友達と言える人
「菜月。」
鷹宮は研究室に入ってきた市村に、友達として声をかけた。
「華・・・。」
二人はしばらくの間無言で向き合っていた。
そして鷹宮がその沈黙を破る。
「どうして、あの本を渡したの。」
「・・・だって華、あの女が邪魔だったんでしょ?」
「だからってそんなことをすればどうなるか、わかってたことでしょ?」
市村は下を向き唇を噛んだ。鷹宮はその様子をじっと見守っている。
「華だって止めなかったじゃない。私があの本を持っているのを知ってた癖に!」
「それは・・・そうね。でも本当に渡すなんて思わなかったのよ。」
「そんなの嘘でしょ?本当はこうして欲しかったのよね?私があなたの代わりに手を汚せば、もしかしてって思ってたんじゃないの!?」
「菜月・・・」
市村のその表情は、鷹宮が今まで見たこともないような怒りと憎しみを含んだ顔だった。
「本当はあんたなんかどうなってもよかった。でもお父さんが鷹宮には恩を売っておけってしつこくて・・・。だからあなたの手伝いをしたのよ。なのになんでこんなことになるの?私はただ・・・」
「菜月。ごめん。私がいけなかったの。いつまでも引きずって、あなたを責めるような言い方をしたけど、結局私だってあの本を持っているあなたを止めなかったんだから同罪・・・むしろそれ以上だよね。本当にごめんなさい。」
鷹宮は深く頭を下げた。菜月は青ざめた顔でそれを見つめている。
「だから私も処分を受け入れたわ。一研究員からなんて甘いものじゃ無く、もう一度見習いからやり直す。」
「そんな・・・だって華は・・・いつも私の前を歩いて、素敵で、憎らしいけど綺麗で・・・」
鷹宮は苦笑する。
「菜月は私を何だと思ってるのよ。菜月だってすごく可愛いし、優秀でしょ。私だってあなたのことずっと素敵だと思ってたのよ。言いたいこと言えて、勝ち気なところもかっこいいって、羨ましいって。伝わってなかったみたいだけど。」
菜月の顔は歪み、涙が溢れていた。
「・・・でももう終わりね。」
「馬鹿なこと言わないで。」
「だって!」
「お互い隠していた腹を見せ合ったんだから、それでいいじゃない。私も菜月にかっこつけなくてよくなるし。あースッキリした!」
鷹宮はグーッと背伸びをして腕を伸ばす。菜月はただぼーっとその様子を見ていた。
「親同士の面倒な話なんて無視すればいいのよ。どっちにしたってうちの親なんかそういうの一番嫌がるんだから。あなたやあなたのお父さんの、恩を売るだのなんだのって話は意味がないのよ。」
「・・・うん。わかってたけど。」
「でしょ?ただお互い言いたいことも言わずにきちゃっただけなのよ。それがここで決壊したってだけ。」
「・・・」
鷹宮は顔を上げて笑った。
「とりあえず飲みに行こう!どうせ菜月はもうここには来られないんだから。あ、その前にあれ、どうやったら解除できるのか教えていきなさいよ!藤堂さん、本当にいい子なんだからね!」
「わかったわよ。」
そうして、二人は伝えるべきことを魔法具に記録し、それを江口に手渡してから飲みに出かけた。
「全く、最後まで面倒なことをしてくれてあの二人・・・」
江口は鷹宮から預かった記録用魔法具を手に、研究室の椅子に座って考え込んだ。
(茉乃にこれを見せればたぶんすぐに力が戻る。そうすればもうあと一歩で解決の糸口が見える。でもそうなれば彼女は・・・)
夕日が差し込む研究室で、江口は近い未来を想像し、開いているブラインドの向こうの光を、少し眩しく感じていた。
「茉乃!待ってたよ!」
江口が魔法具をひけらかしながら茉乃を出迎えた。
最近はほぼ資料室で整理をしながら本を戻すという仕事をしていたので、埃まみれになりながら帰ってきた茉乃が面白いのか、頭の上の埃をひょいひょいと取って笑っている。
「?」
彼の手の中にある魔法具を見ていると、その視線に江口が気付いた。
「これ、あの本の変な力を解除する方法が入ってる音声。今聞く?」
「!」
茉乃は大きく何度も頷いた。江口はその場で再生ボタンを押す。よく聞いてみると、その声は市村のものだった。
「・・・というわけで、あの本は半分呪いみたいな力というか、この本を書いたあの女性の思いが魔法術となって入っているものだったの。目的のものが見つかれば、彼女の思いが成就して力が解放されるはず。・・・その、迷惑をかけて悪かったわ。それじゃ。」
「ということだけど。これ、結構時間かかりそうな話じゃない!?」
江口がそういうのももっともだった。この女性の願いは、婚約者が買っていたと思われる埋めてしまった指輪を見つけることだ。だがヒントは「海岸」「線路が見える」「神社の近く」など、海沿いであればどこにでもありそうなヒントばかり。
茉乃は途方に暮れた。
「ねえ、これどうする?探すならもう少し市村にヒントもらった方がいいよ。それとどうせ今君声が出せないんだから、少しここを離れて探してみたら?」
その言葉にパッと顔を明るくする。そんな茉乃がおかしいのか、江口もニコッと笑った。
「行ってきなよ。思い切って一ヶ月くらい探してきたら?なんなら僕も一緒に行こうか?友達として。」
茉乃は首を横に大きく振った。
「まあ、そうなるか。僕もそう簡単にはここを休めないし。とりあえず市村にはもう少し地域を絞れないか聞いてみる。男の最後にいた場所がわかればだいぶ違うだろう?」
そして茉乃は、研究室に戻ってきていたあの日記を引っ張り出し、ヒントを見つけるべく、繰り返し読み直し始めた。




