夜は快適な室温に保たれた
夜は快適な室温に保たれた舟で過ごしているが、早朝から建築現場を手伝う俺は、連日の厳しい暑さに、一人だけ夏バテ気味だった。
蝉の声は、なお一層、それを増長させるものだった。
体の芯にこもった熱は、なかなか抜けてくれない。
皆と同じように働くと、暑さですっかりまいってしまうが、小六や真之介は冷たい井戸水で体を拭うと、あとはけろりとしている。
もらったひよこも日に日に大きくなり、家先を太くなった足で力強く動き回って啄んでいる。
黄色いふわふわの産毛は抜け、黒や茶の羽毛が生え始めていた。
つくづく、この時代の人々の逞しさや、動物たちの生きる力の違いを思い知らされる。
皆が夏草のように勢いよく伸びていく中で、俺だけ少し萎れている。
新右衛門さんと善の様子を話した二日後、重忠が蓋のある水桶を抱えてやって来た。
潮風に鍛えられた肌は、照りつける日差しにも微動だにしない。
優しげな目元の皺は、長年の海仕事が刻んだものだ。
どうやら重忠さんも夏バテとは無縁のようだった。
家の前で出迎えると、挨拶もそこそこに水場はどこかと尋ねられた。
家の裏の井戸端に案内すると、そこでは花里が水仕事をしていた。
重忠さんは柔らかな表情を浮かべ、花里に梅菊さんからの伝言を伝える。
しばらく会っていないので、たまには顔を見せてほしいとのこと。
花里は嬉しそうに微笑み、深く頭を下げた。
善を含め、家には男の子しかおらず、女の子のいない重忠さんは、どう対応してよいのか分からないように照れた様子を見せながら、花里から釣瓶を受け取った。
そのまま井戸水を軽々と汲み上げる。
持ってきた水桶の蓋をそっと開けると、桶の端に張り付くように三尾の鰻が沈んでいた。
ぬるりと黒く、腹は黄みを帯びている。
何度か冷たい水を注ぐと、鰻はぬらりと身をくねらせて泳ぎ出した。
それを確かめると、重忠さんは強い日差しの下で微笑み、「暑気にあたりて、身だるく候ふには、鰻の一尾こそ、まことによく候へ」と言った。
水桶の水面は揺れ、光が跳ねる。
眩しさのせいか、花里も目を細めて桶の底を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
重忠さんは長居せず、よくよく梅菊さんの所へ顔を見せるようにと言い残し、山を下りて帰っていった。
見送った後、俺は花里に鰻の調理法を尋ねた。
数日泥を吐かせ、開かずにぶつ切りにして竹串に刺し、塩で焼く。
あるいは汁物にするのだと、花里は楽しそうに教えてくれた。
その調理法を聞きながら、俺は自分で料理すると花里に伝えた。
「俺は、断固、鰻丼が食べたい。」
白いホカホカのご飯の上に、甘だれの蒲焼き。
振りかけるのは、鋭く澄んだ山椒の粉。
想像しただけで唾が湧いてくる。
俺の鰻丼へのこだわりは、アルバイト先の天狗寿司の親方ゆずりだ。
少々の妥協は許さない。
まん丸でふくよかな狸顔。
頭にはねじり鉢巻き。
なぜか悔しそうに、どんぶり飯の上の鰻を頬張り、飯をかきこむ親方。
鰻が憎いのか、それとも好きなのか。
鰻のたれのように、愛憎のからまる複雑な表情は忘れられない。
花里に鰻は俺が調理すると宣言し、蒲焼きに挑戦する。
いつの間にか、鰻を食べる前から夏バテがどこかへ消えていた。
桶の中で鰻がぬらりと跳ねて泳ぎ、水面をまた揺らした。




