002 小さき者。スクイールとの出会い
「ここだよ、ここ!」
見上げた先に少女がいた、とても小さい。頭上の…見上げた枝の上にいるから少し距離がある。具体的な大きさは分からない、だけど間違いなく手のひらに乗る事が出来るサイズだろう。その小さな者に視線をやれば奇妙な事に気付く、体の大きさもそうだがもうひとつ、ふっくらとした尻尾が生えている。あの尻尾を見るにまるでリスを擬人化したかのように思えた、さっきの猪とゴリラの常識外れの争いといいこの少女といいこの日本での常識が通用しない有様が異世界クオリティというやつだろうか。
「あたし、スクイール!!ねえ、あなたは人間さんですかぁ〜?」
「ん?あ、ああ…」
名を名乗った少女は小さな体に似合わない元気で大きな声、幼稚園児が先生に話しかけている場面を彷彿とさせるような光景だ。こんな小さな人型の生き物がいるんだと俺が異世界とのギャップに戸惑っていると再び声がかかった、思わず反射的に返事をする。
「やっぱり〜!わぁ〜、わぁ〜!!」
興味津々、スクイールはニワトリのように首の角度をあちこちに傾けながら俺を様々な方向から観察している。どうやら好奇心が旺盛なタイプらしい、こっちを見てはほぉ〜…あっちを見てはフムフムと口にしては何やらしきりに感心している。
意味は違うかも知れないが物事を多角的に見るというのを体現しているかのようだ。スクイールはそんな事をしばらくしていたのだが、やがて次の行動に移る。
「うーん…、えいっ!」
ぴょんっ……とんっ。
少女が枝を蹴って跳んだ、次の瞬間俺の肩に着地する。
「お、おい…」
「ふぅ〜むぅ〜…、なるほどぉ〜…」
スクイールは小鳥が慣れた飼い主の肩に乗るように飛び移るとその小さな手を俺の頬に手をついて間近で俺の顔をまじまじと見つめた。当然、俺も彼女の相貌がよく見える。口が開くと少し長めの前歯が特徴的な愛嬌のある顔だ、やはりリスの獣人なのだろうか?
「人間さんでぇ〜、黒い髪ぃ〜。黒髪の人は珍しい訳じゃないけどぉ〜、ここまで真っ黒って聞いた事ないよぉ。普通は少しくらいは別の色が混じるって言うしぃ〜」
うむむむ…、スクイールは眉間にシワを寄せて何やら考える。そして数秒後にはピンポーンと効果音が鳴りそうな様子で口を開いた。
「わかったぁ!!って事はあなたは勇者なのぉ〜?」
スクイールは俺の頬にペタペタと触りながらのんびりとした口調のまま尋ねてきた、まっすぐに見つめてくる。だが、俺は心中おだやかではない。勇者、その言葉に俺の胸にチクリとしたものが走る。
「いや、違う」
ほとんど反射的に俺は口を開いていた。
「俺は巻き込まれたんだ、その勇者ってのを召喚する儀式に…。だけど俺は勇者じゃなかった、だから追い出されたんだ。この森に…」
悔しさが込み上げてくる。勝手に呼び出しておいて魔物がうろつく未開の地に放り込む、その先にあるのは死以外にあるだろうか。
「そうなんだぁ」
「ああ。ついさっきたよ、追い出されたのはな。そしたら馬鹿でかい猪と黒いけむくじゃらな奴が大暴れしてるのに出くわして隠れて様子を見てたんだ」
「ああ〜、あいつらぁ〜!!」
元からふっくらとしていた尻尾をさらに膨らませて少女はプリプリと怒った。
「あいつらがいつもケンカをするから森が荒れちゃうんだよぉ!この前もあいつら、森の中でケンカしてあたし達が食べるナッツを付ける木が折れちゃった!ひどい奴らなんだよ!」
「木の実?」
「うん、これ!」
そう言うと少女は服の中に手を入れると何やらゴソゴソやってアーモンドのような木の実を取り出した。両手で持ってコレだよと示してくる。
それは俺から見ればたった一粒のナッツ、しかし少女の体のサイズと比べるとすごく大きな一粒だった。きっと一度の食事では食べきれない、スクイールの頭の大きさと変わらないくらいのサイズ感。彼女によればこれが一粒あれば一日暮らしていけると言う。
「そう言えばぁ…」
少女が不意に呟いた。
「勇者じゃないなら何をする人なの?えっとぉ…、人間さんは…うーん…えっとぉ」
俺を見ながら問いかけてきた少女が口ごもる、どうやら職業についてどう呼べばいいのか戸惑っているようだ。
「商人だ」
「しょーにん?何それぇ?」
「分かりやすく言えば店を出して何か売ったりするんだ」
俺の本業は宿泊業だから物を売るのはメインではない。長期素泊まりの為の宿、宿泊客は食事をどこかに食べに行くか自分で用意をする。
その為に野菜やちょっとした菓子なんかを扱う売店みたいなのもやっていたから間違いではないだろう、分かりやすいだろうし…くらいの気持ちで言ってみたらスクイールはその目を見開きキラキラと輝かせた。
「お店屋さん!?」
「ああ、そんな感じだ。小さいけどな」
「わぁ〜!!わぁ〜!!」
店という単語に少女の反応は大盛り上がりだ。俺の肩の上でピョンピョン跳ねたかと思ったら今度は首の後ろを回って反対側の肩へと走る。そうかと思えばパタパタパタパタ…、また元の飛び乗った位置に戻ってくる。あっちに行ったりこっちに行ったりとその行動は目まぐるしい。
「すごい、すごーい!!
よく分からないが満面の笑みだ。それを見て俺は微笑ましくなると同時に申し訳なくもなる。
「すごいって言うけどさ、俺はこの世界に着の身着のまま召喚されちまったんだぞ?何も持ってない訳だから売りたくても何にも売ってやれない」
俺がそう言うと肩の上のスクイールは不思議そうな顔をする。
「え?じゃあ、人間さんは何も持ってなかったの?なんにも売り物を置かないお店屋さんなの?」
「いや、何もない訳じゃないけど」
俺は前置きした上で彼女に説明する。
「向こうの店に全部の物を残してきちまった、だからなんにもないんだよ。それに俺は戦う訓練もした事ない、つまり全力にならないからアクイアーリ王国から追い出されたって訳だ。他の勇者達と違って戦えない、商人するにもこの世界に店を持ってない。その歳で見習いから始めるのかって…」
「え〜、なんでぇ〜?」
それを聞いたリスの小人はコテンと首を傾げた。
「しょーかんされたんでしょ〜?だったら取り出せるはずだよぉ!」
「取り出せる?アイテムボックスってやつか?」
「え?人間さんはアイテムボックス使いなのぉ〜?」
「いや、俺を見た鑑定士達はそんな話はしてなかったな。アイテムボックスの能力は無いだろうな」
「そっかあ〜。でも、お店を持ってたんだよね?自分の?」
「ああ。死んだ婆さんから受け継いだものさ」
「自分のものなら呼び出せるはずだよぉ」
「なんだって!?本当か!?」
思わぬ情報に俺は思わず前のめりになる、バランスが崩れリス獣人の少女が肩から滑り落ちた。しかしそこは木の枝の上を自在に行き来するリスのような能力があるのか身軽なもの、空中でバランスを取り俺の着ているシャツの胸元にべたりと張り付いた。
「もー!!危ないなあ」
スクイールが胸元に張り付きながら抗議する。
「おう、悪い悪い。ても、さっきの話は本当か?」
疑う訳じゃないが一応尋ねてみる、すると少女は再び俺の肩によじ登ってき胸を張った。
「ホントだよぉ!!試しにやってみなよぉ〜!?」
「うーん、そこまで言うなら…。ちょうどそこに猪とゴリラがやり合って出来た更地があるし…」
俺は自分のものなら呼び出せると言ったリス少女の言葉を信じ見慣れた我が家兼宿泊所を思い浮かべる、古びた温泉付きの民宿『わたらい』の姿を…。
「わっ!!?わぁ〜!!」
肩の上の少女が声を上げた、なんだと思ったらいつの間にか目の前には見慣れた建物があった。




