ある経典に
ある経典に、想像の赴くままにどこまでも押し広がる一節がある。
譬如 五百千万億 那由他 阿僧祇 三千大千世界
假使有人 末為微塵 過於東方
五百千万億 那由他 阿僧祇国
乃下一塵 如是東行 尽是微塵
譬えば、ある人が五百千万億、那由他、阿僧祇という数に及ぶ世界を、両の掌でそっと包み、微塵の粉へとすり潰す。
その人は東へ向けて歩き出す。
五百千万億の国を越え、那由他、阿僧祇の国々を通り過ぎ、ようやく掌の微塵を一粒だけ、印すように落とす。
そうして歩みを進め、すべての微塵を落とし終えるその日まで、ただ東へと旅を続ける。
荒唐無稽と一笑に付すことができない自分がいる。
我が掌を見て、深沈。
時間の始まりと空間の始まりが重なる。
核なき核は不生不滅、臨界の音なき音が破られる。
すべての概念を超え、宇宙が一斉に膨張へと転じた、ただ刹那の一点。
遠き銀河は赤く、生まれし銀河は青く残る。
無現の時間に無辺の空間は、あるいは無辺の空間に無限の時間は、ただ無量の想像を残す。
一粒一粒と落とされ、微塵が尽き果てた先に、どのような答えが待っているのだろう。
宇宙の始まりの物語、創造と想像の始まりのビッグバン。
その創造は唯一無二の始まりなのか、それとも二度目、三度目、あるいは無量大数の一つなのか。
新たな想像が始まると、どこまでも際限なく膨らみ、弾ける。
刹那の泡。
炭酸水の中で発泡し、瞬く間に消えていく気泡のように。
始まりは終わりの一部であり、終わりは始まりの一部である。
因果も分からぬまま揺らいで循環する。
根拠も定かならぬ人知の彼方で、ただ、名もなき脈動だけが無常に打ち続けられる。
時代の人々は、その循環の曖昧模糊な気配を感じ、忍び寄る無常の響きにかすかな不安を覚える。
掌を握れば脈打つ震え。
掌は開かれ、一粒を印す。
種は蒔かれ、熟し、やがて脱する。
種熟脱は、濃淡を変え境界も定からぬまま、絶え間なく巡り続ける。
かさかさと拙く回る風車のように、あるいは巨大な質量に圧され渦巻く銀河のように。
宗教も、哲学も、そして科学も、あらゆる思考がそれぞれに果てなき真理の向こうを見つめる。
ゴールなきゴール、答えなき答えへと逆説的に辿り着こうとするも、そこにあるのは本当の無力。
口を歪めて、再び一笑。
空を見上げていたのかもしれない。
地に目を伏せているのかもしれない。
その答えは曖昧に、ただ不明のままに在る。
掌に光る最後の一塵の行方。
我が掌を眺めて三度、一笑。




