1-31. 壁の向う側の秘密
共和国での護衛は交代制。
休みなく緊張していれば仕事にも影響する、冒険者にも休みが与えられているホワイトな職場。
シュリーゲンでの見張りは開けたところで有効なのだが、キーナお嬢様の予定はほぼ室内。あまり出番がない。
俺はプライベートな散策の時は必ず当番だが、それ以外は普通に日替わりとなっている。
最初の休みで来たのは図書館。
仕組みは王国と同じだが置いている種類は圧倒的にこちらが豊富。
国の歴史物も賛美だけでなく批判も有るのが王国と確実に違う。
思った通り王国と共和国との間には戦乱が有った。24年前、前国王の時代だ。
この星の国際法五指人協定は魔王統一崩壊後に人が主権を取り戻した時に制定され、現在でも強制力が伴う強固な法。
そこには国境を変えてはならないと有る。
なら王国は国際法違反をした事になるが、残念ながらそうはなっていない。
あの穀倉地帯の川が国境になっていた。
24年前川のこちら側の共和国の住人が反乱を起こし、それを助けるために王国は軍を進めた。となっている。
名目上は今でも川よりこっちは共和国。ただし反乱勢力の支配地とのことだ。
両国の役人がどこで乗り換えたかを思い出せば茶番だというのがすぐにわかる。
当時は税を収めればだれでも共和国民になれたそうで、そこを狙われた。王国国民が多く流れ込んでいた。
それまで両国の関係に問題が有った訳ではなく、いきなり侵攻されたのだ。
理由は前王の最後の功績を残すためだけだった。それ以外に理由は無かったと共和国の本ではそう分析されていた。
武力の差が有ったので、実利を考えて共和国側は戦争終結を早々に決めた。
今は王国の貴族子女が留学に来るほどに表面上は良い関係になっている。
だが共和国には王国の仕打ちを忘れていない人は多そうだ。
「その本面白いかい」
いきなり声をかけられた。
初めてだ、共和国の図書館では普通なのか。
話しかけてきた人を観察。20歳前後の男性。人の事は言えないが中性的な外見をしている。
もっともこの世界での人の外見ほど信用できないものはない。
「面白いね。俺はクハドール王国から来たんだが、向こうのは向こう側の視点で書かれているからね。双方読むとなぜそう書かれているのかも考察できて面白い」
「そこな。ここ共和国でも多少は王国側に立った意見はあるが、それはあくまでも共和国の人間が王国側を想像して書いているに過ぎない。中にはとんでもない論理を語るものまである」
オタク特有の早口を言いながらその男は俺のテーブルに着く。
「いや〜それはわかる同志がいるとは。共和国民だってこの国の思想に染まっていてそれに気づけてない。それなのに自分は普通と考えてしまっている。君、クハドール王国から来たと言ったけど生まれも王国なの。どうしてあの国でその発想になるのか興味あるな」
立て続けに話してくる。割り込む隙がない。
「止まれ!」声を大きく静止させようとしたが止まらない。
「止まれ!!」ボトリスに魔力を込めた声をだしてもらい、やっと止まった。
「その手持っているの嘘を見破る魔具?」
ボトリスとリンクした時に気付いた、彼は魔具を発動させていた。
「気づいてたの」男は悪ぶれていない。
「魔列車の本を借りる外国の人が居たら私に連絡がくる仕組みなんだ」
迂闊だった。
「誰にも言わない、本当にただの興味が有っただけだ」
駄目元で言ってみる。
「いいよ言っても。それで思いとどまってくれれば数年は共和国は安全だからね」
意外な返答が返ってきた。
「前回は高い授業料だったんだ」俺の感想だ。
「クハドール国民とは友人になれても、クハドール王家は信用できない。ましてあの男の息子だなんて絶対に無理」
現国王の事を言ってる。
「一応、俺も王国国民なんで発言には注意して」
「普通のクハドール王国国民だったら、言い終わる前に私に殴りかかっているよ」
俺は王国にそこまでの忠誠心は持っていない。
「俺はもう少しで国を出る。それまで何も起こらないで欲しい」
「いつ出るんだ」
「冒険者レベルが6級に上がったらすぐ出ていくさ」
一呼吸開けて「早くしたほうがいい」
もしかして思ってたより時間が無い?
「仕掛けるのか」
「まさか」
「ただクハドール国王は父を超える偉業を早く欲している。さすが親子だ」
「王の我慢が効かなくなると考えている?」
「王は我慢などしないさ、欲しいものは何でも手に入れてきた。もうすぐ抑えが効かなくなるって意味だ」
やけにはっきりと断言した。何か情報を掴んでいる。ただこれ以上は言うつもりは無さそうだ。
その日以後、何を借りても彼が出てくることは無かった。
もう会わないと思っていたら、彼とは全く別のところで再会した。
キーナお嬢様の議会見学。そこに複数の議員と一緒に彼がいた。
「はじめましてクルンパレスといいます」
白々しくその青年が挨拶してきた。
議会見学には他の若者も数人いた。ご兄妹のご学友だ、あちこちからこの国に留学していた。
共和国は意図的に各国の次世代に自国の素晴らしさを伝えるため積極的に留学を受け入れていると見た。要するにプロパガンダだ。
「かれは将来有望な若手議員でね。それに見た目そのままの年齢だ、君たちに近い」と同僚が褒める。
それは女子に優良物件だと囁いている。
「止めてくださいロベルス議員」
照れてはいたが否定はしていない。かなりの自信家だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは話はまとまらないのでは、決定が遅れてしまう」
議会で合議制の仕組みを受けてのキーナお嬢様の反論。
「我国では多少遅れても間違った決定をしないようにしているのです」
あえて反対側の存在を匂わしている、短慮で間違った決定をする人の存在を。
「それでは間に合わないのでは」
「急ぐ必要のある問題は前もってどうするか決めておくのです」
「問題が毎回同じという事はありえません。準備が違った場合はどうするのですか」食い下がるキーナお嬢様。
「準備が全く無駄になる事はありません。それに現場に与える裁量の範囲も決めています。多少の違いならそれで十分カバーできます」
見学した若者達は感心していた。
言うほど会議制は万能じゃない。本筋じゃない所に力学が生まれ最適解を選べない。
名君の出現を待つのとどっちがいいかの話でしかない。
ただ共和国側から見れば王国は2代続けて外している。
若者と違い年配の同行者は苦々しくあるいは冷笑を浮かべ聞いている。
彼らはすでに自国の価値観に塗り固められている。違うという事は可能性ではなく悪なのだ。
「だから遅れを取る」
「優秀な者でもあの程度か。若すぎる経験が足りん」
「結局覚悟を持って臨む者がいないのだろう」
議員にはギリギリ聞こえないところで見下していた。
注意されても「聞き間違えでは」と言い逃れできるところで言っているのだ、この場にいる主の視線が冷たくなっているのに気づかないのか。あるいは最初から主を軽く見ているのか。
こう見ると自分の護衛に何も言わせないキーナお嬢様の存在が異質だ。
「君は主に頼まれて調べていたのか」とクルンパレス。
勘違いだ。
「いいや。完全に個人的な興味」
「君は主人に似たのだな」
これも勘違い。主従関係は今だけだ。




