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12/14

12.ホスクの街にて


 その音楽家の家は、湖の近くの高級住宅街の一角にあった。広い芝生に車寄せ。噴水まである。

 

「豪華なもんだな、音楽家っていうのは。成功すると一流の画家よりも良い暮らしが出来そうだ」

「今は、あちこちの国や領主が才能のある音楽家を雇うのが流行っているからな」

「絵は飾ってあるものの前を人々が通り過ぎて、たまに足を止めるだけだが、音楽の場合はたくさんの人間が同時に聞くことができる。だからと言っては何だが評価も多勢たぜいに流される部分があるかもしれない」

「評価で苦労していそうな画家の言葉だな。でも一流になるのは並大抵のことではないと思うよ」

「それはそうだ。たまにものすごく運のいい奴もいたりするが……。さて、ハステッドはどうかな?」



 ヨシアに紹介されて、俺は夫人に丁寧に頭を下げて、ヨシアに言われた通りに生地を運んだり並べたりと助手の仕事をこなした。

 今日は二か月後のコンサートのために、ホールのカーテンを音楽に合わせた青色に替えたいという夫人の依頼なので、様々な柄の青い生地が部屋を埋め尽くす。

 

 夫人は一つ一つ手に取り、じっくりと見て回っていた。


「主人はこういうことに関しては疎いの。だから私の趣味に任せてくれるのよ」

「奥様は服のご趣味もよろしいですし、奥様が手掛けたこの屋敷の内装や家具などの選定も本当に素晴らしいです」


 ヨシアの誉め言葉に彼女はすっかり上機嫌だ。この機を逃さずにヨシアは彼女に聞いた。


「実はちょっとお尋ねしたいことがありまして」

「あらなにかしら?」

「このシューリスは以前の雇用主の娘さんからお兄様がこちらにいるはずだから手紙を渡して欲しいと頼まれまして。お兄様はあちらこちらを転々とする方なので住所が分からないのです。奥様は回りの方々にとても人気がありますし、お顔も広いので、もしかしたら知っていらっしゃるかと思いまして」

「その方の名前は?」


 俺は助手らしく腰を低くして答える。

 

「はい、ハステッド・ミルトンという方なのですが」

「ハステッド? テッドなら知っているけれど」

「そのテッドって方は、細くて、背が高く、トパーズ色の髪を後ろで結わえているでしょうか」

「そうよ。まだ芸術学校の生徒だけど貴族の出身とかで礼儀正しいし、音楽の才能もある子だから、主人のお気に入りなの」

「いまどこにいらっしゃるのでしょうか?」

「弟子たちは皆この家の後ろにある使用人棟に住んでいるわ。今は今度のコンサートの打ち合わせで主人と一緒に出掛けているから、帰るのは夕方ちかくになるかしら」

「それでは、彼にこの手紙を渡してくださいますか? なんでもお父様の具合がお悪いとかで、お兄様に一刻も早く伝えたいとおっしゃいまして、この手紙を預かったのです」

「いいわよ」


 渡した手紙には『ハステッド・ミルトン殿。私はあなたを連れ戻しに来たのではない。今のあなたの立場が非常に危ういことを伝えに来ただけだ。ミルトン家の問題がいまや国家間の問題になっている。結果、ミルトン家が潰される可能性もある。そのことを踏まえてぜひ私と会っていただきたい。シューリス』と書かれてある。


 時間と場所も指定した。

 

 そこは、行きつけの画材屋の前のティールームだ。店のある二階から通りが良く見える。ハステッドの後を誰かがつけてきてもすぐにわかるだろう。


 その日の夕方、血相を変えて手紙を握りしめたバステッドが店に駆け込んできた。

俺は彼を認めると手を大きく挙げた。ハステッドは椅子に座っている俺の前に来ていきなり俺に詰め寄った。


「これはどういうことなんだ」

「ハステッド・ミルトンか? 私の本当の名はランセル・ハジェンス伯爵だ。言葉遣いに気をつけるように。オースティン公爵からの依頼でここに来た。伯爵家の次男が挨拶も出来ないとは知らなかったな」


 彼はしばし呆然と立ち尽くしていたが、俺は彼の後から誰も入ってこないことを確かめて彼に椅子に座るように促した。


「まず婚約解消されて失意の中にいたリャノン嬢がやっと元気になった。君の言う通りに、立派な婿を迎えてミルトン伯爵を継いでくれるだろう。伯爵家が存続できればの話だが……」


 俺は必要なことを彼に話し始めた。

 長男のコルテスの事故は故意に仕組まれたこと。直接手を下したのはデオンという庭師だが、それを依頼したのはリャノン嬢の元婚約者エヴァンだったこと。

 

「デオンには多額の借金があったので報酬が欲しかった。エヴァンの目的はリャノン嬢との婚約解消だ。彼には好きな女がいたんだ。エヴァンを唆したのはメリナという占い師だ。彼女とルディ、そしてエヴァンは情報を共有している」

「まって。ルディは僕のためだって言って、ここでしばらく勉強していたらいいと生活費までくれたんです」

「君の願望を利用したのさ。だが、それだけではない。その裏で操っていたのが、トバル王国だ。まあ君に国家間のややこしい話をしても仕方がないが、とにかくトバルはミルトン家を足掛かりにして我が国の侵食をもくろんでいた。君の父親は騙されてはいるが計画の一端を担わされているのだ」

「僕はどうしたらいいんだ。音楽の道をあきらめなくてはならないのか」


 ハステッドが頭を抱えて呻くようにそう言った。


「心配するのはそこか? まあいい。ところで君は監視されているのか?」

「十日に一度くらい生活費を持ってきてくれる男がいます。いろいろと状況を聞かれるが僕は音楽しかやっていないから別に不快ではないです。毎回、ルディから連絡があるまでこの街を出ないようにと必ず念を押されます。ときどき彼を近くで見かけることはありますが、いつも僕を見張っているわけではないと思います」

「手紙は出せたのか?」

「いいえ、一切の連絡をしないように言われてたんですが、リャノンが心配しているだろうと思いまして、一度だけ王都に行く同僚に頼みました」

「そうか。一週間でいいんだが身を隠してくれないか?」

「え?」

「下手すると君の命が危ない」

「……、あーそうか。僕は人質だったんだな」

「ああ、わかってくれて嬉しい。その一週間の間にすべてが決着がつくと思う」

「わかりました。先生には父親の具合が良くないから、一、二週間ほど実家に帰ると言います。ところで僕はどこに行けばいいのでしょうか?」

「いま君を王都に連れて帰るわけにはいかないから、私の知り合いの所にいてくれ」


 ハステッドと会う前に俺はヨシアとエリッサとよく話し合った。

 その時彼らは、ハステッドが身を隠すなら川べりにある自分たちの倉庫が良いと提案してくれた。ロフトにはベッドがあるから一週間ぐらいなら問題ないだろうと。食事は倉庫に行くついでにどちらかが持って行くとも言ってくれた。

 

「君たちを危険にさらすかもしれない」

「大丈夫さ。ハステッドと俺たちの接点はない」

「万が一のためにハステッドを変装させるわ。腕が鳴るわね。女の人にしちゃおうかしら」


 エリッサはなんだか楽しそうだった。持つべきものは良き友人だ。

  

 次の日の未明、俺とハステッドは川べりのベンチで落ち合い、周囲に怪しいやつがいないことを確認して、ヨシアたちの待つ倉庫に向かった。


 彼はエリッサによって、髪を切られ、黒髪に染められ、茶色の縁の眼鏡をかけさせられた。

 

「仮に誰かが来てもあなたと分からないことが重要だから」


 それこそ見習のような服装は、袖丈とズボン丈が少し短かったが、平民では丈が合っていない者はたくさんいるので問題ない。

一通り変装した後で、彼はカバンから紙を巻いたものを出して、それを広げた。


「あら、ピアノの鍵盤ね」

「ええ、ここではこれで練習します」

「音もしないし、いい考えだわ」

「すみません。よろしくお願いします」


 俺は、これなら大丈夫だろうと思って、ヨシアに手を挙げて倉庫を出た。朝一番の船に乗る。ヨシアとエリッサのお蔭で思ったより早くこちらの問題が片付いたので、心底ほっとした。


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