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ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
雨に唄えば

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187/233

♪I'm singing in the rain 

 ♪I'm singing in the rain

  Just singing in the rain

 

 

 スクリーンの中で、その主人公はフェルトの帽子のつば越しに、さした傘の向こう側で垂れこめる雨雲を見上げている。


 夜の帳とともに降り始めた大粒の雨だ。


 濡れることなど気にも留めず、彼は手を広げ、雨を歓迎するように受け止める。


 胸の奥では、さきほどの余韻がまだ温かく灯り続け、しばらくは消えそうにない。


 彼は手にしていた傘を、迷いもなくゆっくりと閉じた。


 雨が一気に肩を叩き、ツイードのスーツに深い色を染み込ませていく。


 それでも彼は気にしない。


 むしろ晴れた日の光を浴びるように、降りそそぐ雨粒をそのまま受け止める。


 通りの水たまりには街灯の光が揺れ、もう一つの世界が舞台裏の楽屋のように広がっている。


 小さなその世界で、雨粒は生きているように跳ね、映り込んだ灯りが波紋に揺れた。


 彼は通りの真ん中で軽くステップを踏む。


 傘を魔法の杖のようにくるりと回し、降りしきる雨の街を舞台へと変えていく。


 雨を浴びながら、世界に向かって、溢れる歓喜をそのまま歌い続ける。


 傘を肩に担ぎ、濡れた帽子のつばを指で軽く押し上げる。


 灯りと彼の心に照らされて、宝石のような雨粒は、祝福のシャワーにほかならなかった。


 透明な雨音は拍子を刻み、輝く雨粒はリズムに寄り添う。


 彼の軽やかなタップは旋律を踏み続ける。


 三つはひとつの調べとなり、舞台は雨雲の向こうへと進んでいく。



 ♪I'm singing in the rain

  Just singing in the rain



 そのミュージカル映画は、すでに半世紀以上前の作品。


 作品は色褪せることなく、時を経て、輪郭はいっそう際立ち、鮮やかに彩られていく。


 歴史上の名作は、いくつもの時代を越えて、いつもそこに在る。


 映画、音楽、文学の巨匠たちは、すぐそばにいる。


 本棚の奥に、ラックの影に、そして部屋の片隅で、一会の瞬間を待っている。


 ページをめくれば作者は語りかけ、楽譜からは作曲家の息遣いを、映画の名場面からは役者のまなざしを感じる。


 過去からの手紙は誰かの琴線に触れ、そして未来への手紙に託される。


 歴史は遠くではなく、いつだってすぐそばに寄り添うようにそこに在る。




 俺は源太さんから望遠鏡を受け取り、工房を出ようとすると、空模様はすっかり変わっていた。


 小さな雨が降り出し始めた。


 源太さんが気を遣い、笠と蓑を貸してくれると言うが、俺は断った。


 手元にある望遠鏡がただ嬉しい。


 身軽でいることが、今はこんなにも楽しい。


 雨の中を、自由に軽やかに歩いていたかった。



 ♪I walk down the lane

  With a happy refrain

  Just singin',

  Singin' in the rain



 俺は望遠鏡をしっかり抱え、外へ飛び出した。


 雨粒と雨音の二つが一つになって降りそそぐ。


 見えない雨雲の向こうが、未来の道具でほんの少し近づいた。


 俺はいつの間にか、水を跳ねながら走り出していた。

 

 降りしきる雨が、時間の輪郭をぼかしてゆく。


 それでも、いつだって透明な時間は、そこに在る。


 過去も未来も、今の俺に寄り添うように。

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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