表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
雨に唄えば

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

192/234

仁右衛門さん一行を見送っても

 仁右衛門さん一行を見送っても、まだ一日は終わらない。


 陽はなお高く、日差しは弱まる気配を見せない。


 枇杷の木のつくる木陰と井戸端には、まだたくさんの甜瓜が残っている。


 もらったひよこを籠から出し、一片の甜瓜を与える。


 水分を欲していたのか、夢中になった様子でついばんでいる。


 与えすぎも良くないと思い取り上げると、ひよこは互いに身を寄せ合いながらよちよちと歩き出し、やがて土の上をつつきはじめた。


 花里はひよこのそばにしゃがみ、目の高さを合わせるようにして見守っている。


 ひよこが場所を変えると、そのあとをついていき、そっと屈んで目を細めた。


 しばらくは夜は家の中で飼い、昼間は外で放し飼いすることになる。


 鴉などの野鳥に気を付けなければならないと、仁右衛門さんの従者の一人に助言された。


 餌は稗や粟の雑穀、刻んだ青菜を与えれば良いと教わった。


 花里とひよこの様子を眺めながら考えた。


 ひよこが育ち、鶏はいつから卵を産み始めるのだろう。


 卵が手に入るようになれば、作れる料理の幅も広がる。


 卵をふんだんに使ってプリンなどの甘い物も作れる。


 もしかするとマヨネーズもできるかもしれない。


 手順は知っている。


 卵黄、塩、酢を混ぜ、それから油を少しずつ加えながら乳化させればできるはずだ。


 揚げたての熱々の唐揚げにたっぷりのマヨネーズをつけて頬張る。


 想像しただけでも唾が湧いてくる。


 考えてみれば、久しく脂ぎった物を食べた記憶がない。


 無性に食べたくなる。


 俺の足元には剥いた甜瓜の皮や種の残滓ざんしが寄せ集められている。


 食べるという行為に残された跡。


 あれこれと思いを巡らせているうちに、ふと一つの懸念に行き着いた。


 鶏肉をどう手に入れるのか、というところへ思いが及ぶ。


 雌鶏は採卵に回すとして、鶏肉は雄鶏からということになる。


 小さな雛から育てた鶏を絞めることができるのだろうか。


 俺は魚なら捌けても、育てた鶏を絞めて捌くことなど、とてもできそうにない。


 それに、いざその時、花里の気持ちは大丈夫だろうか。


 花にも憐れみを寄せ、時に涙ぐむ彼女の心情を思うと心配になってくる。


 彼女のひよこたちを見る瞳には、すでに慈しみの光が宿っている。


 俺は冷えた甜瓜を食べながら、ひよこが懸命に土を啄む風景を目に映していた。


 ふわふわとしたひよこの黄色、むかれた皮の名残りの黄色。


 冷たい果実は初夏を小さく冷やす。


 今はその考えを心の隅に寄せて置いておく。


 手に持つ食べかけた甜瓜の一片。


 そこに一粒の種が果肉に張り付くように残っている。


 甜瓜売りの男が、毎年丹精を込めて作り続けてきた果実の種。


 平たく細長い楕円形、果汁に触れて、しっとりと淡い黄色。


 また、ふと視線が種に留まる。


 もしこの種を水槽の青い水に浸して栽培を始めれば、今以上の美味しい甜瓜を作れるかもしれない。


 俺はその一粒の種をじっと見つめる。


 そうして、残滓の中から種を拾い集めはじめた。


 手に一つ一つ集めていると、歯のない男の笑顔が浮かぶ。


 自分が栽培した甜瓜を誇らしげに語る、土塊の匂いのする男の手。


 胸を張り、朝の光に染められた男の姿。


 俺は甜瓜売りの男から、大事なものを奪ってしまうような気がした。


 どこかで、間違っているのではないかと思った。


 残滓の中へ種を戻す。


 それでもいくつもの種がてのひらに張り付いて残る。


 生きるという行為に残された、その跡。


 ひよこは、何も知らずに、土の上で小さく鳴いている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ