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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
夏の末、秋のきっかけ

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231/233

新右衛門さんと又左さん

 新右衛門さんと又左さんが連れ立ってやって来た。


 主屋へ案内してきたのは小六だった。


 この家のことをよく知る二人であっても、小六が先に立って歩いていく。


 上り口まで来ると、小六が千太に指示を出す。


 千太は腰を低くして、素早く水桶を二人の足元に用意した。


 それを見届けると、小六は「良し」と一つ頷き、次の客を迎えるべく門の方へ向かっていった。


 招かれた客が徐々に集まり始める。


 新築工事に携わった人々は、門からそのまま主屋に案内される。


 初めて家に来た客には、小六が敷地内の建屋を少し自慢げに紹介して回る。


 小六は顔を上気させ、一人忙しく立ち回っている。


 俺は主屋でただ座っていて、訪れた人々の祝いの言葉を受けていた。


 工事に携わった主立った人々もやってきて、順に挨拶を交わした。


 重忠さんもいる。


 源太さんの顔もある。


 普段から魚を分けてくれる漁師たちの姿も見える。


 皆、今日の日を祝ってくれた。


 その顔ぶれを見回すと、積み上げてきたことに胸がじんと温かくなった。


 やがて、ざっと四十人ほどが広間に腰を下ろした。


 俺のたっての意向で上座は設けない。


 そこへ座る自分を思うと、どこか気恥ずかしかった。


 当然、畳も外し、皆と同じ板の間に座る。


 十人ほどが四つの列になって座っても、まだ余裕がある。


 改めて、四人で暮らすには広すぎると実感できた。


 その上、すぐ隣には離れまである。


 難しい顔をしていたのか、隣に座る重忠さんが「苦しからず候。」と優しく声をかけてくれた。


 俺の前に座る新右衛門さんも、同じような言葉を添えて力強く頷いている。


 又左さんもその横で、いつもの厳めしい顔を温かく崩していた。

 

 その三人の表情に、胸の奥がさらに熱を帯びた。


 座る皆に小皿と杯が配られる。


 小六、千太、半助がまめまめしく働いている。


 小皿には鰯の干物と塩漬けの青菜が添えられている。


 特段、膳に載せられているわけではない。


 厨から手伝いに来た真之介と花里が、仁右衛門さんから届いた二つの酒甕さかがめの木蓋の封を切る。


 酒はとろりと白い濁酒ではなく、淡く霞む透明な酒だった。


 たっぷりと大きさのある甕から、二人が瓶子へいしを沈めて汲み入れる。


 あるいは柄杓ひしゃくで汲み、大きな酒杯に注いで、皆に回す。


 その酒に皆が喜び、大杯で回し飲みをしている。


 鰯の干物を頭から齧る。

 

 口に残る潮を酒で流し、青菜を抓む。


 日に干された魚の匂いが、酒の香りを際立たせる。


 潮の味が、酒のすっきりした味わいを舌の上で甘く引き立てていた。


 何の合図も、乾杯もなく、自然と宴は静かに始まっていた。


 人々は隣同士でゆるやかに話し出していた。


 俺のところにも大杯が回ってきた。


 白く濁る酒は苦手だが、その酒は淡く黄金色に澄んでいた。


 重忠さんが肩を寄せて教えてくれた。


 濁酒に細かい木灰を一握り落とすと、やがて濁りが底に沈む。


 夏を越せるほど持つようになった酒を、灰持酒あくもちざけと呼ぶのだと教えてくれた。

 

 すっきりとした口当たりは飲みやすかった。


 一口飲んで、その大杯を新右衛門さんに手渡す。


 新右衛門さんは両手でその杯を受け取ると、ごくごくと喉を鳴らして飲み干した。


 隣で下戸の又左さんが目を丸くしている。


 短く息を吐き、少し赤ら顔の新右衛門さんが俺に白い歯を見せ笑顔を向ける。


 無事に家の完成を心から喜んでくれる一人だった。




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