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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
雨に唄えば

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どうやら梅雨が明けたらしく

 どうやら梅雨が明けたらしく、雨の降らない日が続き、蝉が一斉に鳴きだした。


 山も海も衣を替えるように色が変わる。


 それは本のページをめくるように、季節が裏返る。


 雨音の章は終わり、蝉の章が始まる。


 俺の家にも森の喧騒と、人の賑わいが戻る。


 家の新築工事が再開し、たくさんの人々が集まって働きだす。


 棟梁の又左さんを始め、皆、長雨に飽いていたらしく、今は額に汗して体を動かす。


 新右衛門さんも三日に一度は顔を出す。


 その折には花里の出す麦茶を飲みながら、しばらく会わない善の近況を語ってくれる。


 雨に閉じ込められ、寺での生活に飽いていると思っていたが、その季節には寺にある経典や書物を読み込んでいるらしい。


 俺は、そんな善の姿が目に浮かぶようで、少しおかしくもあり、嬉しい。


 時折、家の中に又左さんの掛け声とともに、小六や真之介の声が混じって聞こえてくる。


 二人は畑仕事や蜂の巣箱の管理をしながら、家の新築を自ら率先して手伝っている。


 自分たちの家が形になっていくことが嬉しいらしい。


 梅雨が明けても、俺は相変わらず無職のままだ。


 どこにも俺の出番はないらしい。


 それでも、誰も困っていないあたりが、なんとも恥ずかしく、悲しくもあり、可笑しい。


 梅雨の終わりに完成した望遠鏡は、まだ誰にもお披露目していない。


 今度、善が訪ねてきた時に、みんなで夜空を見上げることを楽しみにしている。


 善を措いて先に望遠鏡を覗いてしまうと悔しがりそうなので、止めている。


 拗ねておこりだしそうな善の顔が浮かぶと、それもまたおかしい。


 よぎる記憶と感情の断片が、程よい混沌となる。


 そこから、どこかおかしく、悲しくもある歪な形で再構築されていく。


 人には何とも言い表せない。


 ふっと、笑いがこぼれた。


 Something crossed my mind.


 その感覚は、日本語の語彙ではどうにも見つけられない。


 ふと考えていたことが表情に現れていたのか、新右衛門さんが俺の顔を見て首を傾げ、つられて笑う。


 茶碗に残った麦茶を飲み干すと、新右衛門さんは腰を上げる。


 俺は見送るために外へ出た。


 肌に感じる風は、楽譜をめくるように、その組曲を変えていった。


 音も匂いも湿りを帯びた黒南風くろはえは、すでに調べを変え、爽やかな響きと香りを運んでいた薫風へと移っていた。


 まだ梅雨の名残りで地面は緩いが、多くの人が足元を汚しながら立ち働いている。


 主屋、離れ、厨では土壁工事が始まり、刻まれた藁を混ぜ込んだ泥が、次々と塗られ固められていく。


 厠や舟の倉庫、それに門はすでに形を成し、今は敷地をぐるりと囲む板塀作りが始まっている。


 夏へ向かう季節の進みと、家の完成へ向けた確かな歩みが、音を合わせるように揃っていった。


 海からは寄せる波が微かに揺れる。


 山からは木葉がそよぐ。


 蝉は空へ飛び立ち、声を重ねてさざめく。


 人は働き、声を合わせて木遣りを唄う。


 地にあらゆる命の息吹く気配が漂う。


 音は互いに惹きつけあい、層となって重なり合う。


 俺は、そのすべての傍観者でもあり、当事者でもあった。


 すべての営みがここに集い、俺は楽章の入り口に立っていた。


 胸を広げるように、大きく息を吸う。


 吐く息は遠くへ広がる。


 俺の世界が、ゆっくりと、タクトが振られるように動き出す。



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