11.ジェルマンとの話し合い
ジェルマンの執務室は政務棟の一番日当たりのよいところにある。考えてみたら、王宮のジェルマンの執務室に来たのは初めてだ。
さすがは公爵の執務室。大理石の床がピカピカだ。辛子色の壁を背に数人の秘書官か仕事をしている。奥にあるジェルマンの机は側面と四本の脚に精巧な彫刻が施されて、一目見ただけでも高価な品というのがわかる。机の上は本や書類がきちんと並べられてジェルマンの性格が表れている。右に置かれているランプも美しい。シェードは藤の花をモチーフにしたステンドグラスだ。熟練の工芸師の作品に違いない…、おっと、俺の領地のサトラという工房のものだ。エレナのお気に入りでもある。エレナの光をいつも感じていたいからって特注したのか?
何だか力が抜けて来た。
ジェルマンは執務室に続くこれまた豪華絢爛な応接室で本を読んでいた。公爵家で生まれ育っただけあって、軽く流してあるプラチナブロンドの髪や深く青い瞳がこの深紅を基調にした豪華な部屋にぴったりと嵌まっている。
「ジェルマン殿、お忙しいところ申し訳ありません」
「昨日、知らせてくれたから時間を空けていた」
「ではさっそく、順を追って話していきます」
俺はカバンから書類を出してテーブルに置いた。
「お前が盗んだのか?」
すかさずジェルマンにそう尋ねられたが、俺は頭を横に振った。
「いいえ、さすがに金庫までは開けられません」
「なるほど……」
ジェルマンはそれ以上聞くことはなかった。どうやら察してくれたらしい。
それからは今までわかったことを、極力自分の意見は交えずに事実のみ伝えるようにしながら、彼に伝えた。
「出入国に不備があるという名目で、軍から管理所に人を派遣したのが、昨日。今日からはコルビン商会の荷物は通過できない」
「裏道はどうなんですか?」
「少し険しい道だから、大きな荷物は通れないだろうが、一応そこにも警備兵を常駐させた」
「とすると時間の問題ですね」
「ああ」
「明日にでも伯爵の元にルディがやってくるでしょう。ルディがどう出るか」
「まあ、告発の準備が出来ているとルディがミルトン伯爵を脅す。そしてアンジェリカが成人の十八になった時に家督を譲ると約束させる。アンジェリカの成人前にトバル王国から婿を取らせる」
ジェルマンの考えも俺と同じだった。政務に携わっているだけあって、理解が早い。
「この証拠書類のお蔭で、告発できる」
「入手経路はどうします?」
「ある泥棒が、金庫のお金を盗んだ時についでにとこの書類を持ち出した。書類を見て驚き、義憤に駆られてお前に送って来たとでもするか。その泥棒は昔お前の領地にいたらしいとか適当な理由をつける。とにかく明日にでも陛下の裁可を仰ぐ。出入国管理所からの報告が入り次第、伯爵家には近衛を、コルビン商会には王都の警備隊を向かわせるが、時間をずらさないようにしなくては意味がないからまずはその打ち合わせが必要だ。実際に彼らを捕縛するのは三日から一週間後と言ったところか」
「まあ、そうでしょうね」
「だが一つ問題が」
「次男の行方ですね。ルディが自分を捕まえれば次男の命がないとか言い出すとも限りませんからね」
「ああ、強引につかまえて、居場所を吐かせてもいいんだが、万が一それで伯爵家の次男が死んだとなると」
「市民のみならず貴族の連中からも反発が起きますね」
「それでなくても昨今は政治の舵取りが難しくなってきている」
「少し時間を下さい。なんとか糸口だけでもつかみます」
「すまん。ミルトン伯爵家とコルビン商会には明日から見張りをつける」
その夜、アトリエの窓を叩く音がした。フリオならそんなことはしないので妙だと思って、窓のカーテンを開けたら、少年のような恰好をしたアンジェリカが立っていた。
「抜けて来たのか?」
「うん、余裕だったよ。音も立てないようにしたし」
「それは上達したな」
って俺は何を言っているんだ。
「ばあちゃんの所に寄って動きやすい服に替えたんだ。いろいろ使うこともあるかと思って」
「なるほどな。ばあさま喜んでいたろう?」
「うん、すごく。元気でいてくれればそれで良いって」
「いいばあさまだな」
「うん、それでね。リャノン姉様の所にハステッド兄様から手紙が来たの。だから先生に知らせようと思って」
「どんな内容だったんだ?」
「今、ホスクっていう街にいるみたい。なんでもそこで音楽の修業をしているらしい。『音楽の道をあきらめるつもりはない。両親が俺を跡継ぎから外してくれるまでは帰らない。リャノンなら良い婿を貰えば伯爵家を盛り立てていけるから大丈夫だ。俺のことは両親にはまだ秘密にしておいて欲しい。勝手を言って申し訳ない』って書いてあったって」
「そうか……。そのハステッドの特徴は分かるか?」
「うーんと、確か、髪の色は伯爵夫人と同じで髪を伸ばしていつも後ろでひとくくりしているって姉様が言っていた。細身で身長はわりと高いみたい」
「アンジェリカありがとう。助かったよ」
「先生が喜んでくれるとすごく嬉しい!」
「屋敷に見張りをつけるらしいから、むやみやたらに抜け出すなよ」
「了解」
送っていくという俺の言葉に彼女は「これ以上は先生に迷惑かけられないから」と首を振って、さっさとミルトン家に戻って行った。
ホスクは王都から、船と馬車を乗り継いで一日ほどのところにある。芸術の街と言われて、多くの音楽家や美術家が集う。だから、画材なども王都で手に入りにくいものがあの街に行けば揃うので、俺もたまに行く。郊外には美しい湖となだらかな山々があり、心が解放される気になる。街全体の雰囲気もおおらかで、身分差を意識しないところがある。居丈高に振舞うとあそこでは暮らしにくくなるので、貴族連中もあまり自分の身分を誇示しない。
ホスクには商会で知り合った友人が商売をしている。まずはそこに行って聞いてみるしかないだろう。
ホスクに着いて、俺は久しぶりの街並みを堪能していた。エレナが家々によって外壁の色が違うこの街並みをえらく気に入っていた。あの時はエレナが俺の画材の調達についてきたのだ。結婚前の思い出が出来たとすごく喜んでいた。
しばらく歩いてから、俺は大通りから少し裏に入った花模様や珍しい色の生地をきれいに並べてある洗練された雰囲気の店に入った。
「あらっ、ランセルよね? ますますいい男になったわねぇ。もしかして私を追いかけて来てくれたの?」
「んなわけないだろう。お前のような嫁を貰ってヨシアも大変だよな」
「失礼ね。一番はヨシア。二番があなたなのに」
そう言って、エリッサが片目をつぶった。まったく相変わらずだ。
「はいはい、ありがとよ。ところでヨシアは?」
ヨシアというのはエリッサの夫だ。オルセン商会で彼らと一緒に働いていた。二人は幼馴染で一緒になるために必死でお金を貯めて、一年前、このホスクで結婚して商売を始めたのだ。
ホスクは芸術の街だけあって、音楽会や展覧会も多く人々の交流も盛んだ。だから彼らが営む生地屋の需要も大きいそうだ。
実は俺も彼らに投資という名の援助をした。二人ならきっと成功すると思ったからだ。
ヨシアは染色家に顔が利くし、感性も豊かだ。エリッサは流行に敏感で、人当たりの良さから縫製工房などからの評判も良い。
エレナが結婚する時も、彼らがエレナの藤色の髪に似合う生地を調達してくれて、知り合いの仕立て屋も紹介してくれた。俺もエレナもそういう方面は疎かったのでとても助かった。
「よお、ランセル。元気そうだな」
生地の束をその腕に抱えて、奥の部屋からヨシアが現れた。
「お前もな。店の方はどうだ?」
「お蔭で繁盛しているよ。正直な話、忙しすぎてまともな休みが取れないのが悩みの種だ」
「そうか。身体が元手なんだから二人とも無理はするなよ」
「ゆっくり話したいが、これから顧客との約束があってさ」
「いや、俺も用事が済んだらすぐに帰らなくちゃいけないんだ」
「用事って何さ?」
エリッサが仕事の手を休めて、好奇心に満ちた目で俺を見た。
「実はミルトン伯爵の次男、ハステッドって言うんだが、そいつを捜しているんだ」
「ふーん。その人、何をしたの?」
「いや、ただ親から隠れているだけとは思うんだが、俺はそいつを連れ戻しに来たのじゃなくて、そいつを唆した奴が誰か知りたいだけなんだ。そこら辺の事情は今はまだハッキリとは言えないが」
「この街にいるのは確かなのね」
「ああ、音楽家を目指してカムロン公国の芸術学校に留学していたんだが、家にいろいろ不幸があって、こっちに帰ることになったのさ。だが帰る途中、この近辺で姿をくらました。たぶんここで知り合いの音楽家のところに身を寄せているんだろうとは思ってる」
「それなら俺と一緒に来るか? これからこの街でも有名な音楽家の家に行くんだ。そいつが一流の音楽家を目指しているなら、彼の弟子になるのが近道だと思う。奥さんがおしゃべりだから何か知っているかもしれない」
「おお、ありがたい。俺のことは見習いとでも言ってくれれば」
それを聞いて、エリッサが突然笑い出した。
「あはは、見習いには見えないわね。ちょっとその上着脱ぎなさいよ。ヨシアの古い上着を着て行くといいわ。その高そうなカフスは取って、タイはそんな良いものはだめ。そこにある茶色のリボンでもしていきなさい。前髪は前に垂らしてあまり顔を見せない方が良いわね」
「はい奥様、仰せのままに」




