化し、夜間も寝ずに周囲の警戒をしていたことは想像に難くなかった。
それを知った瞬間、私はどうしようも無いほどの罪悪感に襲われた。
憧れた囚われのお姫様になれたと思っていた事に。
自分の我儘に付き合わせてしまった事に。
暢気に彼の身体に気づきもしないでいた事に。
彼が死ぬほどの苦しみをその作り物じみた無表情の下に押し殺しているのを良い事に。
私の頬に何かが伝っていくのを感じる。
手で拭うとその箇所だけ濡れている。
涙だった。
それを視認すると同時に両目から大量の涙が溢れ出してきた。
何度手で拭おうと、両目を命一杯瞑ろうと、制限無く湧き出る後悔は嗚咽を伴い止まることは無かった。
「……ごめん……ごめん……気づけなくて……」
これまでの道中で彼の鉄壁なまでの無表情から容態を察するのはどう考えても無理だった。
それでも、
彼の言うことを聞かずロックグリズリーに受けた怪我を治療していたら。
お祭りに連れて行って欲しいなんて言わなければ。
もっと彼の事を気遣ってあげられれば。
そう思わずにはいられなかった。
いつの間にか拭いきれない涙が、スカートに幾つものシミを作る。
もう、彼の方を向くことは出来なかった。
その時、
「良かった」
エイスが呟いた。
私は自分の嗚咽に混じったそれを聞き逃さなかった。
「どういうことよ……一体何が良かったのよ!?」
泣いていた事もあってか思わず声を荒げてしまうがエイスは答えず再び視線を泳がせる。そのまま真一文字に閉じた口をモゴモゴさせている。
「何が良かったのよ!惚けないで答えてよ!!」
彼の肩に掴み、顔を近づけ目を合わせる。
もうこれ以上のすれ違いはごめんだった。
すると、彼は目を閉じ、一つため息をつくと口を開いた。
「お前に、俺がやせ我慢をしていると言うことが気づかれなくて良かった、という意味だ」
「はあ!?」
全く意味が分からない。
こっちはそのやせ我慢に気づけなかったせいでこんなに泣いているというのに。
「なんで私が気づけなかった事がアンタにとって良いことなのよ!?」
「それは……だな……」
また少し黙り込むと再び真一文字に閉じた口をモゴモゴモゴモゴさせ、口を開けた。
「お前に、な、情けないところ……弱っているところを見せたくはなかった……からだ」
途切れ途切れに、それでいて少し上ずったように彼は言った。
その言葉には、いつも抑揚無く淡々と話す彼特有の語調はなく、かといって倒れる前や先ほど意識を取り戻した時のように憔悴しきった故の朦朧とした感じでもない、これまでで初めて聞くような話し方だった。
「……どういうとこ?もっとはっきり根本的なことを話してよ」
王都に到着したときもそうだったが彼の話は確信をぼかす為聞けば聞くほど分からなくなってくる印象がある。
エイスは三度真一文字に閉じた口をモゴモゴモゴモゴモゴモゴさせ……、
ちょっと待って、コイツだんだんモゴモゴする時間長くなってない?
そして、彼は瞳を閉じ、一つ大きく息を吸い、吐き出すとーー
肩を掴んだままの私の顔を、目を真っ直ぐ見る。
その目にはもう揺らぎは無かった。
「俺はお前に恋をしているからだ」
はっきりとそう言った。
誤魔化しもせず、ぼかしもせず、
100人いれば100人がそう聞こえるように、
言った。
「へ……」
だが、聞こえるからと言って理解できるとは限らず一瞬彼が言ったことを脳内で処理できず呆けた声が出てしまう。
だが、少しずつその言葉を理解していく内に徐々に顔の温度が上がり、
「ふ、ぶええええええええええええええ!?」
臨界点を越えると同時に座っていた椅子から転げ落ちた。
「どどどど、どういうことよ!?なんでそうなるのよ!?」
落っこちた時に強打した後頭部をさすりながらベッドに這い上がる。
ベッドの上では身体を起こしたエイスは俯きがちに視線を落とす。
「俺は……元々孤児だった。物心つく前に傭兵団……傭兵を育成し、派遣する組織に拾われた。
俺の生まれた所は日々紛争が耐えない場所だ。
空は灰色で、水は濁り、荒涼としていて草木も禄に生えていない。
毎日人が人を殺し、殺される。老いも若いも、男も女も関係なく。そんな場所故孤児も多く俺はそんな孤児達の一人だった。
争っている者達は双方とも常に戦力を欲していた。そんな場所故俺のような者達は必要とされ、それに応じて数も多かった。俺を拾った傭兵団はそんな傭兵達を統括、育成、派遣する組織だった」
彼は淡々と続ける。
「組織には俺同じように拾われた孤児達にはそれぞれを識別するための番号が与えられ、傭兵になるための様々な訓練を受けていた。
人を殺す訓練は勿論、武器の扱い方、敵地への潜入の仕方、索敵の仕方、絶食、極寒、灼熱、不眠等のどんな状態でも如何なる任務でも遂行出来るよう様々な訓練を受けた」
徐々に頭の熱が下がっていく。
「そして、傭兵が、組織が最も重要としていたのが雇い主からの信用が無くなることだ。金で動く傭兵にとって信用がなくなれば依頼が来ず、金が入らず、日々の糧を手に入れることが出来なくなる。組織はそれ恐れた。
雇い主からの信用を失う要因は幾つかあったがその中でも最も組織が重要視したのは雇い主の情報が漏れることだった」
そう言ってエイスは包帯まみれの腕で自分の顔に触れる。
「雇い主の情報はそれと敵対している者にとっても重要だ。手に入れば相手より有利な立場になれる。
それ故組織は俺たちが雇い主の情報を、計画を漏らさないように、どんな誘惑にも、どんな拷問にも耐える訓練を施した。
……その訓練を耐えきった者達は、僅かな感情の機微から情報を推察されないよう、如何なる状況でも表情を変えないようになった」
これほどまでの無の表情を作り上げるのに年端もいかない子供に一体どれだけ過酷な訓練をさせたのだろう。
その組織にふつふつと怒りが湧いてくる。
「全ての訓練を終え、俺は何度か戦場に送り出された。要人の暗殺、他組織へのスパイ、敵軍の壊滅……いろいろやった。
……だが数年前のある日、組織が壊滅した」
「え?」
「理由は定かでは無いが、同じような組織が依頼を独占しようと俺の組織に攻め込んだらしい。
その時単独の依頼を受けていたため難を逃れた俺はその後フリーの傭兵となり、今に至る」
「じゃあ……その身体はどうしたのよ?」
「俺のいた地域に医者はいなかった。組織を潰された俺は自分の怪我は自分で何とかするしかなく、焼いて潰すか、縫うかしか出来なかった」
思わず顔を顰めてしまう。
あれだけの怪我を自分一人で処理するなんて一体どれだけの苦痛なのだろう。
「金を貰い、殺し、また金を貰うそんな事をずっと繰り返してきた。組織を潰される前も後もずっと……。
そんな時、俺はこの世界に召喚された」
彼は俯いていた視線を上げる。
「この世界で俺は初めて空が青いことを知った。
水が透明なことを知った。
食物に味があることを知った。
鉄さび臭くない風を知った。
人が思い切り笑う時の表情を知った。
俺のいた世界では知ることが出来なかった、多くの事を、刺激を異世界で知ることが出来た。
だが、お前に出会い、それまでの全てが一変した」
エイスはこちらに向き直った。
「今まで見てきたどんな金製品より輝いて見える金髪。
空よりも水よりも青く透明な瞳。
白く、透き通るような艶のある肌。
コロコロよく変わる表情。
良く通る声。
その一つ一つを認識するたびに俺の心臓は高鳴り、気がつけばお前のことばかり考えるようになった」
再び顔が熱くなっていく。
「それに対して俺は何をすべきかわからなかった。ただ、お前に情けないところを、弱っているところを見せてはいけないと自然と思うようになり、あの薬剤を使い、そう振る舞うしか出来なかった。
……会話も何を言えば良いのかわからず当たり障りのないことしか返答できず、目を合わせても心臓が裂けそうになる故あまり目を合わせることも出来なかった」
彼の顔を、目を直視できず今度は私が下を向き手で顔を覆う。
「だが、お前の笑ったところがもっと見たくて……、お前にもっと笑顔でいて欲しくて、帰還の日程を早めたり、村祭りに立ち寄ったり、お前が好きだと言っていた小説の主人公がやっていたとこを真似てみたり……した」
「それじゃあ、あのお姫様抱っこは……」
「……そうだ。あの様な状況でやれば喜んでくれると思って……やった。
そして、極めつけはあの祭りの屋台で買った小説、その主人公が俺と似た状況に陥っていた。
その状態を劇中では『恋』と言っていた」
確か、前巻のアルケイムは主人公がヒロインである獣人への恋心を自覚するところで幕を閉じていた。
ならば、最新刊では主人公の胸中が語られていたのであろう。そこから彼は『恋』というモノを知った。
「その『恋』というものが何なのか俺にはわからなかった。だからお前に問うた」
ーー「……『恋』とは、どういうものだ」ーー
どうにも彼らしくないと思っていたあの質問の意図がようやく分かった。
「あの小説とお前の返答でようやく自覚した。
俺はお前に恋をしていると」
そこまで言い切りエイスは一つ息をつく。
それと同時に私は再び椅子から転げ落ちた。
(んなあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)
私はそのまま床を転げ回った。
悶えまくった。
心臓はこれまでにないほどの爆音を奏で、顔は今にも発火しそうなほど熱い。
人生で、生まれて初めての告白。
思い返しても恥ずか死ぬ。
今日日あんな臭い台詞を吐く人間なんて物語の中だってそうはいないだろう。
それでも、彼は言った。
きっとそれしか気持ちを伝える言葉を知らないのだ。
それくらい彼は不器用なのだ。
そんな彼だから分かる。
この告白には一切の嘘も誇張も無い彼の真実なのだと。
だからこそ彼の告白にこんなにも悶えながら、
嫌じゃなく、嬉しいとさえ思ってしまうのだ。
しばし床の上で蹲ったまま私は彼の顔を見ることが出来なかった。
そんなとき、部屋の扉の外から話し声が聞こえる。
「どう?見える?」
「ちょっとそんなに押さないでよ」
「えーだって姫様が告白されてんでしょ。しかも異世界人に。ビッグニュースじゃない」
「国王様知ったらどうなんのかしらね?」
「殺されるんじゃない?」
「どっちが?」
「国王様でしょ。だってあの異世界人ドラゴン倒したんだし仲引き裂こうとしても返り討ちにされそう」
「あらあらまあまあ」
扉を開けるとそこには数人の侍女と母様がいた。
「ひ、姫様……」
「私達今偶然そこを通りかかっただけで……」
「そうそう、何も見てませんよ?」
「そうなのそうなの。母様もたまたま通りがかっただけで抱きしめられてたのとか全然知らないし……」
「ちょ、王妃!!」
つまり最初っから見ていたというわけか。
「人の会話盗み見みてんじゃないわよおおおおおおおおお!!」
私が怒鳴ると全員一目散に逃げていった。
あとで全員説教してやる。
おかげでさっきまでの雰囲気が霧散してしまった。
するとそれまで黙っていたエイスが再び口を開く。
「今、戦況はどうなっている」
現在の戦況は先ほどエイスの治療薬を取りに行った際に父様や騎士団長達が話しているのを聞いたためある程度把握していた。
「今、敵軍は王都から退いているって。でも、王都を囲んだまま一定の距離を置いたまま待機してるらしいわ。
魔物達はどうやら数体で一塊ーー小隊を組んで行動してて、その中には魔物達を束ねて指揮をとっていた個体もいたって」
本来、魔物や魔獣は強靱な身体を除けば、獣と大差ない。そんな相手が人間を真似て軍を編成し、襲ってきたのだ。
普段より数が少ないとはいえ王都の騎士達がここまで押されていたのにはそういう理由もあったのだとか。
エイスが倒したドラゴンは後方で魔物達束ね指示を出していた指揮官の様な存在だったという。
「でも、いつまた襲ってくるか分からなくて……それにこっちには次の攻撃を耐えるだけの戦力は……もう無いみたい……」
「戦力差はどれ程だ」
「今、王都で動けるのは兵は1500人。それに対して魔物達は約1000体。でも、あの魔物達並の魔物より強いらしくて一体で騎士10人分くらいするって……」
数で考えればこちらが勝っている。
だが、魔物一体で兵10人分の戦力だとすると圧倒的にこちらの方が不利だった。
「父様はアンタが目を覚ましたら私と母様と一緒に三人で逃げろって言ってた。でも……」
逃げたくはなかった。
私を家族同然に大事にしてくれた王都の皆をおいて自分だけ逃げるなんてそんな真似はしたくない。
だが、ここにいても多少魔法が使えるだけの自分には何も出来ない事も分かっていた。
もう目の前で誰かが死んで行くのは見たくないのに何も出来ない自分の無力さが歯がゆかった。
「ならば、もう一度俺を雇わないか」
「え?」
「策がある」
「本当!?」
「ああ……いや、策と言って良いのか分からん。前準備が厄介な上、上手くいく確率は低い。そして、仮に上手くいったとしてもこの王都に甚大な被害が出るだろう……それでもやるか」
王都への大きな被害と皆の命。
それは私の中では比べるまでもなかった。
「ええ、受けるわ!」
それで皆が助かるなら。
そして、エイスはその計画について語った。
確かにこの作戦は上手くいく確証はない上に間違いなく王都に大きなダメージを与えるだろう。
でも、このまま何もしなければ王都が、この国が滅んでしまう。
もうこれに賭けるしかない。
「詳細は分かったわ。報酬は……そういえば」
「どうした」
次に報酬の話をしようとしたところで一つ疑問が思い浮かんだ。
「何で私を助け出したときの報酬受け取らなかったの?」
「それは……その、あの時は薬の効果が切れかけていてな、何とか平静を装っていたがパイルバンカーの反動もあり、身体が限界に近かった。それ故、お前の前で倒れてしまう前にあの場を去ろうと……」
「……」
呆れて絶句した。
「……今思い返してもアレは自分でもどうかしていたと思う」
「……とりあえず事情は分かったわ。それで報酬はどうするの?」
何とか元の話に戻す。
彼は傭兵だ。報酬があって初めて動く。
「いや、報酬は……そうだな……」
「どうしたのよ?」
エイスは少し思案するように視線を伏せつつこちらを何度かチラ見すると意を決したように私の方に向き直った。
「お前に、この戦いでの俺の働きを最後まで見届けて欲しい」
「えぇ!?」
「俺はこれまで碌な気遣いも出来ず、魔王の行動を読み違え、その上先のような失態をお前の目の前で幾度も見せてしまった。その挽回をしたい。
お前にはこの戦いを俺のそばで最後まで見届けて欲しい」
あまりの直球すぎる言葉にまたもや顔を伏せてしまう。
正直彼が気にするほど私はエイスに失望はしていない。
「それに」
「そ、それに?」
「お前にとって王都は大事な場所なのだろう。それが無くなればお前はもう、笑顔になることもないのだろう。……それは俺としても本意ではない。
だから、戦わせてくれ、お前の笑顔の為に。そして、最後にお前の笑顔を見せてくれれば報酬はいらない」
その真っ直ぐな視線とセリフを向けられ治まっていた胸の鼓動がまた再燃し、思わずまた視線を逸らしてしまう。
こんなに臭いセリフなのに胸がときめいてしまうのが悔しい。
「わ、わかった。最後まで見届けてあげる……」
ここに再び契約は成された。
相手は数倍の力を持つ魔物軍団。
対するこちらは消耗しきった兵。
火を見るより明らかな戦況。
それでも、不思議と不安はなかった。
だって目の前の彼は、ーーこれまで幾度の困難を打ち破ってきたーーいつものエイスに戻っていたのだから。
もはや鉄仮面とは何だったのか。




