善は語り終えた。
善は語り終えた。
いや、感情のままに語り切ったと言うべきかもしれない。
今、善の瞳は熱く潤み、説法の余韻がまだ尾を引いている。
音も声も消えた広間で、善がこちらを見る。
その視線に応えるように、俺は自然と thumbs up。
拳を握り、親指を立てて小さく示した。
善はそれを理解したのか、自分も拳を握り、控えめに合図を返してくる。
互いの間に、言葉ではない心のリズムが通う。
まだほてりの冷めぬ広間で、義浄房さんが口を開いた。
弟弟子へ向けるまなざしは、どこまでも温かい。
「いと面白き御説法にて候ふ。道にも外れ申さず、よう修せられたる。」
姿勢を正した善の肩が、ふっと安堵したように見えた。
そのとき、広間にそよぎが通り、こもった熱をさらってゆく。
空気は緩やかに落ち着きを取り戻し、誰もが、それぞれの胸に落ちるところを得たようだった。
ではと、義浄房さんが立ち上がり、帰り支度を始める。
仏具は布で拭かれ、袈裟は丁寧に畳まれ、布に仕舞われる。
その包みを善は両手に持ち、義浄房さんの後を追う。
俺たちも門のところまで、二人を見送った。
新右衛門さんは二人を寺まで送り届けると言い、ひと息ついたらまた宴に顔を出すと、今日初めての笑顔を見せた。
俺は、宴の準備を手伝ってくれる梅菊さんと、宴にやって来る重忠さんによろしく伝えておくよと善に話す。
善はそっけなく「応」と応じた。
義浄房さんと挨拶を交わし、三人は道を下っていく。
その背中は、朝の迎えでは逆光の眩しさの中で影のように見えていたが、送り出す今は、夏の末、秋のきっかけの狭間に、鮮明な風景の中にあった。
坂の途中で、善が一度振り返る。
俺は、その善に、強く握った拳をそっと前へ押し出した。
応じる善は笑みを浮かべて、同じように固めた拳を突き出す。
「やあ、史郎」
聞こえないはずの声が、聞こえた気がした。
「Yo、Zen」
そして善は、その拳のまま空に掲げ、ゆっくりと天に向けて、ひとつ人差し指を立てていた。
サムズアップとも違う。
ピースサインでもない。
ましてやアイラブユーのハンドサインでもない。
高く掲げた人差し指の意味することは判らない。
判らないけれども、分かる気がする。
夏の末、秋のきっかけの狭間に。
俺の気持ちは、糊代の重なり縁のように曖昧なままに、それでいて不思議と鮮明に。
夏の余禄と秋の余白。




