山椒の実は、思っていたより
山椒の実は、思っていたよりも手に入りやすい。
真之介に尋ねると、この山にもいたるところに自生していると話す。
ただ、時期が少し早いという。
本来であれば、皮が割れ始める九月頃に赤い実を収穫し、天日干しでカラカラになるまで乾かす。
それから中の実を取り除き、果皮だけを挽いて粉にするらしい。
それでは鰻丼は待ってくれない。
「鰻には必ず山椒の粉」の原理主義者である俺も、ここは妥協するしかない。
今回は、まだ赤くならない黄みがかった緑の実を集め、電子レンジで乾燥させることにした。
収穫は真之介に任せることにした。
次に考えたのは専用の道具だった。
俎板は建築現場で適当な板を見つけてくる。
鰻を俎板に固定するための目打ちは、先を尖らせた太い竹串で代用する。
俎板には、それを留めるための穴を開ける。
鰻を開き、竹串に刺すが、扱いやすいように長めの竹串を用意することにした。
こうして段取りを一つずつ思い浮かべていくと、親方の手元の記憶がふっと蘇る。
あのときの表情と、横で呆れたように笑っていた奥さんの姿も浮かんでくる。
これらの作業は小六に任せることにした。
それを伝えると、任せろとばかりに、ふんぞり返り鼻を膨らませる。
「鰻を美味しく食べさせる」と言えば、率先して手伝ってくれる。
ついでに俺の小刀も研いでおくと言い、ひょいと手を差し出す。
受け取ると、小六は「美味い物を頼むぞ」と三白眼でにやりと笑った。
小六に向かって親指を立てて、にんまりと返す。
Thumbs up。
小六もまねして、ぐっと親指を立てる。
真之介も照れながら、控えめに親指を立てた。
二人は連れ立って家を飛び出した。
俺の中で鰻のタレのレシピは組み上がっている。
思い描いた味に気分も上がる。
俺は花里と二人でタレ作りに取り掛かる。
ここで登場するのは、以前に鋳造してもらった深めのフライパンだ。
厚みがあるぶん、ゆっくりと熱を通すタレ作りにはうってつけだと考えた。
醤を入れて竈の火で温め、砂糖と蜂蜜を加え、酒を注ぎ、隠し味に味噌をひと匙だけ落とす。
ゆっくりと木べらで底から撹拌する。
花里が鼻をひくつかせて、じっと見つめている。
味見をしてもらうと、目を細める。
弱火に調整した炭の熱で、フライパンの鍋肌から小さな泡がぽつぽつと現れ始めた。
この頃には甘い香りがふわりと立ち上がる。
砂糖と蜂蜜が溶けてとろりと馴染み、醤の色はゆっくりと深みを増していく。
味噌がほどけるにつれ、香りに丸い厚みが加わり、小さな家の中は甘だれの香ばしさで満ちていく。
広口の壺に移し、蓋をして仕上げた。
その頃には、山椒の実を取りに行っていた真之介が家に入ってくる。
実の付いた小枝ごと切って、籠に入れて戻ってきた。
山の青い香りが運び込まれる。
俺は小枝の一つを取り上げ鼻先を近づける。
青い匂いに隠れて、たしかに澄んだ山椒の香りが潜んでいる。
花里が同じように枝先に顔を寄せる。
俺が満足げな表情を浮かべて頷くと、真之介は手際よく小枝から実を外し始める。
花里もそれを見倣い、真之介を手伝う。
みるみるうちに実だけが集められる。
花里が実を一つつまみ、口に入れる。
噛んだ瞬間、わずかな痺れと青い山の気が舌に広がったのだろう。
花里はふっと目を細めた。
作業が終わるころには、二人の指先には実の灰汁が跡を残す。
その指先にも山椒の香りが自然と移る。




