それこそ、八面六臂
それこそ、八面六臂の活躍だった。
梅菊さん、問丸の甚平さん、和江さんの三人は厨で調理をしている。
そこへ真之介と花里が加わり、二人は調理の補助に回る。
義浄房さん一行を見送った後、ほどなく甚平さんの曳く荷車と、梅菊さんと和江さんがやってきた。
荷車には米を蒸すための新しい甑が据えられ、宴に使う膳が幾重にも重ねられていた。
漆塗りの椀や皿、箸のような小さなものまでがまとめて積まれ、食材も載せられていた。
すべては厨に運び込まれ、早速、甑は竈に据えられ、膳や食材は板の間に積み上げられた。
真之介と花里の二人は、椀や皿を揃え、膳を一つずつ丁寧に乾拭きしている。
同じ板の間で食材の調理が始まる。
梅菊さん、和江さんが野菜を刻む。
甚平さんが魚を捌く。
流石、船の上でも調理することがあるのか、手際が良い。
皆が、それぞれ言わずもがなの役割分担で、俺の出番はどこにもなかった。
手持ちぶさたの俺の隣に立つ小六に目を向けると、小六は胸を張り、「俺は、新築披露の案内がある」と当然のことのように言い、厨を出ていった。
俺も何かと皆に尋ねるが、「家主だから」と今日はゆっくり構えていろと言われる。
俺も一人、厨を出る。
外の敷地では十羽の鶏が集まり、啄みながら動き回る。
俺が何気なく近寄ると、さりげなく離れていく。
普段から餌付けしない俺には、興味がないらしい。
門の外で小六が誰かと話している。
俺が様子を見に行くと、どうやら仁右衛門さんからの使い二人が、荷車を曳いて来ていた。
彼らは小六に、仁右衛門さんは今晩の宴に来られないという伝言を告げていた。
そのうえで、代わりに祝いの酒を運んで届けに来たのだという。
荷台には、木製の蓋で口をしっかりと縄で閉じられた甕が二つ並んでいる。
てきぱきと小六の指示で、荷車は主屋へと移動する。
何故か、鶏までが追っていく。
俺はここでも、ぽつり一人取り残される。
門を通り抜ける風が、鬢をほつらせ、音を残さず過ぎていく。
ひとつ身震い、俺は舟に向かう。
舟に戻ると、冷凍庫からありったけの栗を取り出す。
去年、収穫し茹でて剝いておいたものが大分残っている。
今年の栗の収穫も近い。
新しく始まる生活への区切りをつけるため、去年の栗はここで全部使い切ることにした。
餡もすでに煮て、冷凍してあるものを使う。
栗と餡を持って家に戻るが、新しい厨ではなく、古い家に戻る。
竈にダッチオーブンを据えて、栗と餡に水を加える。
火の落とされた竈に、もう一度火を熾し、鍋一杯の栗ぜんざいをゆっくりと温める。
もしかすると、この家で調理するのは最後になるのかもしれない。
宴に添える一品であり、これまで世話になった家への感謝の一品。
甘い匂いが漂い始めると、そんな感傷に耽ることになる。
焦げないように、鍋の底から木べらで円を描くように、とろりと回す。
小さな罅と煤に汚れた竈。
柱にある亀裂や年を経た木目。
今朝まで生活していた一間の板張りには、すでに人の気配は消えている。
そこで過ごした日々の生活が思い浮かぶ。
昼と夜の明かり。
雨と風。
様々な匂い。
人の話す騒がしさが耳に届く。
それは俺の記憶からではなく、新しくできた厨から届いたものだった。
できた栗ぜんざいを運び出す。
甘い匂いだけが最後に残る。
小さな家の板戸を閉じる。
匂いに釣られて、あるいは新しい自分たちの住み家と思ったのか。
足元に鶏たちが寄って来る。
羽ばたく彼らの気持ちは知らない。




