9.真相の究明
それから二日後の夜、アトリエにいた俺の下にフリオが現れた。
「いやー、中々いい屋敷っすね」
「古いから修繕費がかかる。鍵だけでも最新式にするかな」
「俺には無意味ですよ。さてさて、いろいろ分かりましたよ」
「コルビン商会の会長はルディといって、出身は王都のすぐ近くなんで、そこに行ってあいつを良く知る人物を探し当てましてね。一緒に居酒屋で飲んだんですよ」
フリオの話を要約すると、ルディは彼の曾祖父が男爵だったとかでミルトン家に執事見習いとして採用された。ミラとはそこで知り合った。いつしか二人は恋仲になり、将来を約束した。だが、ミルトン伯爵がミラを寝取ったことで、酷く衝撃を受けた。しかもミラは夫人に屋敷を追い出されてしまった。
心の中では伯爵と夫人をとても恨んでいたが、生活のために我慢してそのままミルトン伯爵に仕えていた。何年か経ち執事までになったが、ミルトン家を辞めて中規模の商会で働きやがて独立。ミルトン家と取引を開始した。『いつかミルトンに復讐してやる』というのが口癖だったらしい。
「一年ほど前にミラが彼を頼ってこの国に来たらしいんですが、それからのことはその男も知らないと言ってましたね」
ミラがルディの所に来たのは偶然ではないだろう。手紙のやり取りくらいはあったにがちがいない。
「なるほど。お蔭でずいぶんと背景がわかって来た。昔のよしみでミルトン伯から食糧の密輸を頼まれた。もしくはルディから持ち掛けた。彼はいずれ伯爵を告発するつもりでいたのか?」
「どうなんでしょうね」
「メリナが連れて来た若い女については何か情報はあったか?」
「なんでも両親を流行り病で失い、死のうとしていた女の子を引き取ったらしいです」
「アンジェリカに対する罪滅ぼしなのかもしれんな」
フリオが怪訝な顔をしたので、アンジェリカとメリナの関係を話していないのを思い出した。
「おいらも孤児院育ちだし、今頃になって親だからと言われても受け入れられない気持ちは分かります」
「だが、良く考えてみると、リャノン嬢が危険かもしれんな。アンジェリカに伯爵家を相続させたいと考えれば、失恋の痛手でリャノン嬢が自殺という道筋もあるのではないか?」
「長男も殺しそこなったかな?」
「ちょっとアンジェリカに警告しに行ってくるか。ところで文書の方は?」
「もちろん抜かりないですよ。怪しまれないように現金を盗むついでに文書を盗んだという形にしましたが」
「それは仕方がないさ」
「こっちがミルトン伯爵とコルビン商会の文書」
俺は、さっとその文書に目を通した。
「結構な輸出量だな。何を考えているのやら。領地の方は大丈夫なのか?」
「昨年はわりと豊作でしたが、国には収穫量の偽装を行っているようです。この書類を見てください」
「ということは脱税もしているのか。まてよ農作物の変化はあまりないが、林業の収益が減っている」
「どうも何代も前からの無理な伐採が祟ったようで、木が少なくなっているとは聞いています」
「植林や手入れに金を回さなかったのか?」
「伯爵は領地では嫌われていますね。道路の拡張工事も中止になったし、陳情もほとんど無視されるとか。このままでは領地の未来がないと長男が変革しようとしていたらしいんですが、そのせいで長男との折り合いも良くなかったという話です」
「まともな子供が育っていたのに、残念だな」
「まったくです」
「ところで、前払いの中には絵のことは書いていないが」
「それはミルトン邸にありましたよ。こちらです。便宜を図ってくれた礼だそうです」
「いやー、助かった」
「なに、こっちも得しましたからね。報酬はいらないですよ。ついでにその長男の事故を調べましょうか?」
「いや、だが本業もあるだろ?」
「乗り掛かった舟っす」
「フリオ、本当にありがとう」
その日はかなり遅くなったが、俺はアンジェリカの元へ向かった。
アンジェリカはまだ起きていて、与えられた課題の勉強をしているようだった。
「夜遅く済まないな」
「トンデモゴザイマセン。センセイニハタイヘンオセワニナッテイマス。キョウハドンナゴヨウデショウカ」
アンジェリカはぎこちなくそう言うと、片方の足を軽く引き、膝を曲げ、頭を少し下げた。淑女の礼か……。困ったな。ものすごく面白い。
俺は笑いをかみ殺し、とりあえず褒めることにする。
「なかなかいいじゃないか。頑張ってるな」
「アリガトウゴザイマス」
「いつも通りでいいぞ」
「はー、よかったぁ。良く考えたら先生も伯爵さまだったんだ、だからきちんとしなくちゃと思って」
「さっそく本題だが、お前の実の母親からリャノン嬢を元気にする薬とか言われて何か渡されたなかったか?」
「ううん。でも、姉様の好きなお茶は何かって聞かれた」
「いいかお茶でも何でも母親から貰ったものは絶対に使うな。伯爵夫人も騙されそうだから、気をつけろ」
俺は仕方がないから、エヴァンのことを話した。
「リャノン嬢にも時を見て話した方がいいかも知れないな」
「姉様、傷つくよね。どうしようかな」
「殺されるよりはいいだろう」
「わかった。私がリャノン姉様を守る!」
「元気そうな彼女を周りに見せつけるのもいいだろう。一緒にどこかに出かけるとか」
「うん、そうする」
「それから、お前の兄様たちの名前は分かるか?」
「上の兄様はコルテス、下の兄様はハステッド、だって」
「そのハステッドについて何か聞いてないか?」
アンジェリカは首を横に振った。
それからはアンジェリカのばあさまに屋敷に来てもらい、アンジェリカの様子を伝え、アンジェリカの手紙を渡した。その手紙を見て彼女の顔色にやっと血の気が戻って来た。
「すぐには無理だが、必ず会えるから」と言って、彼女を帰した。
アトリエで展覧会の絵を仕上げている時に、またフリオがアトリエにやって来た。
「デオンって奴をしばらく見張っていたんですが、法律で禁止されている賭場に通っています。あいつと一緒に賭場から出てきた奴が、たぶんトバル人ですね。もしかするとそいつは間者かもしれないっす」
「それはありうるな。国の日照りで困窮していれば、肥沃なこの国に食指が動くだろう。軍事力ではかなわないのだから、ミルトン伯爵領を足掛かりにこの国を侵食しようと考えても不思議はない」
「今のところ証明できませんが、たぶんコルビン商会とダヤール公爵は裏でつながっているんでしょう」
「崖崩れや、橋が落ちたのも、トバル王国の仕業と考えると、いろいろ辻褄があってくる」
「邪魔な長男を呼び出して殺すか再起不能にする」
「次は次男を行方不明にさせ、傷心の娘を自殺に追い込む」
「適当な時期にルディがミルトン伯爵を告発。右も左も分からないアンジェリカが後を継ぐことになったら、さっさとトバル王国の貴族を婿養子にさせる。エヴァンの弱みを握っているから、実家のサスマン伯爵家は手に入れたも同然。ただ、アンジェリカがリャノン嬢と仲良くなるのは誤算だったかもしれない」
アンジェリカの拉致事件が、いつの間にか国家間の話になってしまった。
「フリオ、これ以上首を突っ込むな。相手がトバルの密偵だとすると、どんな手を使うかもわからん。ミルトン伯爵の件は証拠もあるし、あとはこちらで何とかする」
「わかりました」
帰り際にフリオが言った。
「報酬はこのアトリエの中にある絵でいいっすよ」
「大した価値はないぞ」
「さあ、どうでしょうね。あ、靴買いに来てくださいよ。最近流行のを準備しておきますから」
フリオはいつもの人懐っこい笑顔に戻り、手をひらひらさせてアトリエを出て行った。
明日は師匠と一緒に合法的にミルトン邸に行く。まずは、明るい日差しの下であの絵の真贋を確かめる。できればデオンってやつにも会ってみたい。
次の日の朝、俺は髪をわざとクシャクシャにしてチェック柄のベレー帽をかぶり、黒縁の眼鏡をかけた。くたびれた感じのシャツとズボン。助手らしく見えるためにベストの前身頃に絵具を少しつけた。ルイサとニールにはため息を吐かれたが、これも大事な仕事なんだと言うとなんとか納得してくれた。
満面の笑みで俺たちを迎えたミルトン伯爵は、思ったより背が高かった。俺と同じくらいの高さなのに横幅もあるから大きく見える。
鬢のあたりが白くなっているが、アンジェリカと同じ金色の髪を撫でつけ、口髭も綺麗に整えていた。
肖像画は夫人と一緒にと頼まれたので、夫人も伯爵とともにサロンで待っていた。
夫人は小柄で色白。トパーズ色の髪を結い上げていた。あまり愛想は良くないが、長男が怪我をして次男が行方不明ならニコニコしていられるわけがない。だが、薄緑の瞳にはアンジェリカの母親を追い出すような激しさは感じられなかった。嫉妬のままに行動したのだろう。それはそれで仕方がないと思う。悪いのはミルトン伯爵の方だ。
豪華なサロンの一室で、精巧な造りの大理石の暖炉を背景に夫人は椅子に座ってもらい、伯爵はその隣に立ってもらった。師匠の肖像画は顔だけではなく衣服を含めた全体像を描く。室内に入る光を絶妙にとらえ、洋服の布の流れやヒダ、肘にできるしわなんかも自然に描く。
ミルトン邸に通うのは今日を入れて三日間。殆ど午前中の仕事だ。
細かい色使いや仕上げはアトリエに帰ってからだ。出来た絵は適当な時期に俺が届けることにしている。




