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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
雨に唄えば

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まだ涼しい潮風が吹く初夏

 まだ涼しい潮風が吹く初夏の港通り。


 俺は花里と二人で、月に三日立つ三斎市へ来ている。


 明日の昼過ぎ、仁右衛門さんが俺のところへ訪ねてくるという。


 その知らせは昨日、新右衛門さんが伝えに来てくれた。


 それを受け、俺たちは今日、もてなしの買い物をしに港通りへ足を運んだ。


 初めは冷凍庫を使って氷菓子でも作ろうかと考えたが、夏に冷たい氷を出せば、まず間違いなく驚かれる。


 その案はすぐに却下した。


 花里に相談すると、この季節は甜瓜まくわうりが良いのではないかと、いつもの笑みを浮かべて教えてくれた。


 食べ物の話をするとき、彼女は決まって目を細めて笑う。


 だが残念なことに、俺たちの畑では甜瓜を栽培していない。


 そこで、初夏の風物である甜瓜を求めて、こうして港通りまで来た。


 港通りには筵を敷いた露店が並び、人々の活気の中にも、どこか切実な賑わいがあった。


 薄暑の下、掛け合う声には熱が籠っている。


 暑気をさらうように、潮風が通り過ぎた。


 花里が目ざとく、山と盛られた黄色い実に気づいた。


 青く未熟なもの、黄色く熟したもの、


 さまざまな色合いの実がいくつもの大きな籠に盛られ、並べられている。


 俺たちが露店の前に立つと、年老いた男が顔を上げた。


 大きな籠の間に埋もれるように、ちんまりと座っていた小柄な男が、歯のない顔で笑みを向けてくる。


 熟れた黄色い甜瓜から、爽やかな匂いがふわりと立ちのぼった。


 男は黙って黄金色の甜瓜を小刀で手際よく捌き、俺たちに一片ずつ差し出した。


 勧められるままに白い果肉を齧る。


 甘い果汁がじゅっと弾け、涼しい潮風のような清らかさが舌先をさらった。


 みずみずしく、シャキシャキとした歯ごたえが心地よい。


 「旨い」と伝える。


 花里が目を細める。


 海からさらりと風が渡り、土の匂いがふわりとくすぐる。


 男は歯のない顔をさらにほころばせ、誇らしげに何かもごもごと語りだした。


 よく聞き取れなかったので、花里が微笑みながら補ってくれる。


 曰く、「吾が養ひし甜瓜を食ひし者ども、みな口をそろへて、かかる甜瓜をば未だ食はず」と。


 大層な自信である。


 男は籠から黄金色の甜瓜をやおら掴み出すと、俺の鼻先へ突き出した。


 土塊つちくれの匂いのする手、そして一層爽やかな香りを放つ黄金色の実。


 まるで大地から育った甜瓜そのもののように、男は輝き、土の匂いに包まれていた。


 俺は仁右衛門さんだけでなく、新築工事に携わる人たちにも食べてもらおうと考えた。


 汗を拭いながら働く又左さん、額に汗して材を運ぶ新右衛門さんの姿が脳裏に浮かぶ。


 そこで大盤振る舞いで、食べ頃の甜瓜を全部、家まで届けてくれるよう依頼した。


 男は顔をくしゃくしゃにして喜び、明日の朝いちばんで採れた甜瓜を届けると約束してくれた。


 筵の上に残された半切りの甜瓜。


 みずみずしい切り口が、未熟な夏の光を返している。


 白い実の輝きが、明るく笑う男の顔に重なって見えた。



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