001 魔境、死の森。桁外れの暴力。
第二章開始です。
魔境とさえ言われる未開の地…、魔物が蔓延る死の森に追放されたおっさん。そこで待つのは絶望か、それとも…?
それは見覚えのない木々や草が生えた森の中だった。アクイアーリ国王、そして召喚士ラウルスクによって王城から中途半端な送還の魔法で吹っ飛ばされた俺は気づいたらここにいたのだった。
キキキキキィッッッ………。
キィキィキィ………。
猿のような生き物が発したんだろうか、それとも怪鳥の類だろうか、さっきから正体不明の気味が悪い鳴き声か続いている。
夕方には早い時刻だと思う。生い茂った木々の隙間からほんのわずかに入ってくる木漏れ日、その角度から太陽はまだそれなりの高さを保っている事は分かる。
「俺が何したって言うんだよ…」
こっちは拉致同然の勇者召喚とやらに巻き込まれただけだぞ、それを死んでもおかしくない所に放り込みやがって…。おまけにこっちには戦う力なんてないんだぞ、少なくともなんとかの勇者みたいな武器になりそうな職業ですらない。そもそも武器というかナイフひとつ無い、こんなんでどうやって身を守りゃいいんだよ。
「奴等、持ってるものがそのまま力になる…みたいな事を言ってたな…。だからサッカー部の奴が蹴りを得意とする勇者、剣道部が剣聖の勇者みたいな感じで…」
他にも化学部で爆発事故をやった奴が爆炎とか、小さな頃に自転車を盗んだ事があるとか言ってた奴が怪盗とか言ってたな…。それで全員がなんらかの勇者になっていた、初代勇者がたしか十六歳とか言ってたからもしかするとそれが勇者になる条件なんだろうか。
「対して俺は四十歳、鑑定結果は商人…。戦う力は無いらしい」
今も正体不明の鳥獣らしき奇声が聞こえてくる、日本なんかじゃ熊や猪が出たらニュースになってその日の夜には全国放送だ。そんな中に放り込まれた俺、すでに詰んでるんじゃないかとすら思う。途方に暮れてため息を吐いた、その時…地面が揺れた。俺の体が軽く浮かび上がるくらいに、足の裏に強い揺れが襲う。
ドスンッ!!ダンッ!ズザーッ…ゴロゴロ…。
何かが激しく地面に打ちつけられ転がっていくような音がした、同時にメキメキという木が折れる音。人外の力だ、怖い!しかも近い!
「こっちか!」
音と足の裏に伝わって振動からおおよその見当をつけ何かが起こっている場所に向かう。何かをする為じゃない、あくまで何が起こっているのかを見る為。正体を見ない事にはどう対応するかなんて決められない、俺は大きな木の後ろについて現場と思しき場所を覗き見た。
「……ッ!!!?」
喉から飛び出していきそうになる声を俺は必死に抑え込む。そこには竜巻が通り過ぎたのかと思うくらいの惨状だった、草木は折れ曲がり地面すら抉れてる。そしてその先にはゴリラのように見える獣がいた、ワンボックスカーぐらいにでかい。少なくとも日本の動物園では見た事がないサイズ、そいつが地面の上に倒れもがいている。
瞬時に疑問が浮かぶ、あんな馬鹿でかいヤツがなんで地面を転がっているのかと…。だが、その答えはすぐに分かった。目の前を巨大な何かが横切っていく、洗っていない野良犬のような臭いがした。
それは猪だった、これまたワンボックスカーくらいの大きさがある。それが猛スピードで頭から突っ込んでいく、倒れているゴリラのような奴に…。
ドォォンッ!!!
転がっていたゴリラのような奴はかわそうとしたが避けきれず直撃こそしなかったが横方向に吹っ飛ばされた。一方の猪はゴリラを吹っ飛ばして向こうに行った後、しばらく行ってこちらを向いた。その目線は当然ながらゴリラに向いている、そのゴリラは太い巨木に手をついてなんとか立ち上がろうとしている。
「ブモオォォッ!!」
猪が低く大きな声を上げて地を蹴った、駆ける。重戦車が敵に体当たりして決着をつけようとしているようにすら感じられた。
ドガアアァァッッッ!!!
猪が頭からぶつかった、しかしそれはゴリラにではない。突っ込んだのはゴリラが体を起こそうと手をついていた巨木だった、ギリギリのところでゴリラは身をかわしていた。
くらくら…、猪は二、三歩ほどぎこちなく後ずさった。脳震盪でも起こしたのかあきらかに動きが鈍い。身をかわしたゴリラはそれを黙って見逃したりはしない、片手で猪の首元を鷲掴みにするともう片方の手に拳を作って振り上げる…。
ガツンッ!!!
ゴリラは握った拳をまっすぐに…そして鉄槌のように振り下ろした、頭蓋骨に叩きつけた音が響く。猪の鼻からブッと血が吹き出した、逃げようともがく。それを許さずゴリラは二回、三回と拳を振り下ろす。猪の流血は増していく、ゴリラはすでに額から血を流していた。互いに顔面を血まみれにした凄惨な状況、そこには優雅さも浪漫も何もない。ただの殺し合い、そして潰し合いだった。
猪の頭が硬いのか手傷は与えているが致命打にはなっていない、そう感じたのかゴリラは人が座れるくらいの巨石を拾って振り上げた。あれでトドメとするつもりなのだろう、猪もそれを感じたか大きく首を振って逃れようとした。
ガリッ!!
猪の口から伸びる大きな牙が首を抑え付けてているゴリラの手首に当たり深く傷つけた。
「ゴアアアァァッ!!」
痛みにゴリラが叫び鷲掴みしていた手を離した、手首から少なくない量の血が吹き出している。ゴリラの反応が遅れた、巨石を振り下ろしたが空を切る。その時には猪はすでに離れた所を走っていた、一目散に逃げる。怒りが収まらないゴリラは追いかけ始めたが速さは猪の方が上、差が開いていく。追いつけないと察したゴリラは手にしていた巨石を投げつけたが外れ、逃げる猪の近くに落ちた。
そのまま猪は森の奥に消えた、ゴリラはゴリラで悔しさを滲ませながら唸り声を上げていた。しかし手首から流れ落ちる血は少なくはなさそうである、かばうように舐めて止血を試みている。どうやら猪を追う事はせずにこちらも体勢を整えるようである。のっしのっしと巨体を揺らしながらどこかへと引き上げていった。
ゴリラが姿を消すまで俺は言葉を失っていた。
「なんだよ、あれ…」
あんなのに殴られたら一撃で死ぬぞ、体の原型をとどめているかも分からない。いや、殴られなくても転がってきた巨体の巻き添えになっただけでも死んでしまうかもしれない。圧倒的な体格と力の差。
俺は生きている。だが、それだけ。もしあの猪つにゴリラ、どちらかと遭遇していたら間違いなく俺は死んでいただろう。たまたまあの二匹が争っていて俺が目に入らなかっただけだ、だからたまたま俺は死ななかったに過ぎない。
どうすれば良い…、答えなんか出ない問いが何度も頭に浮かんでくる。ここがどこだか分からないし、そもそも人がいるのか。どちらに行けば良いのかすら分からない、途方に暮れているとどこからか声が聞こえた。
「あっ、人間さんですー」
呑気で無邪気な子供の声。
「だ、誰だっ!?どこにいる!?」
俺は余裕のない声で問いかけた、見えない声の主を探しながら。だけど見つからない、透明な奴なのか、気味の悪さに思わず身震いする。
「ここだよ、ここ」
頭上でガサガサという音がした、反射的に見上げていた。
「あっ!!」
そこには赤い服を着た小人サイズの少女がいた。




