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7.金庫破りを頼る


 まもなくモレノという男が緊張した面持ちで部屋に入って来て俺に頭を下げた。背は普通くらいか。黒髪で彫りが深く髭も濃い。占い師に付き添っている男とは違うようだ。


「さっそくだが、メリナという占い師を知らないかな?」

「メリナ? はあ、また何かやらかしましたか?」

「またと言うと?」

「有名な詐欺師なんですよ。カルーヤを追われまして、ここに来たのがたしか一年ほど前です。メリナ、ノラ、ケイラ等の名前で詐欺を働いているのです。気をつけるようにと祖国の叔父から言われていまして」

「なるほど。従者にしている小男は?」

「あいつはジャンって言って、メリナ命の奴です。なんでも彼女が継父や継母に虐められているジャンを助けたらしいです」

「彼女は占いで詐欺をしているのか?」

「いろいろですね。占い師で貴族の家に入り込み偽物を売りつけたり、踊り子や貴族の女性を装って結婚詐欺をしたりと。そういえば三年ほど前から若い女を連れて歩くようになったと聞きました。詐欺の一手を担いでいるんでしょう」

「それで、メリナの占いは当たるのか?」

「不思議と最初は当たるみたいです。たぶんジャンあたりが裏で手引きしているんじゃないかと思いますが」

「宿はどこだ?」

「『ハムザの館』と聞きました」

「一流のホテルだな」

「こちらに来てずいぶんと稼いだんでしょうね。伯爵さま。余計なお世話かも知れませんが、彼女は美人ですから関わり合わない方が賢明です」

「わかった。ありがとう」


 これ以上俺一人で調べるのは限界がある。仕方がない。ヤツに頼むか。

 

 俺はマントを羽織り、帽子を深くかぶって、靴屋の立ち並ぶ界隈に向かった。

 

 

 ヤツの名は、フリオ。俺が絵画のすり替えに入ったある屋敷で鉢合わせをした金庫破りだ。普段は靴屋を営んでいる。金庫破りは趣味みたいなもので、あくどい商売をしているところや、堅牢な金庫を入れたと自慢しているところに入るのが楽しいそうだ。盗んだお金は孤児院に配っていると言っていた。捕まらないといいがな。



「おや、貴族の旦那がこんなところで靴探しとは珍しいですね。これなんかどうです? きっとお似合いですよ」

 

 短い茶色の癖毛が人懐こさを感じさせる。誰もが彼を人の好い靴職人だと思うだろう。

 すぐに俺だと分かったフリオは、ニヤニヤと笑いながら傍にある靴を俺の目の前に差し出した。

 

「それはちょっと俺の趣味ではないな。他にないかな?」


 俺たちはここから小声で話し始めた。

 

「何かお困りごとでも?」

「困るというか、ちょっと調べてもらいたいことがあるんだ。報酬は払うよ」

「後払いで良いですよ。面白い案件なら頂かなくても結構ですがね」

「どうだろうな」

「では奥へ」


 奥の衝立の後ろには椅子が二つほど置いてある。棚にはいろいろな種類の皮や靴型が積んである。これを見ただけならば、さすがに俺でも彼が金庫破りなどとは思わない。

 

 俺はかいつまんで、今まで知りえた情報を彼に話した。


「コルビン商会は儲けているのに、孤児院に寄付もしない。おいらもちょいと面白くないと思っていたところなんで」

「知りたいことは、クインシーの絵の入手経路。そしてミルトン伯爵の長男は単なる事故なのか、誰かに狙われたのか。次男の行方。占い師は最初からミルトン家に取り入ることを目的としていたのか」

「旦那はどう思っているんで?」

「まずクインシーの絵は公爵からの賄賂ってところかな」

「ミルトン家の金庫に書類があるかもしれないすっね。コルビン商会の金庫はどんなんかな。これは楽しみだ」

「それと長男の事故や次男の行方については、これは俺の推測だが、娘の元婚約者が一枚噛んでいるような気がする」

「というと?」

「五年間も婚約していたのに、未練もなくすぐに破談にしたらしい。まあだから、他に好きな女がいて、ミルトンの娘との結婚を回避したかったのかなと」

「それこそ恋に狂ったってやつか…」

「次男の方は音楽の道に進みたくて、伯爵家を継ぐつもりがなかったらしいから、しばらく身を隠したほうが良いと言われてそれにのっかった」

「それは当たらずとも遠からずですね。それでその婚約者だった奴はどこのどいつなんです?」

「これから調べる」

「はあ?」

「フリオに頼みたいことは、コルビン商会とミルトン家の取引の証拠。占い師の出自や周りにいる者のこと。コルビン商会とつながっているのかどうか」

「で、旦那は?」

「クインシーの絵が本物かどうか。元婚約者の身辺。アンジェリカの処遇。といったところかな」

「一週間もあればいいか。情報を得次第お宅に伺います。鍵はかけておいていいですよ。それと金庫は狙いませんよ」

「大したものは入ってないが、やはり盗られると困るな。使用人たちの給料が入っている」


 話が一段落したところで、フリオが大きな声で言った。

 

「旦那様、ありがとうございました。品物はお届けします。これからもご贔屓におねがいします」


 

 次の日の午後、またエレナのところに行くことにした。

エレナも公爵夫人として、あちこちの茶会に出ているはずなのでミルトン伯爵の娘の元婚約者を知っているだろう。


「ミルトン伯爵のお嬢様はリャノン様とおっしゃって、バレット侯爵家のお茶会でお会いしたわ。美しくて穏やかな方よ。元の婚約者はサスマン伯爵家の令息で確かエヴァン様だったわ」

「どんな男だ?」

「実は、リャノン様はご存じなかったようだけど、彼がある女性に夢中になって困っていると、お母様のサスマン伯爵夫人がおっしゃっていたわ」

「その女性というのは?」

「カルーヤ国の子爵のお嬢様とか言っていたような気がする」

「どうやって知り合ったんだ?」

「半年前に占い師と一緒に来たらしいの。その時紹介されたって」

「なるほど……」


 もしかしたら、モレノが言っていた若い女かもしれん。俺はとりあえず『ハムザの館』に行ってみることにした。

 

「友人を待っているんだ」と言ってロビーで新聞を読む。

こういう時は伯爵の肩書は便利だ。堂々と一流ホテルでくつろいでいられる。


 ほう、なかなかいい絵があるな。おっと俺の小さな絵が階段脇に飾ってあった。嬉しいような恥ずかしいような気分だな。

 

 さて、新聞を読むふりをしてロビーを見渡していたら、明らかに我が国の女性とは雰囲気の違う若い女が若い貴族の男と腕を組んでロビーに入って来た。黒髪の目鼻立ちがくっきりとした、なかなかの美女ではある。俺は彼らがいる近くにさりげなく席を移動して、会話を聞くことにした。


「エヴァン、今日は楽しかったわ」


 少し南方なまりがある。エヴァンが夢中になっている女で間違いないだろう。

 

「ああ、婚約もうまく解消された。もう誰にも遠慮することもない。彼らの言うことを聞いてよかったな。ただ両親が君との結婚をしぶるんだ」

「仕方がないわ。国が違うと慣習も違うのですもの。躊躇する気持ちは良くわかるわ」

「君は本当に優しいな。レネー、もう少し待ってほしい」

「もちろんよ」

「君が好きだ。愛している」

「私も愛しているわ」

 

  レネーという女がエヴァンの肩に頭を寄せた。

 こいつらの未来はそんなに明るくないと思うぞ。俺は思わずため息を吐いた。

  

  そこに明らかに占い師と思われる女が従者と一緒に階段から降りて来た。

 ベールをかぶっているが、妖艶という言葉にぴったりの風情だ。

 ロビーにいる紳士連中がいっせいに彼女の姿を目で追い、隣の奥方に小突かれている。


 彼女はエヴァンとレネーのそばを通り過ぎる時に、小声で「油断しないで」と確かにそう言った。

 

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