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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
雨に唄えば

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今日の昼下がり

 今日の昼下がり、善は寺を訪れた新右衛門さんから伝言を受け取った。


 俺からの「見せたい物があるので、泊りがけで来てほしい」という知らせだった。


 清澄寺せいちょうじのある清澄山きよすみやまは山頂に近く、ひときわ緑が濃い。


 蝉の声が山すそからせり上がってくるように、騒々しく響いている。


 その知らせを聞いた善の心は、居ても立っても居られないほど騒ぎ出し、足をからげてやってきた。


 善は両手を膝につけ、大きく息を吐く。


 そうして片手を上げ、拳を作って俺に向けて伸ばす。


 大きな黒目を輝かせて、「よう! 史郎」。


 笑っている。

 

 俺は拳を合わせる。


 「Ya! Zen」。


 彼の額を一筋の汗が伝う。


 花里が器に一杯の水を持ってくる。


 善が喉を潤すと、器の縁からひとしずくが零れた。


 小六も真之介も歩み寄り、出迎える。


 日は山の向こうに沈み、日没はもう近い。


 蝉が残日に思いを置くように、諦めきれずに鳴き続けている。


 ひよこたちはすでに家の中だ。


 俺たちは夕餉を済ませ、花里の淹れてくれた熱い茶をゆっくりと飲む。


 すると善が痺れを切らしたように口火を切った。


 「史郎、見せたい物とは何だ! 早く見せてくれ」。


 四人の視線が俺の一挙手一投足に集まる。


 俺は一つニヤリと笑い、もったいをつけて布に包んでいた望遠鏡を披歴した。


 四人は、漆でしっとりと仕上げられた竹筒をじっと見つめる。


 大小二つのレンズが備わった鏡筒は塗りが重ねられ、ローソクの灯りに淡い飴色を浮かび上がらせる。


 望遠鏡の試作を手伝った小六が早速手を伸ばすが、俺はそれを制して身振り手振りで説明する。


 虫眼鏡と同じように、決して日を見ないこと。


 使い方は筒を伸縮させ、焦点を合わせること。


 それだけ話しているあいだにも、四人は説明など耳に入っていない。


 何も分からないはずなのに、早く覗かせろと身を乗り出している。


 俺は四人を促し、物音を立てないように外へ出る。


 ひよこが家の片隅の籠の中で音を立てずに休んでいる。


 そっと外に出ると、空には満ち切らぬ光の十三夜。


 月明かりはあるが、地上に明かりはなく、星は満天に輝く。


 まず俺が手本代わりに月を覗き、焦点を合わせる。


 俺でも小さく声を上げるほど、肉眼では届かない細部がよく見えた。


 月の縁が鋭くなる。


 クレーターの影が模様ではなく、地形として見え始める。


 遠いはずの世界が、吐く息が届くように近づいていた。


 俺は黙って望遠鏡を小六に手渡し、空を見上げる。


 星空はいつのまにか深さを取り戻していた。


 視界の端で細い白い線がひとつ走った。


 音もなく動かぬ天上に、流星の一瞬の軌跡。


 記憶が呼び起こされ、脳裏を走る。


 ペルセウス流星群。


 ただ一つの光芒だったのかもしれない。


 よぎる記憶の不確かさは、流れるように消えてゆく。


 この時代にその流星群が存在していたのかを知る手がかりは、何もない。


 一抹の寂しさも、流れる一塵の星のように瞬く。


 ひよこたちは身を寄せ合って、何も知らずに眠っている。








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