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13.事件の解決と結果


 ジェルマンが周到に準備していたらしく、俺が王都に帰った次の日にミルトン伯爵邸に近衛隊、コルビン商会に警備隊が入り、伯爵とルディを捕縛した。デオンとエヴァンは確たる証拠がないので、とりあえず参考人として連れて行かれた。

 国境はしばらく閉鎖され、出入国管理官の身辺も捜査された。


 ルディは予想通り「ハステッドがどうなっても知らないぞ」と警備隊長に言ったらしい。

「そのことだが、彼はすでに安全なところにいる」と隊長に言われて、肩を落としたという。

 

 それからは「俺も破滅だがミルトンの奴も破滅だ。ざまあみろ」と言って、トバル王国のダヤール公爵との関係を、洗いざらい話しはじめた。俺も関係者だからと言われ、彼の近くで話を聞いた。

 

「ミルトン家の乗っ取りは、取引先のダヤール公爵家から打診された。何年も前から計画はあったらしいが食糧危機が引き金になった。

ミルトン家の内部情報は密偵が常に把握していたからデオンが賭博にのめり込んでいるのを利用することにした。崖崩れや橋の破壊で優秀な長男を領地に呼び出し事故を装って殺害、次男を行方不明にさせる。そして娘を自殺に追い込み、何も知らない私生児を跡継ぎにしてトバルから婿を取らせる。

その後はトバルの人々を入植させ、入植した人々を守ることを口実に警備員と言う名の軍を少しずつ派遣する。十年も経たずに、あの広い恵まれたミルトンの領地はトバル王国の物になる。

そうやってこの国を切り取っていくのさ。愛国心? それは領主次第だな。ミルトン伯爵は領民からも嫌われていた。いつも奪うだけで領民の意見を聞いたことのない自分勝手な領主なんて必要か? 少なくとも俺はダヤール公爵の方がましだと思った。

それにミルトンの奴は若い俺たちの未来を奪った。俺がどんなに苦しんだかわかるか?

とにかく、みんなの思惑が一つに集約した。そんなこともあるんだな。俺にとっては最高の舞台だった。

だが、どこで綻びが出たんだ? 偽物の絵はダヤール公爵のちょっとしたいたずらだったはずだ。それがいけなかったのか?」

 

 

 俺は深く反省した。領地の経営は片手間ではできない。皆を幸せにすることは出来ないが、未来を失わせるわけにはいかない。親父が心配していた通り、俺は大きなものを背負ってしまった。

展覧会が終わったら、領地に行こう。報告だけでは見えないこともある。



 一方、エヴァンは追求するまでもなくすぐに知る限りのすべてを話した。


「レネーを一目見た時に体に雷が落ちたような気がした。婚約者と結婚するものだと思っていたのに、別の選択肢もあることに気がついた。

リャノンが嫌いだったわけではないが、優等生過ぎて面白くなかった。占い師のメリナに婚約解消の相談をしたところルディを紹介された。

最初は長男のコルテスを傷つけることにためらったが、レネーと一緒になるにはそれしか方法がないと言われ、彼らの提案を受け入れてデオンに接触した。だが、今思えば最初から仕組まれていたんだな」


そう言って、涙を流したという。

 

 それを聞いて、警備隊が『ハムザの館』に駆け付けた時は、メリナはすでに出立した後だった。



 これはアンジェリカから聞いたことだが、彼女はレネーをばあさまのところに預けていった。

 

『アンジェリカがいないと店も大変でしょ。レネーをここで働かせてくれないかしら。そうね名前を変えましょう。私の名前のミラをあげるわ。ごめんね、かあさん。私はもうミラに戻ることはないの。計画通りにはいかなかったけれどアンジェリカが伯爵令嬢になったから、もうこれで十分よ。かあさん、元気でね』


 ばあさまは、レネーが親を失い、そしてまた親代わりのミラに去って行かれたのを気の毒に思い、ミラを家に留めることにした。

 


「お前はそれでいいのか?」

「うん、五歳で大泣きした時から、母親はもう私の心にはいない」

「レネーの方は?」

「エヴァンのことをいつまでも待つって」


 エヴァン、良かったな。真実の愛を得ただけでも、未来が見えるというものだ。


 トバル王国とのことは、いまのところ俺の出る幕はない。だが、外交部を担当してからはどうなるかな。

とりあえずは目先の展覧会だ。執務も溜まっているし、俺も忙しいんだ。





 あの事件から二か月の月日が経った。

 

 ルディとデオンの裁判は終わり、コルビン商会は廃業。二人は処刑よりも厳しい鉱山へ。生きては帰れないだろう。

そのデオンだが、刑が決まったあと、看守の隙を見て脱獄した。驚異の身体能力だ。

だが、トバル王国との国境近くの山小屋で亡くなっているのが発見された。殺人か自殺か分からないが、どちらにしても行き場は無かったろう。


 トバル王国は我が国の猛抗議を受けて大使を我が国に派遣した。だが、真相を告げるはずもなく、国としての関与は認めず、『ダヤール公爵が貴国に迷惑をかけたことに対しては謝罪したい』とそれだけだった。

 ダヤール公爵は伯爵に格下げされて、領地替えをさせられた。問題の絵はトバル国が公爵から取り上げて、詫びのしるしの一つとして、我が国に送られてきた。

 また、食糧の相互援助の契約を交わすことにもなった。災害は国を選ばないから、ある程度の協力は必要だ。そして国境付近の防備は今までになく増強され、出入国の管理は国の管轄となった。

 密偵はあぶり出すのが難しいが、専門の部署があるから俺には関わりがない。関わりたくない。ジェルマンがトバル国の食糧危機を知っていたところを見ると、この国からだってトバルに密偵を送っているのに違いない。


 ミルトン元伯爵とエヴァンは、貴族ということもあり、まだ裁判が終わっていない。

だが、伯爵位はすでに国に返還され、エヴァンは廃嫡。

 ミルトン伯爵家がどうなるのかと思ったが、長男のコルテスは婚約者であるカーソン侯爵家令嬢の必死の看病もあって、杖を突いて歩けるまでになったという。

 

「後継者として問題がないということなので、伯爵位は長男に譲られることになった。伯爵とエヴァンは五年くらいは牢屋に入るだろう」

 とはジェルマンの言葉だ。


 伯爵家が残っただけでも良かった。これでリャノン嬢やアンジェリカも安心だ。だが、俺はこの時まだ知らなかった。ミルトン伯爵家の領地の一部が俺の領地に組み込まれることを。

 

 ジェルマンによれば、今回の働きで陛下が俺の「陞爵しょうしゃくも考えている」と言っているそうだ。政治の中枢には若くて優秀なものが必要だとか何とか。ジェルマンは陛下に何と言ったんだ? 本当に勘弁して欲しい。

 元はと言えば、絵を盗みに、いや交換しにあの離れに入って白い結婚騒動に巻き込まれただけだったのに。どうしてこうなる?

 

 さらにだ。近々、陛下に謁見をしなくてはならないらしい。一応、陛下の顔は見たことがあるが、言葉を交わしたことはない。いろいろと作法があるんだろうな。悔しいことだが、こればかりはジェルマンの助言を貰わなくちゃいけない。

 


 ハステッドは、王都の家に戻った際に俺を訪ねて来た。


「本当にありがとうございました。ヨシアさんやエリッサさんにとても良くしてもらいました」

「夫人はどうしてる?」

「はい、母は一時は気落ちしていましたが、最近は、アンジェリカを淑女にするのが私の使命だと言って張り切っています」

「自分が必要される人間だと思うと、元気になるものだ。良かったな」


 メリナがミラであることは、夫人はもちろんミルトン家の面々も知らない。知っているのはアンジェリカに俺、ジェルマンとフリオ、そしてルディだ。俺やアンジェリカ、フリオ、ジェルマンはそれを言いふらすようなことはしないし、ルディは決して言うことはないだろう。

そういえばアンジェリカのばあ様も知っていたな。だが、娘の不利になることは言わないだろう。

 

「ハジェンス伯爵さま、このご恩は決して忘れません」

「ぜひ音楽家として成功してくれ」

「はい」


 ハステッドが深々と頭を下げた。彼はそれからしばらくしてホスクに旅立った。




 ここは王宮の謁見室。床は白に近い大理石で、八つの白い丸い柱の上下には花の浮彫。天井の八角形の模様の浮彫の所から大きなシャンデリアが吊り下げられて、壁は薄緑色で歴史上の人物の肖像画が王座を見守る形に飾られている。さらにアーチ型の大きな窓が四面あり、直射日光を避けるために蔦模様の白いガラスが嵌められ荘厳な雰囲気を醸し出していた。


 王座は正面奥の三段ほどの上にあり、その椅子も金に輝きやたらに豪華だ。

 さらに正装している重鎮たちが左右に並んでいる。ジェルマンもいる。

 遠くで蚊が飛ぶ音がわかるほどの静けさの中、俺は頭を少し下げて、座っている国王の前にゆっくりと歩み出た。


「此度の活躍嬉しく思う。これからも国のために尽くして欲しい」

「身に余るお言葉です。国のためならば身を捧げる覚悟でございます」


 ってこれだけのために、礼の仕方から、話し方まで丸二日、練習させられた。服の新調も必要だったし、滅茶苦茶疲れた。でも、褒賞が出たから良しとするか。

 褒賞と言えば、なんと目録の中にあのクインシーの『アルデン聖堂の午後』があった。さすがに俺も驚いた。ただ、師匠が俺の家に来て偽物と交換するのだろうと思うと手放しで喜ぶ気にもなれなかった。

 

 

 さてお次は、外交部に顔を見せに行かなくてはならない。回りがどう出るか楽しみだな。

居丈高にならず、卑下もせずか。出来るかな。


 外交部で最初に会った奴は、俺の秘書になるやつらしい。どこかの子爵の次男だとか言ってたな。

 そいつが俺に会うなり、トバル王国の言葉で話しかけて来た。

 

『新しい副長ですね。私はローガン・コックスと申します。以後お見知りおきを。一応机の上に最近の外交資料を置いておきました。お暇な時にでも目を通されてください』


 だから、俺は『この部署ではトバルの言葉が標準なのか?』とトバル語で返した。

 

『いえ、そういう訳ではありませんが……』

『君はトバル出身という感じではないが、このご時世だ。密偵と間違えられることも考えての行動か? なるほど君はこの国の言葉を忘れたのだな』

「大変失礼しました」


 忘れていたはずのこの国の言葉を使って頭を下げ、ローガンは慌てて部屋を出て行った。

 次に来た奴はやはり隣の国のモンド国の言葉で俺の話しかけ、ご丁寧にもモンド語で書かれた書類まで持って来た。


『こちらを見ていただきたいのですが』


 俺はそれを見てモンド語で応じた。

 

『ああ、あちらの王女が視察に来るのか。こっちのは持参する品の目録か』

『お分かりになるので?』

『君はモンド語が下手だな。たしかこの部署には翻訳専門の課があったような気がするが。書類はなるべくそこを通すように。これからは君が間違いがないかを確認してから私に持ってきてくれ』


 俺が、あの学校しか出ていないと思って、試しにかかってくる。

あの学校ってどこの学校だったかな? 偽の卒業証書を捜し出して確認しないとな。ここらの学校ではないし、貴族が行くところでもなかったはずだ。まあ、皆、名前だけは知っているんだろう。知らないのは俺だけか。

 部長への挨拶も一通り済ませて、まずは可もなく不可もなく。そういうのが一番難しい。


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