新年の悪意
年末年始は思っていた以上に慌ただしく過ぎていった。
すみれからのお誘いがあって年越しは三人で過ごすことになり、彼女の家で、穏やかだが笑いの絶えない時間を過ごした。年越しそばはとても美味しくて、また食べたいですと言ったらすみれにとても喜ばれた。
年が明けてすぐは、結城に誘われて飲みに行った。酔い潰れない程度に食事をメインで堪能し、それまで話したこともないような彼女の恋愛の話や家族の話をした。お互いとても家族を大切にしているのがわかって、茉乃はそれまで以上に結城と仲良くなった気がした。
柊とは初詣に行ったり、初売りにも出掛けたりして、新年らしいデートを何度も楽しんだ。二人で寒い中手を繋いで歩いたり、少しでも長く一緒にいられますようにと神社でお願いをしたりして、少しだけ切なくなったりもした。
そんな夢のような、そして心に残る素敵な時間をたくさん過ごし、再び研究室に通う生活が始まる。
「明けましておめでとう、マノちゃん!」
沢木の元気な挨拶に、茉乃も少し元気をもらう。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」
「うん。こちらこそ!さて、さっそくだけど今日はいくつか資料を読んで欲しいのと、午後は鷹宮さんがいる研究室に江口さんと行って欲しいんだ。」
「あ、はい、わかりました。」
沢木が茉乃の様子を窺う。
「大丈夫?」
「え?」
「鷹宮さんと一緒って、不安?」
「・・・いえ、平気です!じゃあ、今日もよろしくお願いします。」
笑顔で誤魔化し、掃除を始めた。川田とも新年の挨拶を交わし、いつも通りの朝を迎えた。結城は今日まで休みをもらっているとのことでまだいない。江口は自室にいて、午後から合流するとのことだった。
午前中は予定通り資料や本を読み進め、午後になると江口が研究室まで迎えにきた。
「まーのー!明けましておめでとう!茉乃が足りなくて年末年始は辛かった。今年はいっぱい触れ合おう!!」
無駄に元気いっぱいの江口をいつも通り片手で押さえて、茉乃は「はいはい」と適当にかわす。
「泉さん明けましておめでとうございます。ところで今日は鷹宮さんのところに行くんですよね?何をするんですか?」
すぐに仕事の話に切り替えてしまったのが面白くないのか、江口は口を尖らせながら茉乃の質問に答えた。
「彼女は魔法術同士の相性を見るのが上手い。新しいものを作り出したり組み合わせるのは僕がやるけど、細かい特徴を見ながらいくつもの魔法術をどの程度で組み合わせたらいいかを見極めてもらうなら彼女が適任だね。・・・会うの、いや?」
茉乃がビクッと体を揺らす。江口がそっと近寄ってくる。
「それともそんなことより気になることがあるのかな?」
目を逸らした茉乃を包み込もうとした時、研究室の向こうでノックの音が響いた。
「はーい、今開けます!」
茉乃はこれ幸いとそこから抜け出し、ドアに駆け寄り内側に開いた。
「あ・・・どうも。」
そこには市村が立っていた。
「お、お疲れ様です!今年もよろしくお願いします!」
「はあ。お願いします。」
冷たい声で返事らしい言葉を返されて、少し落ち込む。気を取り直して市村を中に案内すると、彼女はすぐに江口に向かって話し始めた。
「江口さん、鷹宮さんから伝言で、今日はどうしても抜けられない用事ができたので、明日でお願いしたいとのことです。申し訳ありません。」
「そうですか。わかりました。では明日午後にまたお願いします。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
そのまま帰るかと思われた市村が、廊下に出ると振り返って茉乃を見る。
「ちょっとあなたに個人的にお願いがあるんですけど。」
思わぬ話に驚いたが、茉乃はとりあえず頷いた。江口の方を向いて了承を取ると、市村について研究室を出る。
そのままなぜか彼女に屋上に連れていかれ、北風が吹く中そこに立たされた。
「うう、寒い・・・」
「すぐ終わるわ。ねえ、この本、あなたに読んでもらいたいんだけど。」
市村から何も表紙に書かれていない、分厚い本を受け取った。
「・・・これ、本というより日記みたいですけど、いいんですか?」
「いいのよ。中身はもちろん私は知らない。ちょっと人に頼まれていて、いずれ研究所でわかるなら読んで欲しいって言われてずっと預かってたものなの。あなたが文字を読めるのはわかってたけど、ここのところ忙しそうだったから遠慮してたのよ。今日は手が空いたみたいだからぜひお願いしたくて。」
茉乃は不思議とその本、いや日記のようなものを見て、それ以上読みたくないなと感じてしまった。そんなことを感じたのは初めてで、自分でも戸惑う。
「わかりました。じゃあ、今から研究室に戻って読んできます。終わったらそちらにお持ちする形で構いませんか?」
市村の顔に微かに笑顔が浮かんだ。
「ええ。それで構わないわ。」
「じゃあ、後ほど伺います。」
茉乃はもうその場の寒さに耐えられそうもなく、すぐに研究室に戻った。
暖かいその部屋に入ると少しホッとする。すると江口が心配そうに茉乃を見ているのに気づいた。
「大丈夫だった?市村にいじめられてない?」
「まさか!大丈夫ですよ!どうも日記みたいな本を読んで欲しいらしいです。この後少し時間ができたみたいなので、読んでみようかと。」
「そう。まあ、それならいいけど。」
まだ何か引っ掛かっているような物言いだったが、茉乃は気にしないようにして奥の部屋に入った。川田は資料と本を見比べて調べ物をしていたが、少しすると出ていってしまった。
そして一人きりになったその場所で、茉乃はその本、もしくは日記のようなものを開いた。
縦書き、しかも手書きで書かれたその文章は、ところどころ修正液か何かで消した後が残っている。日付のようなものは見当たらないのでやはり日記ではないのかもしれない。
おかしな本を受け取っちゃったなと少し後悔したが、一口お茶を飲むと、茉乃は覚悟を決めてそれを読み始めた。




