008 殺す為の送還!!おっさんは死の森に追放される!
「さあ…、交渉を始めようか…」
俺はゆっくりと言った。交渉はこちら有利に進んでいる…、そう思うと少しは気持ちが楽になってくる。周囲を見渡せば国王達以外に着飾った有象無象がいる、具体的な爵位は分からないが貴族といったところだろう。俺達が召喚された時、陛下陛下と散々持ち上げていたからな…。そんなに高い爵位には思えない、高くても子爵…ほとんど男爵なのではないかと想像する。
「出来る訳がなかろう!勇者召喚は我がアクイアーリの悲願である!魔王襲来の折、いずこからか現れるという勇者!その悲願が今ここに成されたと言うに!」
「じゃあ俺をこのままにするか?無能一人に何をどれだけ消費するんだい?色々無駄だと思うけど?良いぜ、俺は付き合ってやるよ」
「む、むぐぐ…」
歯ぎしりする国王、トランプのキングの姿そっくりな姿だが顔はまた怒りに満ちている。
「おいっ、なんとかする手立ては無いのかッ!このままあの下民に良いように振り回されては…」
「も、申し訳ごさいませぬ、陛下!あの下民めの言葉はまさしく真実…、ましてや交渉に持ち込み…あまつさえソロモンの大天秤の事も存じている…何者なのか得体が知れませぬ!た、ただの下民…、ただの商人がなぜ…」
王と召喚士に現状を打開する方策は無いようだ。それにしても…、俺は中学生の頃に読んだ小説の事を思い出す。当時としては斬新な召喚を扱ったストーリー、今も様々なストーリーが展開されている…その時読んだ内容が今の俺の頼みの綱…。そう考えると本棚にあった出所不明の小説は本当に値段がつけられない程の書物だってたのかも知れない…。
「か、帰れるのかな…私…」
召喚された高校生達の中であまり目立つタイプではない女子生徒が呟いた。
「お、俺は…戻れなくても…」
今度は別の男子生徒が呟いた。
「ウチは親が離婚しててさ…」
彼は誰に話しかけるでもなく続けた。
「成績…落ちてきてるから大学行ける気がしないし…。オフクロ…、次のオトコいるしな…。居場所もねえし…何の取り柄もねえから俺は…こっちの方が良いかもな…」
その声を皮切りに俺は…私は…、ポツポツと声が聞こえてくる。それを見た国王は勝ち誇ったように叫ぶ。
「ほれ見ろッ!!全員が戻りたいとは限らんようだぞ!全員を連れ帰るなど認めないる訳にはいかん!」
「だったら帰りたい者だけでも送還しろ、それで天秤が釣り合わなかったら迷惑料でも付ければ良いだろ」
「ぬううっ!忌々しや!!このように良いようにされるとは…!なんとか…、なんとかならんのか!」
「む、無理です!陛下ッ!」
国王の言葉をラウルスクがソロモンの大天秤を指差しながら否定する。
「送還は召喚せし者を安全かつ確実に元の世界に送り返す秘術…、代償は要しまするがいかに強大な悪魔といえども無条件に…」
「ぬうう…、他に手は無いのか…。こうしている間にも…」
魔力なり素材なりを召喚の儀式の為に消費しているのだぞ…、きっと国王はそう言おうとしたのだろう。だが、それを言おうとした時に口を挟んだ者がいた。
「確実でない送還を試みた場合は…、どうなるのですかな?」
王にリブリスと呼ばれていたキツネ目の男、そいつがポツリと呟くように言った。
「その時は…」
ラウルスクが少し考える様子を見せた。
「ちゅ…中途半端な力で送り返す事に…アッ!!」
声を上げて目を見開いたラウルスク、そして興奮した様子で叫び始める!
「代償を用意するのは術士側が安全かつ確実に送還する為…、だがこの下民は勇者でもなんでもない男!何を恐れる必要がありましょうか!!」
「ど、どういう事じゃ!?申せ!!」
「はっ!このソロモンの大天秤が均衡を成した時、召喚したものを安全…そして確実に送り返す事ができまする!いかに強大な悪魔であっても…、魔法陣から出さぬ限りそれは術士側の安全を確保されています…。されど、仮に中途半端な力で送還すれば魔法陣の影響が消え失せ悪魔はこちらを襲いましょう…」
「では、代償を支払わねばどうなる?」
「最低限の魔力は使用せねばなりませんがこの下郎を遠くへと吹き飛ばしましょう。されどこの者は何の力もありませぬ!ゆえに吹き飛ばす力に抗って反撃するような力はないかと…、おそらくこの王城より百マイルくらいは離れた地へと吹き飛ばしましょう!!」
「なっ、なんだとッ!?」
想像していなかった事に俺は驚いた。一方で急に強気になったラウルスクが胸を張って国王に軽く頭を下げた、顔には嫌な笑みすら浮かべて…。
「な、なぜそれを早く言わぬ!」
「申し訳ございませぬ。送還の術式の事は存じておりましたが正規の手順以外の事は考えた事などございませんでした」
「このたわけめ!!だが、まあ良い!ならばさっさとこやつをどこでも良いから放り出せ!!今すぐにじゃ!!」
「御意ィッ!!」
ラウルスクが杖を持ち直し呪文の詠唱に入ろうとした。
「…いや、待て!!」
国王が待ったをかけた。
「放り出すのはどの方角にでも出来るのか!?」
「邦楽にございまするか?…は、はあ…、まあ出来まするが…?」
動作をやめてラウルスクが王に応じる。
「ならば、あちらじゃ!」
アクイアーリ国王は手にした王笏をとある方向へと向けた。
「先程そちは百マイルほど吹き飛ばすと申したな!ならばこの地より北へと吹き飛ばせ!」
王が手にした王笏を向けた先はどうやら北であるらしい。だが、その先に何があるのかと考えていると再び王が口を開く。
「ぐふふ…!北は未開の…、魔物が蔓延る魔境!!入れば戻れぬ死の森じゃ!人の手が及ばぬ未開の地、こんな何の力も無い者など為す術はあるまいッ!!余に楯突いた報いじゃ!生きたまま魔物にでも食われるがよい!!やれェェッ!!」
「心得ました!!陛下ッ!!」
ラウルスクが嬉々として杖を水平に構える、そして空いたもう片方の手を口元に近づけなにやら詠唱を始めた。時間にして十秒弱、手にした杖の先に黒い霧のような光が渦を巻いて宿る。詠唱が終わったのか奴は杖を両手で構え直すと同時に俺を見てニヤリと笑った。
「よくも不遜な態度を取ってくれたな、この下民めが!!幼少の頃より天才の名を恣にしてきた僕を前を敬いもせず!!」
「敬うだって?無理矢理この世界に引きずり込んだ人さらいにか。それに天才?それにしちゃずいぶんと狼狽えていたじゃないか」
最後の悪あがきじゃないがこんな奴に命乞いをするのもシャクだ、俺はせめてもの嫌がらせとばかりに口汚く罵ってやった。するとラウルスクは優越感に浸るような笑みをまた怒りの表情に一変させた、こいつの沸点はかなり低いらしい。
「な、なにを!我が家に招いた学問の師も、魔術の導師もッ!二人とも僕を天才と讃えたッ!宮廷魔術師に就いたのだって我が師の推挙があったからだ!」
「なるほど、そりゃ師匠とやらはそう言うだろうさ。伯爵家なんだっけ?金を出してくれてる家のお坊ちゃんなんだから良く出来ました、若様は天才にございますくらいは言うだろうさ。そのまま上手い事やれば食いっぱぐれないんだから」
この若い男が本当に頭が良いか俺は知らない、まあ勇者召喚とやらをやってのけたんだから必ずしも無能って事はないだろう。貴族家のお坊ちゃまか、そういや俺の小学校の時にも似たようなのがいたよ。親が県会議員、家業が県でも有数の土建屋の息子がさ。
クラスで自分が主役じゃないとすぐに不機嫌になる奴だった、担任も担任でそいつの肩を持つからホントにロクでもなかった。授業参観の時なんてあからさまに優遇してたしな。それを思い出した俺はお代わりとばかりにもうひとつ悪あがき代わりに罵声を浴びせてやった。
「それに推挙だって?そんなの伯爵家の息子だから割り込めただけだろ?その師匠だって国の中枢に弟子を送り込めりゃ自分の名前が売れるからなぁ!馬鹿な弟子でも送り込みたくなる!」
「お、お、おのれぇッ!!殺してやるっ!!魔境に…、死の森に叩き込んでやる!!無残に食い散らかされて惨たらしい骸を晒すがよいっ!!」
ラウルスクが杖を高々と振り上げた。どうせもう助からない、そう思った俺はせいぜいひとつでも多く悪口を言ってやろうと勢いに任せて叫んだ。
「ああ、やってみろッ!!バカ丸出しの出来損ない貴族!!それに輪をかけたクズ国王めッ!!」
「ぬう!許さーん!!今すぐ死地に叩き込めェェェェッ!!」
国王が叫ぶ。ラウルスクが杖を握る両手に力がこもった。もう後は振り下ろすだけ、そんなタイミングで見た目が派手なサッカー部の生徒…たしか岬…羽異とかいう奴が吐き捨てるように何か言うのが見えた。
「なんだよ、あのおっさん。マジ使えねー。まあ、俺勇者だし?あんなんとはちげーし」
「だよねー、まじウケんだけどー」
こっちが助けようと必死になったっていうのになんて言い草だ、高校生どもは俺が死ぬかも知れない地に出されるというのに誰も止めようとはしない。
「同胞にも見捨てられたか、クズめ!!死ねェェッ、送還ッ!!」
叫ぶようなラウルスクの声が響くと同時に俺は強い爆風に巻き込まれたような衝撃に襲われたのだった。俺は思わず目を閉じる。本能だろう、体を縮こませて身を守ろうとする。
一秒か、それとも十秒くらいか…。周囲の雰囲気が変わった、俺は目を開ける。恐る恐る…、今日二度目だ。そして目を開けて見えたものはあの国王や召喚士ラウルスクの姿でも高校生達の姿でもなかった。
「ここは…?」
鬱蒼と茂る木々の中…、俺はそこにいたのだった。




