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読んではいけない本と茉乃

 茉乃は市村から受け取った本を開く。タイトルなどは何も書いていなかったので、最初のページから読み始めた。


 日記ではないと思っていたが、実際に声を出して読んでみると、何かしら時系列に沿って物事が起きている話になっていた。



 そこには、とある女性が会社の同僚と恋に落ち、二人でその恋を育んでいく様子が描かれていた。ありきたりな恋物語だったが、二人は深く愛し合い、時々喧嘩をしたりすれ違ったりしながらも、少しずつ距離を縮めていく。そしてプロポーズを受け、彼女は泣きながらそれを承諾した。


 ところがそこから彼女に不幸が訪れる。愛する彼は、ある時から突然彼女に素っ気ない態度を見せ始めた。彼女は浮気を疑い、それを否定する彼と喧嘩になる。彼女自身も仕事でうまくいかないことが増え、彼とは喧嘩が絶えなくなっていく。


 そして、彼からついに婚約解消という話まで出始めてしまい、彼女は泣き崩れる。追い縋ることも、怒って泣き喚くこともできず、ついに彼は彼女を置いてどこかへいなくなってしまった。


 それからしばらく、彼女は空っぽの心のまま淡々と仕事をこなし、その日を生きるだけの日々を過ごした。そんな中、共通の友人から「彼が死んだ」と連絡がくる。何のことかわからない彼女は動揺し、友人の元に向かった。そして実は彼が病に冒され、余命幾許よめいいくばくもないことを知って、彼女を突き放したと知る。


 もう一つ、彼は自分と彼女のための結婚指輪を用意していたが、それをどこかに埋めて隠した、ということを友人にだけ告げて、彼女には死ぬまで内緒にしてくれと言っていたこともわかった。


 そして彼女は、その指輪を手に入れたいと心から望みながら、死を選んだ。




 余りにも重い内容と結末の後味の悪さに、茉乃はすっかり気落ちしてしまった。


 唐突に終わってしまったことを不思議に思い、続きがないかとページをめくっていったが、その先は空白が続くばかりで、最後のページまで結局一文字も書かれてはいなかった。



 読み終わったことを確認し、手前の部屋へ移動する。江口が茉乃に「コーヒー飲む?」と聞いてきた。それに答えようとしてようやく、茉乃は自分の体の異変に気づいた。


「・・・!?」

「茉乃?」


 江口が心配そうな顔で近づいてくる。


「・・・!!」

「もしかして・・・喋れないの?」


 必死になって頷くと、江口が茉乃の手を握った。


「何か変だね。特殊な魔法術がかかってるかも。力を調べるから座って。」


 茉乃は大人しく椅子に座って手を伸ばした。江口が茉乃の両手を握りしめる。力が流れ込んでくるのを感じる。


「力は残ってる。でも変な感じ。いつもの茉乃じゃない。」


 少しずつ力が抜けていきそうになるが、何とか耐える。


「何かよくわからない力が君の声と力を切り離しちゃった感じだね。あ、ごめん。大丈夫?」

「・・・」


 力がかなり抜けてしまった茉乃が、江口に支えられて椅子に座り直す。


「原因はわからない。でもさっき読むって言ってた本が何かあるんじゃないかな。いまそれ、どこにあるの?」


 茉乃はその本を奥の部屋から持ってきて、江口に手渡す。


「これ、変な力が働いてるね。でもよくわからない。こんな危ない本を読ませるなんて・・・市村とは一回よく話し合っておく必要がありそうだね・・・。」


 江口が、見たこともないほど怒っていた。茉乃は声が出せないので手で触れるしかなく、そっと江口の腕に触れる。


(怖いことはしないでください)


 口を動かすこともできなかったので、目だけで伝える。江口は怒りの表情を悲しみの表情に変え、茉乃を抱きしめた。


「・・・!?」

「茉乃・・・どうして君がこんな目に・・・」


 江口の背中を叩いて腕の中から出ようともがく。だが今日に限って江口は彼女を離そうとしなかった。声も出せず、身動きも取れず、途方に暮れたまましばらく江口の背中をポンポンと叩き続けるしかなかった。


「こんなのだめだ。」


 五分ほど抱きしめた後、江口はやっと茉乃を離した。そして彼は驚くべきことを口にした。


「茉乃。鈴村と別れて僕と付き合おう。」

「!?」

「少なくとも今はそうした方がいい。これ以上市村の好きにさせたくないし、その方が君を守れる。こんなわけのわからない嫌がらせまでされてあいつと一緒にいる必要ないよ。」


 茉乃は首を横に振った。


「どうして!?そんなにあいつがいいの?こんな思いをしても?」


 二度、頷く。江口は眉間に皺を寄せたまま、じっと茉乃を見つめた。数十秒はそのまま二人で見つめ合っていた。


「・・・わかった、もう降参だ。でも君があいつのこと見限ったら絶対僕のところに一番に来て。いい?」


 茉乃は笑って頷いた。


「こんな時まで笑わなくていいよ。もう、僕をそんなに困らせてどうする気なんだ。さ、あいつが来たよ。僕が事情を説明するから、そこにいて。」


 振り返ると研究室のドアを開け、ちょうど柊が入ってくるところだった。


「何の話?江口、また茉乃に絡んでるんじゃないだろうな?」

「うるさいよ。いいからそこに座れって。」


 そして今あったことを、沈痛な面持ちで江口が柊に説明した。


「・・・茉乃!」


 柊は青ざめて茉乃を抱きしめる。江口はため息をついてその光景を見ていた。


「大丈夫。絶対に何とかするから。心配するな!」


 茉乃はうんうんと頷いて、微笑んだ。その笑顔がまた柊を苦しくさせる。そして柊は江口を呼び、少しの間奥の部屋で二人で話をしてくると言って奥に入っていった。



 茉乃はそれからしばらくの間、ただぼーっと、自分の膝を見つめながら座っていた。


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