♪I'm singing in the rain
♪I'm singing in the rain
Just singing in the rain
スクリーンの中で、その主人公はフェルトの帽子のつば越しに、さした傘の向こう側で垂れこめる雨雲を見上げている。
夜の帳とともに降り始めた大粒の雨だ。
濡れることなど気にも留めず、彼は手を広げ、雨を歓迎するように受け止める。
胸の奥では、さきほどの余韻がまだ温かく灯り続け、しばらくは消えそうにない。
彼は手にしていた傘を、迷いもなくゆっくりと閉じた。
雨が一気に肩を叩き、ツイードのスーツに深い色を染み込ませていく。
それでも彼は気にしない。
むしろ晴れた日の光を浴びるように、降りそそぐ雨粒をそのまま受け止める。
通りの水たまりには街灯の光が揺れ、もう一つの世界が舞台裏の楽屋のように広がっている。
小さなその世界で、雨粒は生きているように跳ね、映り込んだ灯りが波紋に揺れた。
彼は通りの真ん中で軽くステップを踏む。
傘を魔法の杖のようにくるりと回し、降りしきる雨の街を舞台へと変えていく。
雨を浴びながら、世界に向かって、溢れる歓喜をそのまま歌い続ける。
傘を肩に担ぎ、濡れた帽子のつばを指で軽く押し上げる。
灯りと彼の心に照らされて、宝石のような雨粒は、祝福のシャワーにほかならなかった。
透明な雨音は拍子を刻み、輝く雨粒はリズムに寄り添う。
彼の軽やかなタップは旋律を踏み続ける。
三つはひとつの調べとなり、舞台は雨雲の向こうへと進んでいく。
♪I'm singing in the rain
Just singing in the rain
そのミュージカル映画は、すでに半世紀以上前の作品。
作品は色褪せることなく、時を経て、輪郭はいっそう際立ち、鮮やかに彩られていく。
歴史上の名作は、いくつもの時代を越えて、いつもそこに在る。
映画、音楽、文学の巨匠たちは、すぐそばにいる。
本棚の奥に、ラックの影に、そして部屋の片隅で、一会の瞬間を待っている。
ページをめくれば作者は語りかけ、楽譜からは作曲家の息遣いを、映画の名場面からは役者のまなざしを感じる。
過去からの手紙は誰かの琴線に触れ、そして未来への手紙に託される。
歴史は遠くではなく、いつだってすぐそばに寄り添うようにそこに在る。
俺は源太さんから望遠鏡を受け取り、工房を出ようとすると、空模様はすっかり変わっていた。
小さな雨が降り出し始めた。
源太さんが気を遣い、笠と蓑を貸してくれると言うが、俺は断った。
手元にある望遠鏡がただ嬉しい。
身軽でいることが、今はこんなにも楽しい。
雨の中を、自由に軽やかに歩いていたかった。
♪I walk down the lane
With a happy refrain
Just singin',
Singin' in the rain
俺は望遠鏡をしっかり抱え、外へ飛び出した。
雨粒と雨音の二つが一つになって降りそそぐ。
見えない雨雲の向こうが、未来の道具でほんの少し近づいた。
俺はいつの間にか、水を跳ねながら走り出していた。
降りしきる雨が、時間の輪郭をぼかしてゆく。
それでも、いつだって透明な時間は、そこに在る。
過去も未来も、今の俺に寄り添うように。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
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