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6.聞き込みを始める


 さあ、どこから手を付けるかな。ちょっと師匠の所へ行ってみるか。占い師のことを知っているかもしれない。

 師匠の肖像画は貴族の間では非常に人気がある。師匠に言わせれば、実物よりもちょっとだけ美男美女に描くんだそうだ。ちょっとだけというのがミソだな。 

その関係上、師匠はあちこちの貴族や金持ちの家に行くことが多い。世間話もいろいろ聞いているにちがいない。この時間ならたぶんまだ起きているだろう。

 

 鍵もかけていない不用心な師匠の家の玄関を抜けて、居間の扉を開けると、特徴のある低い声した。師匠の声はほれぼれするくらいのいい声なんだ。

 

「おや、こんな夜中に伯爵さまが一人で何の用事かな?」


 左手に読みかけの本、右手にブランデーグラスを手に持ったまま動こうともしない。白髪交じりの紺色の髪が顎近くまで伸びている。


「師匠は酒ばかり飲んでいるんじゃないですか? やっぱり俺がいないとだめか」

「お前が出て行ってせいせいしたから、こうして高価なソファでゆっくりくつろげるんだろうが」

「くつろぎたいなら、玄関には鍵をかけてくださいよ」

「貧乏画家の所に泥棒なんか入らない。入るのはお前だけだ。大事な絵は鍵のかかる屋根裏部屋に置いてある」

「でも暖炉の上に飾ってある絵は本物のヒースの『夜景』ですよ」

「大丈夫だ。誰も本物とは思わない」

「そうでしょうかね。ところでちょっと頼みごとがあるんですが」

「伯爵さまからの頼み事は、聞いてやらんとな」

 

 師匠はそう言いながら本を手前のテーブルに置き、ソファの背に頭を押し付けて目を瞑った。 いつものことだ。俺は居間のボードからブランデーグラスを出して、テーブルの上に置いてあるブランデーをグラスの中ほどまで注いだ。

 

「おいおい、その酒は高いんだぞ」


 目を閉じていたはずの師匠は注ぐ音で量を察したのか、慌てて頭をもたげた。

 

「何言っているんですか。売れっ子の画家が」

「好きで金持ちの肖像画を描いているわけじゃないんだがな」

「わかってますよ。ところで師匠、俺を助手にしてミルトン伯爵家に肖像画を描きに行きませんか?」

「なんでだ? わしは忙しいんだ」

「師匠の好きなクインシーの『アルデン聖堂の午後』がミルトン伯爵邸にあるんですがね」

「なにっ?」


 師匠は、急に身を乗り出した。眠たそうだった目にも光が宿った。

 

「あの絵は確か、トバル王国のダヤール公爵家にあると言ってませんでしたか?」

「もう八年ほど前になるのか…。王都の画廊に在ったものを毎日通って模写していたのに、完成間近でトバル王国のダヤール公爵に買われた。すり替え損ねたってやつだな」

「良く悔しそうに話してましたよね。それがどうしてミルトン家にあるんですかね」

「誰か模写した奴がいたのか、本物を買ったのか」

「師匠ほど本物そっくりに描く画家なんていないと思いますが…」

「結構いい線いっている奴は何人かいる」

「ミルトン伯爵がその絵をまともに購入したなら問題ないですが、ちょっと気になるんですよね。明日、以前働いていた商会に行って、トバル王国との物流を調べてきます」

「その肖像画の件だが」

「策を練ってまた連絡しますよ」

「わかった」

「話は変わりますが、貴族の間で占いがはやっているとか聞いていませんか?」

「ああ、知ってる。あんなもの当たるわけがなかろうが。貴族ってやつは馬鹿ばかりだ。あれは何処だったかな…たしかケレン伯爵家だったな。その占い師と玄関先ですれ違った」

「へえ、どんな奴だったんですか?」

「女だ。顔は紫色のベールをかぶっていたので見えなかった。南方の民族衣装のようなものを着ていたな」

「一人だけ?」

「従者みたいな髪の短い小男を連れていた」

「だれが紹介したか分かりますか?」

「知らんが、夫人たちの社交場で評判になっているとは聞いた」

 

 いつの間にか俺の手の中のブランデーがほとんどなくなっていた。これ以上飲んだら、明日の仕事に差し障る。

 

「じゃ、師匠。また来ます。飲み過ぎないようにしてくださいね。もう若くないんですから」

「余計なお世話じゃ」

 


 次の日の朝、俺はアンジェリカのばあさまに手紙を書いて使用人に持たせ、そのあとにルイサに声を掛けた。


「ルイサ、貴族家の間のメイドの交流ってあるんだろ?」

「昔、一緒に働いていた者もいますから、時々は会いますよ。お茶会などには一応主催者側の情報があると、自分の主に恥をかかせないですみますしね。もちろん、みな、家の内情などは話さないようには気をつけています。信用を失うと職も失いますから」

「占い師のことを聞いていないか?」

「ええ、最近、貴族夫人の間では引く手あまただとか。ほとんどの夫人は興味本位だと思いますけど」

「名前がわかるか?」

「たしかメリナさんだったと思います」

「どこの出身だ?」

「カルーヤって聞きました」

「トバル王国の南、我が国からは東南の国か…」


 俺が商会をやめてからカルーヤ出身の奴が入ったと聞いたな。

 

「ニール、午前中に仕事を片付けるぞ。午後から出かけるが、誰か来る予定とかあったか?」

「いいえ。一昨日、仕事が終わったら絵を描くとおっしゃっていましたから、予定は要れておりません」

「あーそうだった。仕方がないな。絵はあとだ」


 幾人かの若手画家が中心となって展覧会を開く企画を立ち上げた。なんでも見たままを描く絵はもう古いんだそうだ。でも俺はわりと写実的だからその企画には合わないのではないかと最初は断ったのだが、絵全体の構成や筆使いが斬新だと言われて結局参加することになった。エレナやアンジェリカの絵も入れて五点ばかりの出展を予定している。まだ三か月近くの猶予はあるから何とかなるだろう。

 


 久しぶりに商会に行くと、一番いい応接室に通されて、商会長がすぐにやって来た。

それほど上背もなく一見平凡に見える容姿だが、父親が設立したこのオルセン商会を我が国で五指に入る商会に育てたやり手だ。今年からは我が領地で生産している農作物や工芸品なども扱ってもらっている。

 

「商会長、突然お訪ねして申し訳ありません」


 以前の雇い主だと思うと、自然に丁寧に話してしまう。

 

「いえいえ、いつでもいらしてください」

「お蔭で領地との取引も順調に進んでいます。ありがたいことです」

「私どもも助かっておりますので、そのように恐縮なさらないでください」

「以前のように、シューリスって呼んでくださいよ」

「とんでもない。ハジェンス伯爵さま」

「はあ、仕方がないか。今日は我が家の取引とは関係のないことで、ちょっと聞きたいことがあるんですが」

「どのようなことでしょうか?」

 

 にこやかだった商会長の顔が少し強張った。

 やっぱり、伯爵なんかの肩書で、こんな事を言い出すと不安になるよな。

 

「トバル王国との取引で変わったことがなかったですか? 急に増えたとか減ったとか」

「そうですね。このところトバル王国では中央から東にかけての地域で昨年からほとんど雨が降らない状態が続いているのです。ダヤール公爵領周辺は何とか持ちこたえていますが国全体では秋の収穫もかなり落ち込み、この春の作付けにも影響してあちらこちらで揉め事も起きていると聞きます。ですから一部の支払いも滞っていまして……」

「我が国にはまだ援助の申し出はないようですが」

「王室関係者や貴族の一部が、近隣諸国に弱みを見せるわけにはいかない、援助を申し出るなどとんでもない、と言っているらしいです」

「まったく、一番困るのは国民だろうに。国民をないがしろにする国に未来はないと思うが」

「その通りでございます。これは商会の間で秘かに出回っている話なのですが、どうやらミルトン家の農作物をトバルへ流している商会があるようです」

「その商会の名前は?」

「コルビン商会です」

「ああ、あそこか。たしか三年ばかり前にできた商会で、三十代後半の若い会長で強引な取引が目立つとか。しかし、他の国に我が国の農作物を輸出するには国の許可が必要ですよね」

「確かにそうなのですが、相手が顔見知りだと管理官によっては出国時の許可証を確かめないのです」

「ずぼらというかきな臭いというか。受け手のダヤール公爵領でも事前に話が通っていると考える方が自然だな。国の許可証をとっていなければ、ミルトン家からダヤール家への密輸ということになる」

「はい、見つかればおおごとです」 

「しかし、なぜ、そんな危ない橋を渡るんだ?」

「食糧は国民のためではなく貴族のためではないかと」

「国民に知られるわけにはいかないから、秘かに流通させているのか」

「はい」

「なるほど。お蔭で、色々見えてきました」

「いつでもお力になりますよ」

「あ、そうでした。カルーヤ国出身の事務員がいましたよね」

「モレノですか?」

「そのモレノに聞きたいことがあるんですが」


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