006 おっさんは自分の無能を盾に送還を求める
俺が狙っているのは送還だ。
バニッシュメント…、送還。召喚した者を元の世界に還す事だ。これは召喚士本人が召喚中に出来る行為である。本来は自分が呼び出した魔物があまりに強大過ぎて手に負えない場合に元の世界に送還する魔法である。
ただし、無条件に出来る訳ではない。送還にはそれなりの代償を伴う。それは召喚に要した魔力や素材の同量を要する事だ。かけた手間暇や素材をただ元の世界に戻す為だけに無駄にしなければならない、召喚側としてはそれを避けたい。そうでなければただの浪費で終わる。
だから自分と召喚した相手、その実力差にもよるが捧げる生贄の量を増やすとか力を行使させるのを満月の夜だけにするとか条件をつけていく。極端なものでは召喚士の死後の魂を好きに出来るというものもある。悪魔の寿命は無限に近い、召喚士は永遠の責め苦を味わうだろう。
俺はその送還を狙った、本来は同量の魔力や素材を要する送還だがひとつだけ裏技がある。双方が納得すればほとんど代償無しで送還できるというものだ。
「では、どうあってもその魔法陣から出てくるつもりは無いというのじゃな?」
「くどい。さっきから何度もそう言っている」
俺とアクイアーリ国王との交渉は平行線を辿った。
「ならばこのまま何日でもこうしていてくれるわ。何の力も無い貴様のような者、無理に手に入れずとも構わぬでな。何日その強情がもつかのう、今なら城内の下働きくらいにはしてやろうぞ」
「そうだ、陛下の御意志に従え!何の力も無い下民めが!」
国王の後ろに控える形で召喚士のラウルスク・ミレイエフ叫ぶ。ヤツの銀髪が額の汗を若干吸って張り付いている。
「そこの召喚士、強がるのはやめときなよ」
俺は視線を若い召喚士に移した、既に石の床の上にあぐらをかいて座り体力の消費を抑える。
「ずいぶんと汗をかいて…、こうして魔法陣を維持してるのにも魔力を使っているんだろ?美男が台無しだぜ、疲れが顔に出ているぞ」
「なっ!?ふ、ふん…、減らず口を…」
強がっているがラウルスクは疲労は隠し切れてはいない、今もその額には汗が浮かぶ。
「何の力も無い下民風情め、どうしても国を敵に回したいようだな。だが、その意地をいつまで立て通せる?貴様のような何の力も無い者が…、あの勇者達のような若さも強さも無い。召喚されし者はそれまで持っていたものと…、そしてこの世界に来た時に与えられしスキルで生きていかねばならぬ!勇者達を見よ、普段から剣を振っていた者は聖剣の勇者じゃ!広範囲への攻撃に期待できる爆炎の勇者もおる!だが、貴様に何が出来る!」
怒りを滲ませ王が叫ぶ。
「物売りか?商人じゃからな!店も持たずに!」
「いや、宿屋だったんじゃないか?詳しくは…」
「馬鹿者め!物売りならいざ知らず、宿がどこにある!その手に何を持っておるか!?売り物のひとつも無いではないか!何の役にも立たぬッ!そんな貴様をこのワシが相手しておるのじゃ!さっさと首を縦に振れィッ!!」
唾を飛ばして国王が叫んだ。それを見て俺はクックッとわざと喉を鳴らすようにして笑ってやった。ここからが勝負だ。
「何がおかしいッ!!」
トランプのキングのカードそのままみたいな口髭を吊り上げ国王がさらに激昂した。
「知ってるんだよ。王サマ」
語尾にハートマークが付きそうな口調で俺は言った。
「今こうしてる間にも消費してるんでしょ?色んなモノを…さ?」
「な、何を…言っておる…?」
怒りに満ちた国王の言葉に勢いが無くなった。
「知ってるんだよ、俺は…さ。三十人もの若者を異世界から召喚したんだ、さぞや大変だっただろう。これ…禁呪か、あるいはそれに近いモンだろう?そうなると魔力意外にも用意するものが多いよなあ…、それこそ国を挙げてじゃないと足りないくらいにさぁ…」
「何かと思えば…、魔法を使う才能は貴様には無かったはずじゃ!分かったような口を利くでないわ!」
「魔法が使えないのと知らないのは別問題だろう?俺はそういう小説…いや、書物を読破したのさ。上・中・下の三巻に渡る悪魔の召喚に関わる書物をな…。あれは十三歳の時だったかな…」
たまたまウチの宿の本棚に入っていたヤツだ。ウチの誰かが買ったのか、あるいは宿泊客が残していった物なのか由来は分からないけど…。
「ぬうう…、人物鑑定士ッ!」
「はっ!!」
「虚実を調べよ!」
国王が襟に二本線が入った服の文官を呼び寄せ命じた。
「ま、まことにございます!この者が申す事は…」
どうやらこの文官、嘘発見器みたいな事も出来るらしい。これは注意してかからないと…、おれは警戒心を強める。
「な、なにいィィ!?なぜこのような下民風情に国家規模の召喚儀式が分かるというのだ!き、貴様、どこでその本を読んだ!!」
「ウチの本棚にあった、それを暇な時とかに読んでただけさ」
うん、嘘は言ってない。中学一年の時に読んだ記憶がある。学校の休み時間とか家で寝転がりながらとか…。
「ひ、暇な時にじゃと!?う、嘘に決まって…」
「またもやまことにございまする。この者、嘘は申しておりませぬ!」
「な、な、なあにィ!?」
王が再び叫んだ、おかしくなってきて思わず俺は頬が緩むのを感じた。俺のそんな小説を読んだ事があったなという思い出が向こうの嘘発見器を狂わせているという滑稽な出来事に笑わずにはいられなくなってくる。
「上・中・下の全三巻…?ま、まさか、あの幻のッ!写本すら見つからぬといわれるセイバレーの始まりの書では…」
震える声でラウルスクが呟いた。
「なんじゃそれは?」
国王がラウルスクに尋ねた。
「しょ、召喚魔法の始祖と呼ばれしアーヤ・セイバレーが遺したとされる至宝とも言うべき三巻の書物にございまする。しゃ、写本の一冊でも見つかれば国家予算規模の価値がございましょう。い、いや、ページの一枚でも見つかれば欲しがる者はテーブルの上に金貨を山と積みましょう」
「なんと、それほどか!」
「はい。失われて幾久しいと言われておりましたがまさか異世界にあったとは…。見つからぬ訳です、よもやこの世界にはなくこんな下民が手に渡っていたとは…」
悔しがるラウルスク、俺はここが勝負所だと考え口を開いた。
「納得がいったようだな。まあ、そういう訳だ。確かに俺は魔法とやらを使えない、しかし知識はある。そっちがこの召喚魔法陣を維持するだけでも消費する物があるって事もな」
向こうが何をどれだけ失っているか俺は知らない、だが損をしているのは事実だろう。誰もいない部屋の照明をつけっぱなしにしてるような感じか…。
「どうするんだい?仮にこの王国に引っ張り出したとして俺が何の役に立つってのかな?むしろこうして無駄に時が過ぎていくだけ色んなモノが失われていくんじゃないのかい?早く元の世界に戻した方が良いと思うぜ?俺は無能なんだろ、そんな無能を置いとくだけでそっちは損をしていくぞ?」
「ぬぐぐ…」
俺の前では国王が悔しそうに歯噛みしていた。




