「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」。
英語で言えば、
“He that would the daughter win, must with the mother first begin.”
娘を得たい者は、まず母親から始めなければならないという意味だ。
断っておくが、これは親子丼の話ではなく、鰻丼の話である。
鰻丼には、たっぷりの山椒の粉がなければ話にならない。
これは王道であり、親方の持論であり、俺にも異論はない。
反論の余地は、一応、残しておく。
紺色に白字で「天狗寿司」と染め抜かれた暖簾をくぐると、カウンター十席、奥に四人掛けの座敷が二つあるだけの、小さな店だった。
奥さんと二人で切り盛りする昔ながらの店で、いわゆる回らない寿司屋である。
親方は高校卒業と同時に東京で修業をし、そこで今の奥さんと知り合い、地元に戻って寿司屋を開業した。
寿司に関しては頑固一徹の親父さんだった。
カウンターは常に磨かれ、奥さんの淹れる濃い緑茶は、回る寿司屋の備え付けのお茶とは比べ物にならないほど深い味わいと香りがあった。
俺はそこで仕込みや配達を手伝い、時には魚の捌き方を教えてもらった。
子どものいない親方は存外親切で、俺は調理について多くを学ばせてもらった。
しかし、時代は回らない寿司屋から回る寿司屋、そして大型チェーン店へと移り変わっていく。
親方の仲間たちも既存の寿司屋を辞め、あるいは店をたたんで軍門に下り、チェーン店で働き始めた。
その話を聞くたびに、親方は苦虫を潰したような顔で、夏でも熱いお茶をすすり、こめかみに汗をにじませていた。
蟷螂の斧。
それでも斧を下ろせない。
ファイティングポーズは崩せない。
親方は寿司を握り続ける。
ある時、奥さんが里帰りし、友達と回転寿司に初めて訪れた。
そこで受けたカルチャーショックをもとに、回る寿司屋にあって回らない寿司屋にないものを考え、そのアイデアを親方に伝えた。
その話を聞いた親方は顔を真っ赤にして怒ったが、かかあ天下のこの店では奥さんの提案に従うしかなかった。
そして始めたメニューには、サーモンの握り、そして鰻の握りがあった。
鮭ではなくサーモンの握りと、お品書きに加えられた。
親方が鰻を捌くのは初めてだった。
俎板は別にし、ため息ともつかない息を大きく吐いて、俺と奥さんの前で包丁を握った。
長年魚を扱っていただけあって、鮮やかな手つきで開き、串を打って素焼きにし、蒸した後、裏の勝手口に七輪を据えて、タレをつけながら香ばしい匂いを立ちのぼらせて仕上げていた。
寿司のネタ用に蒲焼きを切り分ける。
試食にと、俺と奥さんの前に鰻の握りが皿に二つ並んだ。
食べてみる。
鰻はほろりと口の中でほどけ、甘だれと鰻の味わいが広がる。
「美味い」思わず口にする。
奥さんの淹れる濃い緑茶が恋しくなる。
親方の顔には、嬉しいような、悔しいような、レーンに取り残された皿のような哀しみが、ゆっくりと巡っていた。
奥さんが親方に試食を勧めるが、「鰻を酢飯で食えるか」と言い放ち、丼に白米を盛り上げ、鰻の切り身を乗せて山椒の粉を存分に振りかけ、怒ったように食べ始めた。
鰻のたれのように、愛憎のからまる複雑な表情は忘れられない。
奥さんは呆れるように、それでも優しく親方を見つめていた。




