1-25.冷たく厚い壁の中で
「なんで。昨日出来なかったじゃない」
アイシャの前で水を生み出す課題をクリアしてみせた。時間もそれほどかかっていない。
無から物質を生み出すのは、前世の知識が邪魔をして難航していた。
逆に分離、合成は化学の知識のおかげで得意。海水から塩を取り出したり、銅と錫を合成し青銅を作ったりはすぐに出来た。
それを利用した。人体の70%は水分、毛細血管から水を分離し指先から一滴滴り落ちる。
試験目的の無から物質を生み出していないが、わかりゃしない。
「オリ。なんで仮水じゃないの」
仮水?
そんなの、どう作るんだよ。
「仮水の作り方を思いつかない」と答えると「なにそれ」
「聞いたこともない。まったく君は」とチャさんにも呆れられる。
「でもこれでオリは課題はクリアできるね」
「はい」
魔法回路の論理は俺の考えに一本化したほうが良いとチャさんに言われ、アイシャさんには基礎を教えていた。
中学生レベルの物理を教えているが、それでも時間がかかっている。
錬金術組合に申し込めば試験官が数日後に派遣される。
2人一緒に試験を受ける予定なので、日程はアイシャの進み次第だ。
暇になった。いや冒険者としては毎日肉を取りに出かけている。
エンゲル係数が高い社会なので、俺レベルの冒険者への仕事は食べ物関係が割がいい。
中高レベルになると魔物の素材納品になるが。
冒険者レベルをそろそろ上げるために魔物討伐を始めるべきか?
「オリ、何アホ顔してんだ」とは工房の職人。
「考え事してたんだよ」
相手は自分のセリフで笑い始めていたので俺の返事は聞いていない。周りの職人もだ。
「ケーテロンこそそんな板持って何やってるんだよ」
「この前の回路の改修」とケーテロンの声が沈む。板を氷の上に置いている。
鉄板には前に見たことのある遮冷の魔法回路が描かれていた。
「この板もでもこのサイズの魔法回路じゃ能力不足」
「でも大きくすると魔力消費が増えるんだよな〜」といつもケーテロン一緒にいるヒリデ。
大気中から水を集める発想は、この板の水滴見て思いついたんだよな。
ここは恩返しだ一つアイデアを出してみるか。
「熱の遮断、魔法使わないとだめなの」
「「「はぁ」」」
2人だけじゃなく、周りにいた職人の頭にもクエスチョンマークが出ているようだ。
「だから、熱逃さなくていいなら魔力使わなくてもいいんだよね。そんな材料ないの」
その場にいた職人が大きく息を吐く。
「遮冷材は今までにも色々試されてきました。その中発見された冷気や熱を遮断出来る素材は幾つか有ります」
チャさんがゆっくりとした口調で話し始めた。まるで若者を諌めるように。
「ララコロ・アイエデ山脈の高い標高にすむ魔物、例えば青氷山羊の毛皮を使えば最高の断冷材になりますが、高価です冷蔵庫になど使えません。それに毛皮にも魔力を流さないと本来の能力は発揮出来ないものなのです」
チャさんの言ったのは、素人の俺が思いつくことは大抵過去の人が試しているということだろうが、魔力を使わないなら俺が有利。
翌日から新素材の開発を始めた。
アイシャに頼み込んで仮質の金属を作ってもらう。
最初仮鉄を作ってと頼んだら「え〜仮鉄はまだ無理。仮銅じゃダメ」との返答。
問題ない。仮銅の板を作ってもらった。
次に工房からは鉄の板を拝借、冷蔵庫用のものだ。
それを仮銅に厚く塗る。その表面にグラファイトを貼り付ける。
材料は炭だからいくらでも手に入る。
グラファイトは鉄より比熱が大きかったはず。
錬金術での板金加工は繋ぎ目無く鉄を加工出来るので熱の漏れ口は無さそう。
そして1晩放置。
出来上がった板を工房に持ち込んだ。
アイシャも興味を持ったらしくついてきた。一応原理は説明しているが理解は出来ていないと思う。
「まーた、変なもん作ってきたのか」とケーテロン。
「これを試してみてください」と鉄板を渡す。
それを手にしたケーテロンが「なんだ、これ」と驚く。
したり顔の俺。
仮銅の板は既にエーテルに戻りこの板の中に無い。
その空間に残るのは何も無い。空気も無くなるので真空状態。
その真空で熱を遮断しようと思う。完全じゃないがランニングコストがかかっていない。
触ったケーテロンが
「冷気が遮断出来てる。なんでだ」
自分の回路を書き込み始めた。このまま試験する気なんだろう。
試験の結果、ケーテロンの回路を組み込めば十分使えると判明。
「チャを呼んでくる」誰かが走り出した。
呼ばれてきたチャさんが職人から説明を聞いて、俺の作った鉄板を調べていた。
「オリ、君だけ先に試験を受けてください」
「はぁ」とアイシャ。
そんな事したらどんだけ嫌味言われるんだか。
「そして、この鉄板を売ってください」
冷蔵庫に使いたいのだと。
でも「チャでも作れるのでは?それどころかこの工房でも作れる人、何人かいますよね」
俺がやったのは素材をくっつけただけ。それこそボンドで貼り付けたレベルだぞ。
合成の得意な魔法具士ならだれでも出来る。
「私にクズになれと」チャさん真剣だ。
「魔法具士の一番大切なものは発想力、そこから生み出されるアイデアです。他者のアイデアを盗むなど魔法具士を名乗る資格はありません」
”矜“ってやつか。
「ただし神と契約は急ぎましょう。この国の錬金術師はモノマネ師ともいわれているので」
周りで笑いが起きた。
俺が1人で試験を受ける事になりアイシャは拗ねた。大きく拗ねた。
チャさんは色々と約束をさせられていたが、耳を塞いでいたので俺は聞いていない。
無事に合格しもう1本円柱が増える。
当日来た官は俺がいずれ世界を周りたいと漏らすと
「他国では錬金術師と名乗れます」と教えてくれる。彼も魔法具士だった、この制度には思うところもあるのだろう。
断熱材はせっかくならステンレス製の真空断熱にしようと思ったがステンレスはこの世界にはない。
クロムとニッケルがこの世界に有るのはチート発音方法でわかったが、どこに有るかまでわからない。
諦めるしかない。ほんと使えねえな俺のチート、どこに有るかも教えてくれよ。
アイシャさんに作り方を教えたら彼女もすぐに作れるようになった。
彼女は俺と同じ流派になる予定なので生産を許可した。
面倒を押し付けたのだが、彼女にとっては魔法具士になる前から大量の注文が待っている状態。
「これ嬉しい状況なんだよね」
「仕事が無いよりいいんじゃない」ととぼける。
「その作り笑いが信じられないんだよね」
「魔力を使わず原理も知らないのに効果がでる魔具、あり得ない」またボヤく。
「それが俺達の魔具の基礎になるから覚えておいてね」
「なんで、見えない物の存在をそんなに信じれるのよ」
「空気だって見えないのに頬膨らませられるでしょ」
地球物理に苦しんでいる。
俺はあえて気体や個体などの基本を教えていない。
それに彼女の学習は座学ではなく実験で学んでもらっている。
俺の錬金術には地球の知識は邪魔をしてこっちの人が簡単に出来てしまうことができない事がある。
彼女のこっちの知識を無駄にしたくないので、実験をしてそこから彼女がどう再解釈するか見てみたかったのだ。
それに俺の知っている実験がこっちでも同じ結果になるかも試している。
今のところ俺の知っている物理法則とこっちでの実験結果に違いはない。
魔法がなければ俺の知っている世界のルールに従っていた。
ますます混乱する。無から物質を作り出すのは俺には永遠にできそうもない。
アインシュタイン先生のおどけた顔が邪魔をして、物質の持つエネルギーが俺の手の上で生まれ消えていくのが受け入れられない。
水がエーテルに戻る。それって核分裂とどう違うんだよ。
物質とは違い魔力がエネルギーに変化するのは受け入れやすい。魔力を謎エネルギーと思えば熱や電気に変えるのは比較的容易に出来るようになっている。出来ることが増えた。
後日気になっていたのでプルトさんに聞いてみた。
「もしかして、俺また何かやっちゃいましたーになってません」
知らずに無自覚主人公やってないよね。
「なにそれ」
良かった、なってなさそうだ。
「でも無知でやらかしている」
うそ!
「魔力の存在知らなくて、話せなかったり汚れた身なりだったりしてなかった?」
「そうでした」




